6-4 頁の向こうの君たち
宮廷文化科――
そこは華麗なる社交と芸術の学び舎。
白を基調とした教室には繊細な装飾が施され、
棚には高級茶器や古典芸術品が静かに並べられている。
生徒たちは気品のある立ち振る舞いで他の科の生徒を魅了する。
中でも彼女が通ると誰しもが振り向き、羨望の眼差しを送る。
彼女の名はブリジット・メイアン。
二年連続ビューティコンテストでグランプリを獲得したご令嬢である。
「それでは、これより始めます」
彼女の号令に一同が首を縦に振る。
しんと静まり返った教室に、ブリジットの声はその場の全員の背筋を正した。
「まず始めに、今回の『愛書典』制作委員の新メンバーを皆さんにご紹介しなくてはなりません」
ブリジットは一人の生徒に目配せをした。
「中には覚えていらっしゃる方もいるかもしれませんが、
彼女は今回、私たち委員の被服を担当してくださいます。
改めて自己紹介をお願いしますわ」
生徒はその場で立ち上がり、持っていたハンカチを両手で握り直し俯きながら口を開けた。
「――はじめまして。ま、魔導科二年、ハンナ・クレイリッジと申します。
この度はこのような名誉ある役割をお与えくださり、誠にありがとうございます。
精一杯努めさせていただきますので、何卒、よろしくお願いいたします」
大きな拍手に包まれたハンナは、少し頬を緩ませて、深々とお辞儀をした。
* * * * *
緊張と重圧の余韻を引きずるハンナの足取りは重たかった。
分厚い本でも持っているかのように紙の束を抱えて石廊を歩いていると、ハンナを呼ぶ声がした。
目を向けた先には、ベンチで談笑しているメルバ・ベルローズとシャーロット・リンデルが手を振っていた。
「お疲れ、ハンナ。どうだった?」
「もう、緊張しまくりで半分くらい覚えてないよ」
ハンカチで額を押さえながら、ハンナはベンチの方へと向きを変えた。
「けど、あのブリジット様に認められ、直々お声がかかるなんてすごいわよ。で、どう?ドレスは順調?」
――後夜祭終了後、ハンナは自作のドレスの腕前を買われ、
ブリジットに次回の『愛書典』で委員達が着るドレスを作って欲しいと直談判されていた。
そして、本日が委員会の初顔合わせだった。
何通りものドレスのスケッチを持ち寄り、ハンナの華麗なプロジェクトが始まろうとしていた。
ハンナはドレスについて二人に説明をした。
そこへ、「おーい、お待たせー」とエバンが食堂の方から手を振っている。
後ろにはトレーを持ったルシエルの姿もある。
「おっ、ハンナ。グッドタイミング」
エバンが親指を立てて、頬を持ち上げる。
見ると、ルシエルの持つトレーには五つのカップから湯気が立ち込めていた。
「ほんと、グッドタイミングだったね。はい、お疲れ様」
ルシエルは淹れたての珈琲をひとつハンナへと渡す。
魔法都市ベラルークで飲んでから、ルシエルは珈琲を淹れることが増えた。
香ばしい湯気が立ち、ハンナはそれを口に含んだ。
「ねぇ、今年の『愛書典』はどうするの? シャル、出るんでしょう?」
メルバは両手でカップを包み込みながら、息を吹きかけている。
シャーロットは眉根を寄せながら首を斜めに傾けた。
「うーん、どうしようかなって思ってるの。去年、大失敗だったからなぁ。勧めたいのはたくさんあるんだけどね」
シャーロットは遠い目を空に向け、雲を見つめた。ゆっくりと動く雲の隙間から陽の光が差し込む。
エバンは眉を片方だけ持ち上げ、首をかしげながらルシエルを見た。
「アイショテン? 一体なんの話をしてんの?」
「愛書典は、宮廷文化科主催のイベントで、簡単に言えば、自分のお気に入りの本をお勧めするんだ。
けど、それはただ勧めるのではなくて、朗読や寸劇を入れたり、
去年のシャルみたいに実演しながらとかでもいいんだ。
いかにその本に興味を持ってもらうかって感じ」
「ちょ、ちょっとルシエル。やめてよ、大失敗って言った後なのに……」
「そうかなあ、僕はすごく良かったよ。まあ確かに、少し驚いたけどね」
去年の『愛書典』に出場したシャーロットは愛読書の『暮らしの中の錬金術』から寝癖を直す魔道具を実演した。
見ていた生徒達は、前のめりになり、興味を示していたのだが、風量を間違え、最前列にいた生徒の髪をボサボサにしてしまったのだった。
シャーロットは、魔道具を身近に感じて貰いたくてこの本を推薦したのだが、結果的に皆を驚かせてしまった。
だから、「今年こそは」という想いもあるが、流石に二年連続失敗するわけにはというプレッシャーもあり、
出場に関しては消極的になっている。
シャーロットが苦々しい顔をしているとき、メルバが遠くに向かって手を振った。
「やっほー、ノエル」
一同はメルバの手を振る方を見た。
小脇に本を抱えたノエル・フロストが辺りの様子を伺ったあと、小さく手を振っていた。
そして、そのまま五人の元へと歩み寄った。
「ねえ、ノエルぅ、あなた『愛書典』出るんでしょ? そうよ、いつも本を持ち歩くほど好きなんだから出るべきよぉ」
メルバは肩がつきそうなくらい近づき、ノエルの持つ本を覗き込んだ。
ノエルの肩はピクンと揺れたが距離を取ろうとはしなかった。
「え? 僕が? 出ないよ。一体誰がそんなことを……。第一、無理だよ。大勢の前で話すなんて、とても……」
「いいじゃない。あなた、本のこと話すときって、人が変わったように生き生きとするんだからぁ。
私に聞かせてくれた本の話、すごく分かりやすかったものぉ」
メルバが本に興味を持つことと、ノエルが意外な一面を持っていることの両方に驚いたルシエルたちは、無意識のうちにノエルを囲っていた。
「そうなんだ。僕も本は好きだけど、確かにいつもノエルは本を持ち歩いているもんね。
鍵の付いたカバーの本はよっぽど大切なんだろうなって思ってたよ。何を読んでいるの?」
ノエルは口を開けて固まった。ルシエルの顔を見た途端、耳が赤く染まり、目は左右を泳いでいる。
一瞬、ルシエルは知ってて、わざと聞き、皆の前で恥をかかせるのではないかとの疑念が沸いた。
が、ルシエルはそんなことはしないと今は知っている。
そして、正直に話しても決して笑ったりしないことも。
ノエルは小さな声で一言、「恋愛小説」と答え、俯いた。
「それって、もしかして『恋はまだ頁の途中』?」
ノエルはコクリと首を縦に振る。
「僕も読んでるよ。あれ、面白いよね」
ノエルは目を丸くして、ルシエルの顔を見た。
「男でも恋愛小説って読むんだな。女子だけだと思ってた。
なんか意外だなぁ、オイラは本って苦手だから、本が好きな人ってすげーって思うよ」
「恋愛小説といってもただ甘いだけの物語じゃないんだ。そこには駆け引きがあってさ。
人の黒い部分とかも見え隠れして、ね? ノエル」
「そうなのよぉ。私も本を読むのって苦手なんだけど、クラスでも流行ってるじゃない?
だからノエルが色々と教えてくれるの。すっごく分かりやすいんだから」
「わたしも、メルバから聞いたよ。話がすごく分かりやすいって、ノエル君のこと褒めてたよ」
「私も読んでるけど、登場人物が大勢出てくるのに、あれを人に説明が出来るなんてすごいわよ。
ノエル君、『愛書典』に出るべきよ。なんならここにいるみんなが推薦するわ」
「考えてみる」と、ノエルは言うが、硬くなっていた頬が少しずつ緩んできている。
ルシエルはぎこちない笑顔を作るノエルの顔を見たとき、目が合った。
――そこには、以前のような微妙な距離感はもう感じなかった。




