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ルシエルの残響  作者: 此崎 りつ
五章 冬休み編
52/71

5-1 家族

馬車を乗り継ぎ、最後は三キロほど雪道を歩くと、

母と妹が住む村「セルドー」がある。

昨日この辺りは、だいぶ冷え込んだらしく、雪が積もっている。

白い息を吐きながら新雪に足跡を残すルシエル。

少し汗ばんできて、マフラーを鞄にしまう。

一年振りの帰省に足取りは軽い。

妹のロザリーが手紙で教えてくれた小鳥にも早く会いたい。

早く母の手料理が食べたい。

自然と口元がほころぶ。


「ただいま」


扉を開けると香草の香りが鼻を刺激した。

テーブルで書きものをしていたロザリーが気づき、飛んできた。


「あっ、お兄ちゃん。 おかえりー。お母さーん、お兄ちゃんが帰ってきたよー」


エプロンで手を拭きながら迎える母、ミレイユにもう一度「ただいま」と、告げる。


「おかえり、ルシエル。疲れたでしょう?」


鞄を持ってくれた母の手はかなり荒れていた。

そして、少し痩せて見えた。


「ルシエル、背が伸びたわね。身体も逞しくなって」


「ね、お兄ちゃん。お土産ないの?」


「せっかちだな、ロザリー。ちゃんとあるよ。はい、これ。母さんはこっち」


「あら、ありがとう。お土産なんて気を遣わなくていいのに。

けど、嬉しいわ。開けてもいい?」


ロザリーは既に袋から取り出していた。


「わー。かわいい! これお兄ちゃんが選んだの? ねぇ、お母さんのは?」


ロザリーは飛び跳ねながら、母の袋を無理やり覗こうとしている。


「まぁ、綺麗な櫛。それにさわり心地がとってもいいわね。ルシエル、高かったんでしょう? ありがとう」


「友達と『ベルティア祭』に行って、その時に買ったんだ。そうだ、ロザリーにはこれも」


鞄から一冊の本を取り出し、手渡した。

ロザリーは流行の文芸書「恋はまだ頁の途中」を胸に抱き、飛び跳ねた。

そして、窓際にいる小鳥に見せ、そのままケージの扉を開けた。

青い小鳥は、パタパタと羽ばたき部屋の中を回わり、そして、ルシエルの頭に着地した。


「チル。お兄ちゃんだよ。挨拶は」

 

チチチと頭の上で鳴くチル。

動くたびに小さな爪が頭を刺激してこそばゆい。

ルシエルは背中をくねらせながら、チルを手の上に招き入れた。

 

「やぁ、チル。よろしくね」

 

挨拶のわりに手の甲に小さなフンを落としてロザリーの方へと飛ぶ。

三人のケタケタと笑う声がチルはピピッと鳴いた。

 

 ルシエルの部屋は以前使っていたままの状態で、母が綺麗に掃除してくれていた。

荷物を置いて、リビングへ戻り食卓につく。

ミートパイに鴨の香草焼き、焼きたてのパンとシチュー。食べきれないほどの料理が並んでいる。

ルシエルは目頭が熱くなり、鼻の奥をツンと何かが刺激した。

 

三人で食卓を囲み、料理に舌鼓を打ちながら、ルシエルは、友達の顔を思い浮かべた。


「エバンってやつがね、みんなが引くくらい大食いでさ、いつも何か食べてるんだ。

それでね、他に、ハンナって子がいて、微精霊と話せるんだよ。

すごいでしょ? その子、この間ビューティーコンテストで入賞してさ、クラスで大盛り上がりして。

あ、さっき渡したお土産の櫛はハンナが選んでくれたんだ。あとね──」

 

「ねぇ、お兄ちゃん。そのハンナって人、彼女?」

 

「え? ち、違うよ。そんなんじゃないよ。 何言ってるんだよ」

 

ミレイユは優しい眼差しで二人を眺めている。

久しぶりの賑やかな食事に、四人で食卓を囲んだ頃を思い出した。

もう、戻ることのない日々。

ミレイユの目尻は潤んで、今にも溢れそうだった。

 

──リビングで土産の本を読みながら寝落ちしてしまったロザリーに毛布をかけ、

ミレイユは温かい紅茶を淹れ、ルシエルの前に置いた。

 

「母さん、手紙読んだよ」

 

「そう。無事に届いてよかったわ。手紙にも書いたけど、アーサーが色々と身の回りのことをやってくれていてね。

あなたも知っているでしょう? アーサー。何度も役所に駆け寄ってくれていたのだけれど、結局一度も面会を許されなかったわ。

だから、その後のこともアーサーから聞いたのよ。それで、どこに埋葬されたのかも知らせてもらえないの。

お墓……作ってあげないとね。形だけでも」

 

ミレイユはロザリーを横目に見て、大きく息を吐いた。

このことは、まだロザリーには伝えていないらしい。

手紙にも書いてあった通り、ずっと学校を休んでいる。

 

「そういえば、あなたに手紙が届いていたわよ。差出人が書いていないから誰か分からないのよ」

 

差出人不明と聞き、ルシエルは思わず大きな音を立てて、椅子から立ち上がった。

依然と同じ封筒で、検閲の判が押印されている。

身体をこわばらせながら受け取ると、以前とは違う音が頭の中で鳴り響いた。

──清流のような落ち着いた音。



「ルシエル様


この手紙を読んでいるということは、今頃、ご実家でゆっくり過ごされていることでしょう。

久しぶりの実家はいかがですか?

ヴァレン・コールにいた頃が懐かしいです。あなたが小さかった頃、私もよくお邪魔しました。

お母様の美味しい料理までごちそうになって。

食後に、かくれんぼをするのが定番でしたね。あなたは、決まって隠れる専門で。

見つけるのに苦労しました。

一度、家の敷地から出て、森までいってしまった時は肝を冷やしましたよ。

知っていましたか? 実はあの時、私は魔術であなたを探し当てたのです。

本当は反則なのですが……。懐かしいです。

もう、流石にかくれんぼをする歳ではないかもしれませんが、

今度は私が隠れてみたいものです。

その時は魔術を使ってもいいですよ。       クリストフ」


ルシエルは部屋から一通の手紙を持ってきて、合わせてミレイユに渡した。

双方を読み終えた彼女は眉根を寄せ、指でこめかみを抑えている。

 

「前に届いたクリストフの手紙は僕へのメッセージだったんだ。

目を凝らすと、『報告』という文字が見えるよ。

それに比べて、この手紙はいたって普通の内容なのは、何を意味しているんだろう?」

 

「確かにクリストフは、あなたが小さかった頃、よく来ていたわ。ただ、あなたと遊んでいたかしら? 

クリストフはとても真面目な人だったから、あの頃はよくお父さんと研究の話を夜中までしていたものよ」

 

「うん。僕も彼とかくれんぼをした記憶はないよ。──今度は、私が隠れる? したことないのに……。

『報告』と、『魔術で探す』……」

 

思考を巡らす。この手紙もメッセージが隠されているに違いない。

しかし、どうしてもその意図が分からない。

ルシエルは紙とペンを用意し、手掛かりになりそうな単語を羅列した。


──「ヴァレン・コール」「かくれんぼ」「敷地外の森」「魔術」「今度はクリストフが隠れる」


「魔術で探す……隠れる……森……」


そこまで考えたところで、何かが引っかかる。

だが、形になる前に思考は霧のようにほどけていった。


「無理しないで、ルシエル」


母の声が、遠くから届いた気がした。

返事をしようとして、できなかった。

温かな気配に包まれながら、ルシエルはそのまま意識を手放した。

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