第十話:君の力になりたい-2
クロウがやっとのことで帰ってきた時、時計の針は朝の三時を指していた。
部屋に戻ってきた僕を、ノエインは何も言わずに頭を撫でる。
てっきり怒られるものだと思っていたが…彼はにっこりと笑うだけだった。
「気分は落ち着きましたか?」
「あぁ…ごめんな?」
「いえ、気持ちはよく分かりますので。
しかし…派手にやりましたね?」
ノエインの瞳に写るボロボロの自分を見てよく帰って来れたと思ってしまった。
唯一の防具といっていい胸当ては穴や傷だらけでもはや防具としての役割が期待できないほど損傷している。
もはや重りにしかなっていないので外した方が良さそうだ。
両腕にはモンスターの噛み跡が残っており、あちこちから血が流れ戦闘の激しさを物語っているかのよう。
下半身は褐色に染まっており、返り血と見分けがつかないほどだ。
そして、左足は切り傷が多く死角からの攻撃を最も受けたらしい。
部屋に戻ってきた時も違和感があった。
おそらく怪我のせいだろうが、ここまで帰ってくるだけでも一苦労だったことを思い出す。
「まずはシャワーを浴びてください、傷口が痛むでしょうが我慢してくださいね?」
「魔法でチャチャッと直してくれてもいいんだよ?」
「私は回復魔法は使えませんし、他の人も寝てる時間帯ですよ?」
僕はシャワーを浴びようと歩き出すが、怪我の影響か上手く歩けなかった。
そんな僕を見かねてか、ノエインが肩を貸してくれた。
部屋に備え付けられた風呂まで肩を貸してもらうばかりか、パンツ一丁になるまで服も脱がしてくれる。
「うーん…武器を変えた方がいいかもしれませんね?これからの階層は広いので。」
ノエインは僕のダガーを見ながら呟く。
僕は剣術は習っていたので、それを考慮してなのだろうか?
だが、彼から返ってきたのは思ってもない言葉だった。
「このダガー自身が殿下の力に耐えられなくなってきているのですよ。
殿下、受け流さずに真正面から受け止めてますね?」
僕は物の見事に戦闘スタイルを見抜かれてしまった。
思わず逃げるように風呂に駆け込む。
ただ、怪我を忘れて走り出したので塞がりかけていた傷口が血を吹き出して悪化する。
「普段なら戦闘スタイルに口はあまり出しませんが…受け流すことも意識した方がいいですよ?
これから先はまともに受けたら吹き飛ばされるようなモンスターたちが出てくるので。」
僕はシャワーを項垂れながら浴びていたが、さらに項垂れる。
すると、流血が固まった黒い塊が目に飛び込んできた。
僕は撫でるようにそーっと洗いながら全身を綺麗にしていく。
汚れとともに、全て洗い流せたらいいのに。
そんなことを思いつつ、風呂から上がると真新しいタオルと服が置かれていた。
おそらく、ノエインが置いてくれたのだろう。
ありがたく使わせてもらおうじゃないか。
身体を拭いていると、ノエインが声をかけてくる。
「パンツだけ穿いたらこっち来てください、包帯巻くので。」
「…優しく頼むよ?」
恐る恐る戻ると、ノエインは消毒液片手に待ち構えていた。
僕は思わず後ずさりするが、目にも止まらぬ早さで裏に回り込まれてしまう。
今の僕では、本気を出した彼に万全の状態であれ抵抗できないだろう。
諦めて手当を受けるが、消毒液が傷口に染み込み思わず悲鳴をあげる。
正直、迷宮に潜っていたときはおかしかった。
痛みがあるはずなのに、あまり感じていなかったから気にはならなかったのに…。
今は意識もはっきりしていて、耐え難い痛みに情けなく悲鳴をあげることしか出来なかった。
少しして、手当が終わると僕は服を着始める。
手も足も動かすと痛むが、何とか耐えて着終わるとベッドに倒れ込んだ。
「もう動けそうにないや…。」
「明日まで休みましょう、冒険者にも休みは必要ですよ。」
「あぁ…そうだね。」
たしかに、怪我人に必要なのは休息だ。
僕は体を仰向けにして寝転がりながら返事を返す。
ただ…正直、文句の一つぐらい言われるかと思っていた。
だが…今の僕には何も言わない優しさが嬉しかった。
──────────
目を覚ますと、もう太陽が真上に上がっていた。
僕は三人と一緒に装備を新調するためにノエインが頼りにしているという鍛冶師の元に向かう。
ノエインに導かれ着いて行くと、街の中でも端のところに到着した。
ボロ小屋のような見た目の工房で、鍛冶屋を示す剣と盾のマークは薄れて見えずらい。
ノエインがドアを開けると、一人の鉱精がいた。
「…俺は誘いに乗らねぇって何度も……てお前、ノエインか!」
「久しぶりだね、アレクソス。君は全く変わってないようだね?」
「後ろのは…お仲間かい?」
「あぁ…紹介するよ、僕が今仕えている第四皇子、騎士仲間、それに回復師のファロスだ。」
僕たちは咄嗟に挨拶をする。
鍛冶師は必要ないと、作業をとめてにこやかに歓迎してくれた。
「またいい仲間を持ったようだな?」
「あぁ…本当に俺は運がいいよ。」
「御三方、こいつを頼んだよ。ダチなんだ。」
僕はアレクソスと熱い握手を交わすも、ノエインはなにか言いたげにこちらを見ていた。
「んで…装備が欲しいのは誰かな?」
「僕に合う武器を作ってくれないだろうか?」
「そっちの嬢ちゃんはいいのかい?」
「あっ…私は…。」
「遠慮する必要はないわ。
アレクソスさん、二人分頼めるかしら?」
「お安い御用さ。」
突然ファロスは話を振られて遠慮しようとしたようだが、イオスに押し切られてしまった。
アレクソスは裏の倉庫だろうか?
何処かに取りに行ったようだ。
しばらくすると、一振りと杖を持って戻ってくる。
「こいつを持っていくといい、俺の傑作だ。」
「ありがとう…だが、いいのかい?そんなものを貰っても。」
「あぁ…古い友人にも頼まれてのことだから気にするな。」
「古い…友人?」
僕は少し引っかかったが、剣を受け取る。
鞘にはほんの少し装飾がある程度で、実用性を重視しているのだろうか?
そんなことを考えつつ鞘から引き抜くと、美しい刀身が姿を現れる。
僕が見惚れていると、アレクソスが説明してくれた。
「そいつはシンプルな剣だが、軽量で、かつ折れないように鍛えてある。
そして、魔法の威力も増大させてくれるぞ?」
「ふーん…?そりゃいいや。」
「嬢ちゃんに渡した杖は威力増大はもちろんながら、魔力を溜めておける。
いざという時の切り札になるだろうよ。」
ファロスは受け取った杖を、小さく笑いながらまじまじと観察していた。
遠慮していた彼女だが、あの笑顔を見れただけでも装備を新調して良かったと思えてしまう。
ただ…僕には少し不安があった。
そう…代金だ。
僕はあまり詳しくないがこれだけの性能を持っているのだ、払えるかと不安になる。
恐る恐る尋ねてみると、僕の不安を掻き消すかのようにアレクソスは笑いながら肩を叩いてきた。
「代金のことは心配するな、友人からたっぷりと頂いているからな。」
僕はノエインの方を見た。
だが、彼は払っていないと首を横に振り返事する。
ノエインじゃないなら一体誰が…。
そう思っていると、イオスが手を挙げおそるおそるといった感じで尋ねた。
「あの〜、誰が出してくれたのでしょうか?」
「悪いがそいつは言えねぇなぁ、他言無用って言われちまってるからな!」
おそらく性格的に追及しても答えてはくれないだろう。
だが…一体誰が出してくれたのだろうか?
武器とともに、また一つ新たな謎が生まれてしまった。
だが、探せる訳でもないので諦めざるを得ない。
「おっと、防具も渡さないとな!」
アレクソスは再び裏に行き、防具を取り出してくる。
僕には銀色に輝く、軽装鎧を。
ファロスには緑色の祭服を手渡してくれた。
僕に渡された鎧は本当に軽い。
服とそんなに変わらないほどだ。
ファロスに渡された祭服は普通のものとそれほど違わなさそうだが…。
不思議に思っていると解説してくれた。
「鎧の方はミスリル製で、魔力を通すととんでもなく硬くなる。
祭服の方は自動治癒と魔法耐性があるぞ。」
話を聞いて、ますます僕のような駆け出しが着ていいものではないと思ったが…ファロスは嬉しそうに抱えていた。
「良かったわね、ファロス。」
「はい、お姉様!おじさん、ありがとう!」
「気にするな、頑張ってな。嬢ちゃん。」
もっと早く来るべきだったかも知れない、そう思いつつ僕は仲良く喜ぶ二人を見て思わず笑みがこぼれた。




