5-1 家族
馬車を乗り継ぎ、最後は三キロほど雪道を歩くと、
母と妹が住む村「セルドー」がある。
昨日この辺りは、だいぶ冷え込んだらしく、雪が積もっている。
白い息を吐きながら新雪に足跡を残すルシエル。
少し汗ばんできて、マフラーを鞄にしまう。
一年振りの帰省に足取りは軽い。
妹のロザリーが手紙で教えてくれた小鳥にも早く会いたい。
早く母の手料理が食べたい。
自然と口元がほころぶ。
「ただいま」
扉を開けると香草の香りが鼻を刺激した。
テーブルで書きものをしていたロザリーが気づき、飛んできた。
「あっ、お兄ちゃん。 おかえりー。お母さーん、お兄ちゃんが帰ってきたよー」
エプロンで手を拭きながら迎える母、ミレイユにもう一度「ただいま」と、告げる。
「おかえり、ルシエル。疲れたでしょう?」
鞄を持ってくれた母の手はかなり荒れていた。
そして、少し痩せて見えた。
「ルシエル、背が伸びたわね。身体も逞しくなって」
「ね、お兄ちゃん。お土産ないの?」
「せっかちだな、ロザリー。ちゃんとあるよ。はい、これ。母さんはこっち」
「あら、ありがとう。お土産なんて気を遣わなくていいのに。
けど、嬉しいわ。開けてもいい?」
ロザリーは既に袋から取り出していた。
「わー。かわいい! これお兄ちゃんが選んだの? ねぇ、お母さんのは?」
ロザリーは飛び跳ねながら、母の袋を無理やり覗こうとしている。
「まぁ、綺麗な櫛。それにさわり心地がとってもいいわね。ルシエル、高かったんでしょう? ありがとう」
「友達と『ベルティア祭』に行って、その時に買ったんだ。そうだ、ロザリーにはこれも」
鞄から一冊の本を取り出し、手渡した。
ロザリーは流行の文芸書「恋はまだ頁の途中」を胸に抱き、飛び跳ねた。
そして、窓際にいる小鳥に見せ、そのままケージの扉を開けた。
青い小鳥は、パタパタと羽ばたき部屋の中を回わり、そして、ルシエルの頭に着地した。
「チル。お兄ちゃんだよ。挨拶は」
チチチと頭の上で鳴くチル。
動くたびに小さな爪が頭を刺激してこそばゆい。
ルシエルは背中をくねらせながら、チルを手の上に招き入れた。
「やぁ、チル。よろしくね」
挨拶のわりに手の甲に小さなフンを落としてロザリーの方へと飛ぶ。
三人のケタケタと笑う声がチルはピピッと鳴いた。
ルシエルの部屋は以前使っていたままの状態で、母が綺麗に掃除してくれていた。
荷物を置いて、リビングへ戻り食卓につく。
ミートパイに鴨の香草焼き、焼きたてのパンとシチュー。食べきれないほどの料理が並んでいる。
ルシエルは目頭が熱くなり、鼻の奥をツンと何かが刺激した。
三人で食卓を囲み、料理に舌鼓を打ちながら、ルシエルは、友達の顔を思い浮かべた。
「エバンってやつがね、みんなが引くくらい大食いでさ、いつも何か食べてるんだ。
それでね、他に、ハンナって子がいて、微精霊と話せるんだよ。
すごいでしょ? その子、この間ビューティーコンテストで入賞してさ、クラスで大盛り上がりして。
あ、さっき渡したお土産の櫛はハンナが選んでくれたんだ。あとね──」
「ねぇ、お兄ちゃん。そのハンナって人、彼女?」
「え? ち、違うよ。そんなんじゃないよ。 何言ってるんだよ」
ミレイユは優しい眼差しで二人を眺めている。
久しぶりの賑やかな食事に、四人で食卓を囲んだ頃を思い出した。
もう、戻ることのない日々。
ミレイユの目尻は潤んで、今にも溢れそうだった。
──リビングで土産の本を読みながら寝落ちしてしまったロザリーに毛布をかけ、
ミレイユは温かい紅茶を淹れ、ルシエルの前に置いた。
「母さん、手紙読んだよ」
「そう。無事に届いてよかったわ。手紙にも書いたけど、アーサーが色々と身の回りのことをやってくれていてね。
あなたも知っているでしょう? アーサー。何度も役所に駆け寄ってくれていたのだけれど、結局一度も面会を許されなかったわ。
だから、その後のこともアーサーから聞いたのよ。それで、どこに埋葬されたのかも知らせてもらえないの。
お墓……作ってあげないとね。形だけでも」
ミレイユはロザリーを横目に見て、大きく息を吐いた。
このことは、まだロザリーには伝えていないらしい。
手紙にも書いてあった通り、ずっと学校を休んでいる。
「そういえば、あなたに手紙が届いていたわよ。差出人が書いていないから誰か分からないのよ」
差出人不明と聞き、ルシエルは思わず大きな音を立てて、椅子から立ち上がった。
依然と同じ封筒で、検閲の判が押印されている。
身体をこわばらせながら受け取ると、以前とは違う音が頭の中で鳴り響いた。
──清流のような落ち着いた音。
「ルシエル様
この手紙を読んでいるということは、今頃、ご実家でゆっくり過ごされていることでしょう。
久しぶりの実家はいかがですか?
ヴァレン・コールにいた頃が懐かしいです。あなたが小さかった頃、私もよくお邪魔しました。
お母様の美味しい料理までごちそうになって。
食後に、かくれんぼをするのが定番でしたね。あなたは、決まって隠れる専門で。
見つけるのに苦労しました。
一度、家の敷地から出て、森までいってしまった時は肝を冷やしましたよ。
知っていましたか? 実はあの時、私は魔術であなたを探し当てたのです。
本当は反則なのですが……。懐かしいです。
もう、流石にかくれんぼをする歳ではないかもしれませんが、
今度は私が隠れてみたいものです。
その時は魔術を使ってもいいですよ。 クリストフ」
ルシエルは部屋から一通の手紙を持ってきて、合わせてミレイユに渡した。
双方を読み終えた彼女は眉根を寄せ、指でこめかみを抑えている。
「前に届いたクリストフの手紙は僕へのメッセージだったんだ。
目を凝らすと、『報告』という文字が見えるよ。
それに比べて、この手紙はいたって普通の内容なのは、何を意味しているんだろう?」
「確かにクリストフは、あなたが小さかった頃、よく来ていたわ。ただ、あなたと遊んでいたかしら?
クリストフはとても真面目な人だったから、あの頃はよくお父さんと研究の話を夜中までしていたものよ」
「うん。僕も彼とかくれんぼをした記憶はないよ。──今度は、私が隠れる? したことないのに……。
『報告』と、『魔術で探す』……」
思考を巡らす。この手紙もメッセージが隠されているに違いない。
しかし、どうしてもその意図が分からない。
ルシエルは紙とペンを用意し、手掛かりになりそうな単語を羅列した。
──「ヴァレン・コール」「かくれんぼ」「敷地外の森」「魔術」「今度はクリストフが隠れる」
「魔術で探す……隠れる……森……」
そこまで考えたところで、何かが引っかかる。
だが、形になる前に思考は霧のようにほどけていった。
「無理しないで、ルシエル」
母の声が、遠くから届いた気がした。
返事をしようとして、できなかった。
温かな気配に包まれながら、ルシエルはそのまま意識を手放した。




