5-11 契約精霊
青い小鳥はチチチと鳴き、ルシエルの肩に止まった。
そして、耳をつつき、また鳴いた。
「チル?」
シャーロットは首をかしげた。
ルシエルは妹のロザリーが世話をしている小鳥、チルの事を話した。
けど、何故今ここにチルがいるのか?
あの魔法陣と何の関係があるのか分からない。
「今日から、ルシエルが契約者だって言ってるみたい。ずっとこの日を待っていたんだって」
ハンナは自分が聞こえた声を皆に伝えた。
「うん。僕にも聞こえた。ただ、何だろう? すごく偉そうだったし、怒られたんだけど……」
──ハンナは目を逸らした。
「それは、契約精霊じゃよ。きみが契約したのじゃ」
「あ、さっきの血で陣を閉じたのが契約だったってことですか?」
「左様。セドリック君は、おぬしに託したんじゃろうな。
なぁルシエル君や、よかったら、その手帳を詳しく見せてくれんかの?」
ルシエルは頷き、持っていた手帳を渡した。
メルキオールは眼鏡を少しずらしてページをめくる。
「うーむ、やはり……」
メルキオールは眉を寄せ、口髭をつまんだ。
メルキオールの付き人の少女とミロはチルを窓際に連れて行った。
パンのかけらと水を用意し、二人は頬杖をついて、じっと見つめている。
──「響感……ですか?」
「ふむ。おぬしは『響感』の持ち主なんじゃよ。
だから、セドリック君はおぬしのために契約精霊を待機状態にしていたんじゃろうな」
「待機状態……、響感」
「至極まれな体質でな。おぬし、妙な音を聞いたことはないか?」
「あります。
──心地よい音も、不快な音も」
「音?」
「うん。たまに頭の奥の方で鳴るんだ」
「どんな時に聞こえるの?」
シャーロットは身を乗り出した。
「不快な音がする時って、大概よくないことの前触れなんだ。けど、法則までは分からなくて……
ただ、最近ある法則性を見つけたんだけど……」
ルシエルはやや歯切れの悪い顔をしながら頭をかいた。
次第に耳が赤く染まっていく。
シャーロットはその詳細を訪ねた。
「えっと、その。たまに鈴の音のようなものが聞こえるんだ。
その音がする時って、必ず、ハンナが近くにいるんだ」
「えっ」と小さく声をあげたハンナは両手で口元を隠した。
「あの……、メルキオールさん、それって本当に『響感』なんですか?
私からすれば、ただの恋の胸騒ぎにしか聞こえないんですけど……」
シャーロットは目を細めてルシエルを見た。
ルシエルの顔は一瞬にして赤く染まり、なにやらぶつぶつと呟いている。
「ホッホッホ。君たちは若いからな」
快活に笑うメルキオールは、コホンとひとつ咳払いをして眼鏡を元の位置に戻す。
そして、先ほどまでの柔かな表情は消え、頬を固くした。
「『響感』は使いようによっては才能になるのじゃ。だが、一方で呪いでもあっての。
そして、それは精霊復活の鍵ともなるのじゃ。ところで、おぬしたちは四大精霊のことを知っておるかな?」
三人は黙って頷いた。
「うむ。なら話が早い。かの四大精霊、火の王イグナス、水の女王セレーネ、風の守護者ゼフィール、土の巨王ガルダン。
彼らの神話は今も受け継がれておるからな。だが、今の世に彼らが復活するとなると、どうなるじゃろうか?」
「位相因子のバランスが崩れる危険性……」
シャーロットが固い表情で答える。
「お嬢さん、賢いのう。そうじゃな、均衡が崩れることによって、復活した精霊が再構築を始めるわけじゃ。
その時どうしても一度は隣に置かなくてはならないものがある」
「──闇の魔術……」
「その通り。こればかりは避けられん。まずは中立にしなければならんからの。
そしてそれは、調和が崩れやすいとも言える……」
三人は息を飲み込んだ。
ハンナは手を口に当てたまま固まってしまった。
「けど、それと『響感』がどう繋がるというのですか?」
「簡単に言えば道具じゃよ。ちと残酷な物言いじゃがな。
『響感』を持つ者は精霊との共鳴に耐えられる可能性がある。
かつては、それを利用して精霊復活を目論む者たちもおってな。
今は勿論禁忌に触れる行いじゃ。
じゃから、セドリック君は、おぬしを守っていたのじゃろう」
形容しがたい感情に、ルシエルの総身は粟立った。
何も知らなかった。
『響感』のことも。
──父のことも。
もしかしたら、父の逮捕には自分が関係しているのではないか。
自分のせいで父は……。
息が詰まり、膝を掴む手に力が入る。
「僕は……、僕は……」
呼吸が荒く、肩は激しく上下する。
視界も狭くなりかけたとき、手に柔らかな感触を覚えた。
温かなぬくもりで自我を取り戻したルシエルは顔を上げる。
そこにはハンナがそっと手を包み込んでくれていた。
「わたしたちはいつでも一緒にいるよ。どんなことがあっても」
その時、バタバタと音がし、それはルシエルの肩で鳴り止んだ。
「だから、俺様がいるんだろ? ご主人様よぉ?」
チルだ。
「何、辛気臭え面してんだよ。ったくこれだから人間ってやつは」
「えーっと、チルって、呼んでいいんですよ、ね?」
「俺様は、やっとお前と契約できたんだからな。ホント、いつまで待たせんだっつうの!」
「あ、いや、その、すみません」
「おい、ルーシー。これからお前の『響感』は、俺様が管理してやる。
なに、心配すんな。悪いようにはしねえよ。それと、隣の小娘、なんで俺様の言葉がわかるんだ?
契約者じゃねえだろ?」
「あのー、本当にチル、ですか? もしかしてエバンじゃないの?」
隣りでハンナがくふっと笑った。
シャーロットには鳥のさえずりしか聞こえず、ハンナに聞いている。
「あ? エバンて誰だよ? 知らねえよそんなもん」
「ならよかった。ちょっと気になって。──あ、えっと、こちらがハンナ。彼女は君の言葉がわかるんだ。
そして、隣にいるのがシャル。本当の名前はシャーロットって言うんだけど、覚えられなかったらシャルでいいと、思う」
「おい、お前! 俺様を誰だと思ってるんだ?
覚えられないわけないだろ? 馬鹿にすんなよ」
「馬鹿に、なんてとんでもない。ただ、どう接していいのか、ちょっと戸惑っていまして……」
「あの、チル。これからよろしくね」
ハンナは指でチルの口元を撫でた。
すると、チルはとろけるような目をして、上を向いた。
「ハンナか。お前は俺様のことを心得ているようだな。よし、覚えていてやるぞ。それととなりの小娘も」
「シャル、だ・よ」
ぴゅるると鳴いてチルはルシエルの肩から飛び立ち、スーッと姿を消した。
驚いて辺りを見回す三人に、メルキオールは、ほっほっほっと笑い声をあげ、口元を触った。
「大丈夫じゃよ。また、おぬしが必要とするとき、必ずやってきておぬしを助けるじゃろう。
成りは小さくても立派な精霊じゃからな。そうじゃ、これを使うといい。だいぶ前に作ったものじゃが、役に立つじゃろうよ」
メルキオールは引き出しから小さな笛を取り出した。
それを吹けば、いつでも契約精霊を呼び出せる。
しかし、メルキオールはチルの言葉を聞いていない。
傲慢な態度のチルは果たしてその笛の音でやってくるのだろうか?
やや心配になりながらも、ルシエルは頭を下げ、笛を受け取った。




