6-3 変わったもの、変わらないもの
窓の向こう側に石造りの屋根が見える。
主に騎士科の教室がある校舎だ。
ルシエルは頬杖をつきながらそれを眺めていた。
──(エバン、どうしたんだろう? オーウェン先輩に組手を申し込むなんて)
昨日、突然の出来事にルシエルの中で気持ちが整理できていない。
「オイラ、そういうの興味ないんで」とハッキリ断っていたエバンが、何故心変わりしたのか。
──確かに、久しぶりに再会したエバンの雰囲気は少し違っていた。
それは、伯父の所にいたからなのだろうと推測できる。
では、どうしてあの時、急に伯父の家に行くと言ったのだったか。
──(そういえば……)
その時、背後から囁き声がした。
エバンだ。
「おい、ルーシー。ルーシーってば」
制服の袖を引っ張られて我に返ったルシエルは、先生に呼ばれていることに気が付いた。
「バートンさん、まだ休憩時間には早すぎますよ。テキストの続きを読んでください」
「あ、すみません。ちょっと、ボーっとしていました。……えっと、ど、どこからでしたっけ?」
小さな笑いが起こる中、後ろにいるエバンが続きのページをそっと教えた。
* * * * *
「まさか、授業中にエバンに助けられるとは思ってもみなかったよ」
頭を掻くルシエルに、エバンはジト目を向ける。
「失礼なやつだな。オイラだってちゃんと授業を受けることくらいあるわ。——今日はたまたまだったけど……」
へへへと笑いながら大広場を歩く二人。
何気ない会話の中で、どうして先輩に組手を申し込んだのか聞いた時、エバンの顔が一瞬固くなったのをルシエルは見逃さなかった。
しかし、エバンはその事に関しては「気まぐれだよ」と言って、あまり多くを語ろうとしない。
「そういうルーシーはどうだったんだよ? 冬休み」
手で輪を作り、ルシエルの顔の前まで持って行き、覗き込むエバン。
ルシエルは顔を赤くして、「ま、まあ」と歯切れの悪い返事をした。
「おいおい、ひとりで思い出して、何にやけてんだよ? もしかして二人でどこかに行ったのか?」
「うん。ベルモンドまで」
「ベルティア祭があったところだろ? 何しに行ったんだ? うまいもん食いに行ったのか?」
「食べたことは食べたけど、それが目的じゃなくて、朗読会にね」
「それって、デートっていうんだろ? やるなあ、ルーシー」
「ち、違うって。朗読会が目的だったんだから……。
そ、そうだ、実は、別の日に、ハンナとシャルと三人で会ったんだ。その話をエバンにしなくちゃ」
三人で会うならオイラも誘ってくれればいいのにと、頬を膨らませたエバンに、ことの成り行きを説明した。
父の研究所で働いていたクリストフ・モランからの手紙を元に、
自身の生まれた街ヴァレン・コールまで手掛かりを探しに行ったこと、父の手帳のこと、魔法都市ベラルークに行き、精霊と契約したことなど。
それを聞いたエバンは、オイラも行きたかったと唇を噛んでいる。
「でも、なんでルーシーのお父さんの所で働いてた人はわざわざそんなところに埋めたんだろうな? 直接会って渡せばいいじゃないか」
「それが、どうも自由に生活が出来ていないみたいなんだ。詳しいことは分からないけど、手紙には検閲済の印が押されてた」
「そっかあ、だから見つからないように隠したってわけか。で、ルーシーはそれを見つけたんだろ? これからどうするんだ?」
「父さんが何を調べていたのか、それと、父さんの無実を証明したい。今のところ、父さんの手帳だけが手掛かりなんだよ」
「ふーん、で、その手帳には何が書かれていたんだ?」
「さっきも話した、僕の『響感』のこと、それと、──ッ!」
突然、ルシエルは目を見開き、エバンの肩を掴んだ。
力強く。
「なあ、エバン。休み前に、突然伯父さんのところに行くって言ったよな? 本当は寮で過ごす予定だったのに。その時、なんて言った?」
「ど、どうしたんだよいきなり。オイラ、なんか言ったっけ?」
「思い出したんだ。あの時、花のバッジを拾って、突然エバンの態度が変わった。確か、エバンのお母さんがどうとかって……」
エバンの顔色が変わり、鋭い視線がルシエルを射抜く。
──「……恩寵のしるし」
脳天から落雷を受けたような衝撃に、ルシエルの全身は粟立った。
「それだ! エバン、それだよ。ずっと引っ掛かっていたんだ」
ルシエルはエバンの腕を叩き、鼻息を荒くしている。
そして、何度も首を縦に振っている。
しかし、エバンは不快感を露わにし、ルシエルの腕を掴んだ。
「なんだよ、ルシエル。ちゃんと話せよ。自分だけわかったような顔するなよ」
「ごめん、ちょっと興奮しちゃって。──『恩寵のしるし』──それ、父さんの手帳にも書いてあったんだ」
「え?」
エバンは頬を硬くし、肩を震わせている。
ルシエルは、父の手帳の中で『響感』と『精霊復活』、そして『恩寵のしるし』が書かれていたことを話した。
しかし、今分かっているのはそれだけだとも。
ルシエルの目に映るエバンの顔はいつもの明るいものではなかった。
やや狼狽し、目を泳がせて、どうしたらいいのか分からないという感じ。
「一体、どういうことなんだ?」
「なぁ、エバン。僕も知っていることを全て君に話すから、『恩寵のしるし』について教えてくれないか?
それと、よかったら、君に何があったのか話して欲しい」
エバンはじっとルシエルの目を見つめ、ゆっくりと頷き、口を開いた。
『恩寵のしるし』とは、近年急激に勢力を増している新興宗教団体である。
「大いなる調和」というスローガンを掲げ、布教活動に励んでいるが、
その裏には、とある公爵との繋がりもあるとの噂もある。
エバンの母は『恩寵のしるし』によって連れ去られた。
しかも、それは実の父親が関与していたとエバンは言う。
そして、学園内でその証であるバッジを拾い、関係者がいる確証を得た。
ルシエルは、自身とその団体の関係性は解明できていないが、
恐らくは『精霊復活』と関係があるのではないかと考えている。
すなわち、『響感』が必要なのだ。
だから父はそれらから守るために精霊と契約を結ばせたのではないか、——と。
「なぁ、エバン。だから伯父さんの所へ行ってたのか? それと、この学園に編入してきたのって……」
小さく頷くエバンの横顔を見た時、ルシエルの心は様々な感情で揺れていた。
せめて少しでもエバンの役に立てれば。
けれども、自分に何ができるのだろうか?
自問自答を繰り返す。
「大丈夫だよ、ルーシー。オイラは何も変わらないよ。
それに、これはオイラの問題だからな。ルーシーが悩むことじゃないだろ?
そりゃ、ルーシーにも何か関係があるっぽいから気になるのは分かる。
だから、これからはお互いに情報を共有しないか?」
ルシエルは首を縦に振り、口を開きかけたとき、それよりも先にエバンの口が開いた。
「それと、このことは二人だけの秘密にしてほしい」
「うん、今、僕も同じことを言おうと思ってた」
ルシエルは口元を片方だけ持ち上げ、右手を差し出した。
エバンも同様に笑みを浮かべ、パンと乾いた音を立てながら、ガッチリと手を結んだ。




