第九話:二十層へ-2
二十層への階段に辿り着いた僕たちは道を塞ぐ一体のモンスターを視界に捉える。
そこには仁王立ちをしている蜥蜴人がいた。
我々人間とは違う…二足歩行のトカゲ。
背中には三叉槍だろうか?
先端が三つに別れた槍を使うようだ。
だが…僕はすぐにこれは異常事態だと気づく。
ここはまだ迷宮十九層。
ここに出てくるモンスターたちは闇に潜む、ハンターたちばかりだ。
それなのに、水棲生物の蜥蜴人がいるはずがない。
出てくるとするならば、僕がまだ探索していないさらに下の階層。
つまりこいつは階層を上がってきたということだ。
他の冒険者たちもいる中で、誰にも討伐されずに上がって来れるはずがない!
他の冒険者にたまたま遭遇しなかったのならなんの問題はないのだ。
僕たちで討伐してしまえばいい。
問題は既に他の冒険者たちが交戦していた場合だ。
ここにいるということは…少なくとも今の僕より強い冒険者たちを倒していることになる。
だが…引く訳にはいかない。
あの蜥蜴人が我々を大人しく見逃してくれるとは到底思えないからだ。
僕は、ゆっくりとダガーに手を伸ばし攻撃に備えようとする。
だが…この判断は間違っていた。
手を伸ばしかけたところで、それまで仁王立ちでこちらの様子を伺っていた蜥蜴人が肉薄してきた。
僕は咄嗟に防ごうとするが、目の前を黒い影が横切る。
僕の後ろにいたノエインが、いつの間にか僕と蜥蜴人の間に割って入ってきたのだ。
ノエインは、蜥蜴人の目にも止まらぬ高速突きを両手に握られた短刀で華麗に捌いていく。
そして敵の攻撃を捌きつつ、同時に無詠唱魔法で牽制し蜥蜴人を一旦引かせる。
「イオス、ファロスを守れ!殿下は機を見て攻撃を!!」
「了解!!」
「わかったわ、こちらは任せて!」
僕とイオスはノエインの号令を聞き同時に動き出す。
ノエインが急速に蜥蜴人との距離を詰め、二歩程の距離で凄まじい攻撃の応酬を繰り広げている。
僕も何とか割って入ろうと近づいたが、直後吹き飛ばされた。
あまりの衝撃に近くの壁に叩きつけられるも、一瞬だったが何が起きたか理解できた。
だが…実際に見たのに信じられなかった。
蜥蜴人の影が地面から起き上がり、僕を攻撃してきたのだ。
僕は痛む体を起こし、何とか戦おうとする。
幸いにも、不意打ちは胸当てが防いでくれたようだ。
三つの穴が空いてはいるものの、少し血が出ている程度で済んだのは奇跡と言えるかもしれない。
起き上がると、蜥蜴人の影はイオスとファロスの方に向かっているのが見えた。
僕は慌てて駆け出し、影目掛けて突っ込む。
「ファロス、私の後ろに!」
「はい、お姉様!!」
『グオオォォォ!!』
どうやら影はファロスを狙っているようだ。
イオスの後ろに隠れたファロス目掛け三叉槍で連撃を繰り出す。
だが、イオスも負けてない。
舞のような剣戟で応戦し、全ての攻撃を打ち落としている。
ナイス足止めだ!
僕は飛び上がり、蜥蜴人の影目掛けてダガーを振り下ろす。
だが、もちろん気づかれてないはずがない。
クルリとこちらを向き、串刺しにしようと今までで一番濃い集中攻撃を仕掛けてくる。
そして、当然空中にいる僕は避けれるはずがない。
影の渾身の一撃が僕の体を直撃する。
僕は吐血し、今にも気絶しそうな痛みに襲われる。
だが…これこそが僕の狙いだ。
相手は影とはいえ、蜥蜴人。
もちろん、リーチはダガーの僕より圧倒的に長い。
だからこそ、懐に潜り込むためにはこうするしかなかったのだ。
僕は体に刺さった三叉槍に必死にしがみつき、離さないようにする。
蜥蜴人の影は必至に僕から抜こうとするが…その一瞬が相手にとって命取りだった。
僕の意図を察したイオスが蜥蜴人の影に向かって攻撃を繰り出す。
もちろん蜥蜴人の影だって黙っているはずがない。
僕に刺さった三叉槍を諦め、後ろから迫ってくるイオスに向かって渾身の右拳を繰り出す。
だが、イオスは突き出してきた拳ごと肩から腰にかけて振り下ろす。
真っ二つに斬られた影はそのまま霧散し、まるでなかったかのように消える。
僕を突き刺していた三叉槍も全て消えさる光景を見届ける後、どさりと崩れ落ちる。
三叉槍は僕を苦しめると同時に、蓋の役割をしていたも果たしていたらしい。
出血が増え、まともに立つことさえ出来なかった。
「ゴフッ…ヒュー…ヒュー…。」
「…っ!!しっかりして、今治してあげるからね。」
「殿下!しっかりしてください!」
「僕…より……ノエイ…ン…を…。」
僕の惨状を見て、イオスの後ろで隠れていたファロスが飛び出してくる。
イオスも心配そうにこちらを見ているが、僕よりもノエインを助けに行って欲しい。
何とか息も絶え絶えではあるが、助けに行くように喋りかける。
イオスは不安そうにこちらを一瞥すると、すぐに切り替えノエインの援護に向かう。
僕は、少しでも楽になろうと瞼を閉じる。
だが…ファロスを勘違いさせてしまったようだ。
「ねぇ…しっかりして、クロウ!!」
僕の手を握り締め、必死に声をかけながら治療を続ける。
そして…そんな彼女に答えるように辺り一面が光に包まれとても目を開けていられなくなった。
光が消え、ようやく目を開けると体が完全に治っているようだ。
僕はサッと体を起こすとファロスが抱き着いてくる。
「死んじゃうかと思ったじゃん…バカァ…。」
「ごめんね…でも、僕は死なないよ。」
僕の言葉に安心したのか、はたまた魔力が限界だったのだろうか…ファロスはフッと倒れてしまう。
僕は慌てて彼女を支えつつ、ノエインたちの方へと目をやる。
どうやら蜥蜴人は先程までは全力ではなかったようだ。
二人がかりで戦っていると言うのに、互角のように見える。
早く僕も加勢しなければ…何とかファロスを落ち着かせ起き上がると、僕とファロスを魔法陣が取り囲む。
まさか…あの蜥蜴人が!?
だが、逃げられる余裕などない!
魔法陣からは槍が雨のように降り注ぐ。
何とか弾いていたが、僕の目はその瞬間を見逃さなかった。
僕たちを助けようとイオスがこちらに向かってきた瞬間、均衡が崩れノエインが腹を刺されたのだ。
だが、それでもノエインは倒れない。
気合いで蜥蜴人の攻撃を受け続け、僕たちに近寄らせないようにしていたのだ。
その一瞬の光景が目に飛び込んできたが、僕には反応する余裕すらなかった。
そして槍の雨が止む頃、再びノエインを見ると血を流しながら膝をついているノエインが見える。
だが…蜥蜴人の姿は見えなかった。
おそらく、下層に逃げ込んだのだろう。
イオスが駆け寄り、肩を貸す。
僕も気絶して目を覚まさないファロスをお姫様抱っこしながら二人と合流する。
「殿下…ご無事で何よりです。」
「僕よりノエインの方が重症だろう!?
人のことより自分のことを心配しなよ!」
「ハハッ、それより…残念ですが撤退しましょう。」
「あぁ、もちろんだ。」
イオスの肩を借りながらノエインは歩き出す。
本来なら、腹に穴が空いているので歩くのも辛いだろうに…。
だが…僕には彼を助けてやることが出来ない。
一歩、また一歩と確実に上層に歩いて向かう。
幸いにも、道中の敵はあらかた倒しておいたのでそれほど問題は無いだろう。
そう思っていたが、途中で蜘蛛と蝙蝠が大量に現れる。
「これは…ちょっとヤバいかも。」
「私が道を切り開きます、みんなその間に抜けてください!」
僕とイオスは覚悟した。
生きて帰れないかもしれない…と。
だが、こんなこと珍しくもなんともない。
迷宮に異常事態はつきものだし、潜りすぎて帰って来られない…なんてのもよくある話。
今回…自分たちに回ってきただけの事だ。
そう思っていたが、ノエインは違うようだ。
「大丈夫ですよ、我々は運がいい。」
こんなにモンスターがいて、何処が運が良いのだろうか。
僕とイオスは戦闘態勢に入ったが、異変に気づく。
モンスターたちが空中に舞っているのだ。
ものの数秒経つと、見覚えのある顔がモンスターの群れを食い破って現れた。
「ご無事ですか、皆さん。」
ノクスが衛兵を連れ、助けに来てくれたのだ!
だが…一体どうして?
「我々の仕事は皆を守ることです。」
心を読まれた!?
だが…今はどうでもいい。
ノクスたちが僕らを助けに来てくれた、僕たちは助かったのだ。




