第八話:溢れ出る気持ち
さっそく迷宮に潜り始めた僕たちだったが、やはり一人で潜るより圧倒的に楽だ。
先頭は僕、後方からの奇襲にはイオスが対応しノエインとファロスは僕たちの間で遊撃を務めてくれている。
ちなみにファロスは如何にもな見た目通り、回復師だ。
基本的に使う魔法は回復だが、一応他に防御魔法と攻撃魔法も使えるらしい。
防御魔法は文字通りというか、任意の方向にバリアを展開するもの。
そして攻撃魔法はというと、光線を飛ばすらしい。
話だけ聞いていると、自身でも戦えるあたり回復師と言うより魔法使いでもいいような気がする。
そして彼女の使う魔法は全て詠唱がいるものの、かなり強力らしい。
ただし、近接戦闘が出来るわけではないのでそこはノエインにカバーしてもらうつもりだ。
正直、守ることに関しては僕よりノエインの方が適任だ。
長年、騎士として護り続けてきた経験もあるだろうが純粋に僕より強い。
将来は逆転するつもりではいるけどね。
そんなわけで、今の僕は前衛として活躍しながら七階層を進んでいる。
この辺りでは、木に擬態するモンスター…動く巨木や黒豹と呼ばれる僕より大きなモンスターたちがうじゃうじゃと出てくる。
「あっ…ここは…。」
「ここが落ちた穴ですか…先が見えませんね。」
八階層に向かっていると、僕が落ちた穴がまだ残っていた。
だが、僕が落ちた時に比べて少し塞がっている気がする。
迷宮が少しづつ修復しているのだろう。
だがあの時…落ちたからこそファロスと出逢えたと思うと少し面白くて笑ってしまう。
迷宮は本当に何が起こるか分からないものだ。
そんなことを思っていると、黒豹が僕の喉笛を噛みちぎろうと飛びかかって来た。
昨日までの僕ならばまた助けてもらうか、やられてしまっていただろう。
だが、今の僕は違う。
冷静に後ろに上半身を逸らしつつ、右手に握り締められたダガーで黒豹の腹から頭までを一直線に斬り裂く。
黒豹はそのまま地面に横たわり動くことはなかった。
僕は周囲にモンスターがいないことを確認し、サッと魔石を回収する。
そういや、他の三人はどうしたのだろう?
ふと目をやると、まるで僕を見守るようにこちらを見ていた。
僕はそれを見て…なんというかムズムズしてくる。
僕は少し感傷に浸っていたことを後悔したが、今更悔いても遅い。
何とか切り替えよう、そう思い僕は気を引き締め直して再び歩き始めた…。
──────────
第十層への階段に辿り着いた僕は、少し休憩しようと提案する。
三人も同意し、ノエイン以外の三人が休憩することになった。
僕は朝、水筒に入れた冷たい水を飲む。
キンッキンに冷えた水は、戦闘で熱くなった体を急速に冷やしていく。
飲み終えた僕は、ファロスが少し辛そうに眉を落とした顔をしていることに気づいた。
何とか話そうと声をかけるが、返事がない。
ファロスが口を開かないのだ。
彼女の長い金髪が透き通るような美しい青い瞳を覆い隠し拒絶している。
無理矢理聞くまでもなく、理由はだいたい察せた。
先日の出来事がトラウマになっているのだろう。
命懸けの迷宮で背中を預けるはずの仲間に裏切られたのだ、無理もない。
僕はそっと隣に座り、彼女の手を握る。
「大丈夫、何度でも僕が護るから。」
「…っ!」
僕が優しく語りかけると彼女が手を弱々しく握り返してくるのが感じられた。
少し反応が返ってきたことに安堵した。
さっき、僕が顔から火が出そうなほど恥ずかしいセリフで語りかけた甲斐があったというもの。
少しすると、僕の手を引きながら彼女は立ち上がり十階層への階段を一歩、一歩と歩いていく。
手を引かれる僕も、それにつられて立ち上がり彼女の隣で迷宮の階段を下っていく。
彼女なりに何か覚悟を決めたのだろう、僕は何も言わずについて行った。
階段を下りきった先には、先日も見た迷宮が目の前に広がっていた。
僕とファロスは正面の少し広い通路を歩いて行くと、早速蜘蛛が出てくる。
僕は左手で彼女の手を握ったまま、腰に差したダガーに右手をやる。
正直このまま戦うことに不安はあったものの、今の彼女から左手を振り解いて戦う気は起きなかった。
今、手を振り解くとファロスとの繋がりまで切れてしまうような気がしたから。
そんなことを考えていると蜘蛛が向かってくるのが見えた。
おそらく、蜘蛛のナワバリに入ってしまったからだろう。
僕は冷静にダガーを引き抜き、構えると同時に詠唱を始める。
「我を解き放つ輝く翼、一筋の光を放ち我がもとに顕現せよ!【翼を授ける魔法】」
詠唱と共に、背中から生える翼は少し暗い迷宮を明るく照らす。
向かってきていた蜘蛛も、少し怯んだ様子を見せたが再び向かってくる。
僕は右半身を前に出しつつダガーを振り上げ、蜘蛛を真っ二つに切り崩す。
蜘蛛はその場にドシャッという音と共に崩れ落ちたが、ここで僕は蜘蛛が一匹ではなかったことに気付く。
いつの間にか、蜘蛛が僕たちに向かって飛びかかって来ていたのだ。
(…ダメだ、攻撃が間に合わない!!)
僕は咄嗟にファロスを守ろうと蜘蛛に背を向け、背中の翼はファロスを覆うように周囲を囲む。
僕は何とか彼女だけでも守ろうと必死だったが、攻撃がいつまで経っても来ない。
ふと、蜘蛛の方を振り向くとバリアのようなものが蜘蛛の攻撃から守ってくれていた。
「…ごめんなさい、私、貴方に甘えてた。
ずっと…貴方たちの優しさに触れていたかった。
本当はここに来るのも怖かった。」
ファロスはぽつり、ぽつりと傷ついた心から捻り出すように言葉を落とす。
僕は、そんな彼女の瞳をじっと見つめる。
彼女は瞳からつぅー、っと涙を頬に伝わせながら声を震わせる。
「でも…今、また守ってもらってばっかりじゃ駄目だと思ったの。
私だって…冒険者なのだから…。」
涙を流しながらも小さく笑う彼女を見て罪悪感がフツフツと僕の心に湧いてくる。
もっと…彼女に寄り添うべきだった!
だが…そんな後悔さえも蜘蛛はさせてくれないようだ。
ピシピシとひび割れるような音がして振り向くとバリアにヒビが入っていた。
今は感傷に浸っている場合ではないと後悔と罪悪感を心の奥底に押し込め、ダガーで反撃しようと再び手を伸ばす。
だが、蜘蛛は突如横から飛んできた光線に頭を貫かれ崩れ落ちる。
これは…ファロスの魔法だ!
僕は再びファロスの方を向くと彼女は涙目でこちらを見ていた。
「これからも…私のことを守って?」
「うん…必ず守りきると誓うよ。」
また僕はくさいセリフを…。
そんな言葉しか話せないのか?
そんな風に早くも後悔していたが、僕の言葉に安心したのだろう。
彼女は僕にギューッと抱きつき泣き出した。
瞼を腫らしながらとめどなく涙が溢れ出す。
今まで押し込んでいたものが溢れ出したのだろう。
泣き続ける彼女を、僕はそっと抱き締めながら右手で彼女の背中をさする。
彼女が泣き止んだのは、しばらくしてからのことだった。
ちなみに、ノエインとイオスはこの間何をしていたかというと…。
ノエインは動けない僕に代わりモンスターを撃退し続けていたが、イオスは普通に干し肉を食べていた。
僕は自由奔放なイオスに少し頭が痛くなった。




