6-2 春待ちの大教室
クラスメイトに笑顔を振りまくエバン。
朝からいつもの五割増しくらい上機嫌だ。
本日の三、四時限目は錬金科との合同授業となり、それを楽しみにしている。
「ああ、シャルはほんと、いいよなあ」
腕を頭の後ろで抱え、椅子にもたれながら恨めしそうな顔をしているエバンに、ルシエルは目を細めた。
「どうせ、エバンはフェリシア先生が目当てなんだろ? 分かりやす過ぎるって。
それと、シャルは別に何とも思ってないだろ……」
冬休み前、フェリシア先生の手伝いをした後、彼女の手料理を御馳走になったことを自慢げに話し、
クラスの男子から羨望の眼差しと、軽い殺意の込められた視線を受けたルシエルとエバン。
「だから内緒にしておこうと言ったのに」と、釘を刺すも、どこ吹く風なエバン・ヒルティ。
彼のメンタルの強さは見習うところなのだろうとルシエルは素直に感じた。
合同授業の教室は、別棟の大教室だった。
二つのクラスの生徒が入っても決して手狭には感じられない広さである。
そして、両クラスの生徒たちの間には今、微妙な空間が生じている。
ハンナ・クレイリッジとメルバ・ベルローズが、その空気を打ち崩すかのように手を振っていた。
その先にはシャーロット・リンデルがいた。
ルシエルとエバンも後方から手を振り、彼らの後ろにいたノエルは小さく会釈した。
「やあ、シャル。なんか一緒に授業を受けるって不思議な感覚だね」
「ええ、ほんと。新鮮でいいわね。普段あまり交流がないから、これからも、もっとこういうのがあればいいわね」
シャーロットを囲んで話していると、ルシエルは背後から声を掛けられた。
「やあ、バートンくん」
振り返ると、そこには見覚えのある生徒がいた。
「──あ、えっと」
「俺はクロウェル。──マティアス・クロウェル。あの時はありがとう」
クラス対抗戦で、錬金科のグループが魔獣に襲われ、負傷したときに助けた生徒だった。
あの時は、お互い自己紹介もせずに、すぐに別れていたので名前を知らなかった。
「こちらこそ、あの時貰った閃光の魔導具に助けられたんだ。実は……」
ルシエルはあのあと、騎士科に行く手を阻まれ、そこで目くらましとして使用し、
お蔭で上手く逃げることができた事を簡潔に話した。
それを聞いたマティアスはとても嬉しそうに「役に立てて良かった」と、頬を持ち上げた。
──「皆さん。お揃いですね。では、とりあえず各クラスの番号順に席についてください」
キラキラと明るい笑顔を振りまきながら教室に入ってきた教師、フェリシア・ロウライン。
その美貌に魔導科の男子生徒はほぼ釘づけだった。
たまに見かけるときと顔つきが違い、授業の時の彼女は才色兼備という言葉がぴったりだった。
確かに、エバンの言うとおり彼女から錬金術を教わるのは少し羨ましい。
そんな事を想いながらフェリシアの事を眺めていたとき、小さく鈴の音が聞こえた。
その響きは聞き覚えのあるものだったが、すこし濁っているような、微かな違和感を感じた。
「ルシエル、さっきから鼻の下が伸びてるよ……」
ルシエルは思わず鼻の下を触った。
偶然隣の席になったハンナに指摘され、彼女を横目で見たとき、心臓が跳ねた。
ハンナは口元をぷくっと膨らませてこちらを睨んでいる。
ルシエルの内側から聞こえる音は徐々に大きくなっていく。
そして、その姿が目の奥に焼きついた。
「──という訳で、今日は二限を使って魔導科の生徒たちと一緒に錬金術と魔術の融合について学びましょう」
講義になるといつも上の空のエバンがきちんとノートをとっている。
そのことに驚いているのはルシエルだけではない。
ハンナも、メルバも。いうなれば、魔導科の生徒全員が。
授業のあと、フェリシア先生の提案で、ここ大教室でみんなで昼食をとることになった。
勿論、事前に彼女が申請を出し、教頭からの許可を得ているからできるのだ。
生徒たちは、食堂からの食事のプレートを教室へ持ち込み、各々好きな場所で食べ始めた。
「ちょっと、ルシエルぅ。あれ、いいのぉ?」
プレートを持ちながらやって来たメルバが、顎で向こう側を指す。
そこにはフェリシア先生を取り巻く男子生徒たちがいた。
「いいの? って、僕に聞かれても……」
「そうじゃなくて、エバンよぅ。エ・バ・ン。デレデレじゃない。なに、あの乙女みたいな顔、だらしない」
ハーと大きく息を吐くメルバに、「確かに」と、ルシエルとノエルが声を上げて笑った。
それにつられて、一緒に食べている錬金科の生徒たちも笑い出した。
「でもいいよね。フェリシア先生明るくて、授業も楽しいし。
あまり大きな声では言えないけど、うちの担任のクルシア先生は表情ひとつ変えないで話すからさ。
エバンなんかいつも居眠りして注意されてるもん。
だから、あんなに生き生きとした顔で授業を受けてたエバンは初めて見たよ」
「今日は特別よ。いつもは結構厳しいの。ね?」
シャーロットがクラスメイトに同意を求めた。
皆、首を縦に振る。
「そうなんだ。でも、エバンはそれでもいいんだろうなぁ。
あいつ、後できっと『あぁ、オイラもフェリシア先生のクラスに入りたいなぁ』って言いそう」
ルシエルの発言に、その場にいる魔導科のメンバーは皆、大きく首を縦に振る。
みんなの視線に気づいたエバンは、パンを口に頬張りながら、こちらへやってきた。
「なあ、ルーシー、聞いてくれよ。フェリシア先生、彼氏いないんだって。
それってさ、そういうことだよな?」
「いや、どういうことだよ?」
「だから! 言わせるなよ、もう。女子がいるじゃん」
「いやいや、何が言いたいのかさっぱりだよ」
「錬金科はいいよなぁ、あぁ、オイラもフェリシア先生のクラスに入りたいなぁ」
天を仰ぐエバンを見て、ドッと沸いた。
しかし、当の本人は何が面白いのか全く分からず、再び食堂へと向かっていった。
昼食後、自身の教室に戻る魔導科の者たち。
色々な刺激を受けた生徒たちの顔は明るい。
その時、エバンが誰かに気づいて少し先を歩いた。
声を掛けられた生徒は振り向くと、目を丸くした。
「エバン・ヒルティじゃないか。久しぶりだな」
「こんにちは、オーウェン先輩」
ルシエルは眉を持ち上げ、口を大きく開いた。
まさか、エバンが自分からオーウェン先輩に話しかけるなんて。
いくら気分がいいからって、きっとあの件を持ち出されるに違いない。
騎士科三年のオーウェン・ベルハート。
頼りになる先輩だが、少々強引なところもあり、ルシエルは常に軽い警戒心は持っている相手だ。
ここは自分が間に入って、話題が変な方向へ向かわないようにするべきか……と、
思案しているうちにエバンの息を大きく吸う音が聞こえた。
「あの、オーウェン先輩にお願いがあります。──オイラと組手をやってもらえませんか?」
オーウェンの顔は驚きの表情のまま硬直している。
お願いとは、エバンの姉、アイリスがらみだろうと勝手に思っていた。
しかし、どういう風の吹き回しか、まさかエバンから組手を申し込んでくるとは。
ルシエルも同様に、いや、ハンナもメルバもノエルまでもが口をあんぐりと開けていた。
ルシエルが、エバンの肩を触ろうとした時、オーウェンは腕を組んで胸を張った。
そして、眉を片方だけ持ち上げ口を開いた。
「ああ。望むところだ」──と。




