4-11 静かな兆し
一年ぶりの帰省。
生徒たちは大きな荷物を抱えている。
久しぶりの家族との再会に、その顔はとても活気にあふれていた。
ルシエルは母親の仕事の関係で、帰省の時期をずらしていたため、のんびりと支度をしている。
昨日は、本当に長い一日だった。
色々なことがあり過ぎて、ベッドに入っても、なかなか寝付けなかった。
昨晩の騒動の後、事務室でことの経緯を話し、自室へ戻ったのは日付が変わってからだった。
──(結局、言いそびれちゃったな)
大きく息を吐きながら、壁に貼っていた朗読会のチラシをはがし、鞄にしまう。
しばらくの間、クラスメイトとも会えないのが少し寂しく感じる。
こんなことは初めてだった。
甘くて、少し苦い感情を胸に、家族への土産をしまう。
土産の櫛は、『ベルティア祭』で買ったもので、ルシエルはその時の事を思い返した。
そして、昨日、エバンに言われた言葉を思い出し、トクンと心臓が跳ねた。
──気が付けば、ルシエルは散らかっている服をまたぎ、部屋を出ていた。
馬車の乗り場には大勢の生徒が列をなしている。
クラスメイトの顔がちらほら見えて、挨拶を交わしながらハンナ達を探す。
ちょうどそこへ、列の最後尾に並ぼうとしているハンナとシャーロットを見つけた。
ルシエルは小さく手を振りながら二人の元へと走った。
「あら、ルシエル。どうしたの?」
「やあ。えっと、……見送りにきた」
ルシエルは二人の目を見る事なく、頭をかいた。
濃密な一日が明けたばかりで、何を話していいかわからなく、
やや気まずい空気が漂う。
「ねえ、ルシエル。目の下に隈が出来てるわよ」
「うん、なんか眠れなかったんだ。二人は眠れた?」
左右に首を振る二人に、ルシエルは苦笑いを浮かべた。
「だよね。眠れる訳ないよね」
その時、シャーロットを呼ぶ声が聞こえ、彼女はそれに応えるように手を振る。
「ねぇ、ハンナ。私の荷物見ててくれる? ちょっと行ってくる」
「うん」
シャーロットは走り様にルシエルの背中をポンと軽く叩いた。
咳払いをひとつ、つくルシエル。
耳元に心臓があるように、鼓動が鳴りはじめた。
ハンナに聞かれていないだろうか?
少し、顔を赤くしながらルシエルはハンナの顔を見た。
「あのさ、ハンナ。もしよかったら、あの古書店の朗読会へ、一緒に行かない? 興味があったらで、いいんだけど……」
前を並ぶ生徒がこちらをチラリと見ている。
出来れば誰もいない所で誘いたかった。
しかし、そんな事を言っていたら機を逃してしまう。
冷静を装ったつもりでも、その声はしっかり震えていた。
ハンナの表情からは読み取れない。断られたらどうしよう……。
いや、もう、今更か。
失敗したな。
やっぱりやめておけばよかった。
マイナスな事ばかり考えてしまう。
ハンナは鞄の中に手を入れて、一枚の紙を取り出した。
「私、このお話好きなんだ。それが朗読会で読まれるのが嬉しくて。だから、わたしも行きたいって思ってた」
「えっと、それって」
ハンナは頬を持ち上げながら頷いた。
「朗読会、楽しみだね」
ルシエルの身体は、今にも溶けてしまいそうなほど熱くなった。
思わず口に出しそうになるのを堪え、心の中で喜びが弾けた。
「うん。ありがとう、ハンナ」
しばらくしてシャーロットが戻ってきた。
彼女はハンナの手に持つ紙を一瞥して微笑んだ。
ハンナは髪のリボンを指で触っている。
ハンナ達を見送り、足取りも軽やかに学園内を闊歩するルシエルは、エバンを見かけた。
声をかけるとエバンは寮に残るらしい。
「やっぱり、あの家には帰りたくないし、姉ちゃんは明日、伯父さんの家に行くんだ。ルーシーはいつ帰るんだ?」
「明後日帰るよ。エバンはお姉さんと一緒に行かないのか?」
「伯父さん、元戦士でさ、オイラが行くと組み手をやらされるんだ」
──「なんか、近くにもいるな。そんな人……」
「だろ? 別にオイラは戦士にも騎士にもなりたいわけでもないのにさ」
「そっか。それだったら、僕でもここに残るかも」
二人は誰もいない広場を歩いていた。
校舎前を通ると儚げなピアノの音色が、耳にスーッと入ってきた。
透明感のあるその音に誘われて、足が自然とそちらへ向く。
冷たい空気が張り詰める廊下を歩き、教室の扉を開く。
扉を開けた瞬間、音が止んだ。
「あら、二人とも。何してるの? こんなところで」
「やっぱり、フェリシア先生だったんだ。そんな気がしたんだ」
「僕は帰省をずらしたので。それとエバンは寮にいるらしいので、それで」
「そうなのね。ちょうどよかったわ。お願いがあるんだけど、いい? お昼ご飯はご馳走するわよ」
「え? 昼ごはん。やるやる! なあ、ルーシー」
「まだ、何も聞いてないだろ? 先生、いいんですか? ご馳走するなんて言って。後できっと後悔しますよ」
「どういう意味? 後悔? まぁ、いいわ。実はね、音楽室を引越ししないといけなくて、手伝ってもらえる?」
三人は黙々と楽譜を整理し、楽器を運び出した。
真面目なルシエル、後で待っている昼食を目当てに機敏に動くエバン。
二人の手際のよさもあって、昼前には引っ越しは終わった。
フェリシア先生と食堂へ行き、二人は彼女の手さばきに見とれた。
「フェリシア先生の料理、美味しかったなぁ。見た目もすごく綺麗で、シェフみたいだった。
エバンなんか先生の分まで貰っちゃってさ。図々しいにもほどがあるよ」
「へへっ。だって美味かったんだもん。それに、先生の手料理だぜ?」
「ほんと、皆に知られたら、何されるか分からないな」
身も心も満たされた二人は、誰もいない石廊下を歩く。
他愛もないことを話し、笑い、冗談を言い合える友が出来たことが二人にとってどれだけ大きかったか。
親友と呼ぶにはまだ日が浅いかもしれない。けれども、二人はお互いの事を信頼している。
対照的な彼らは自分にないものをお互い認め合う。
これからも。
石廊下を曲がるところでルシエルは何かを発見した。
「なんだこれ」
指でつまんだそれを、エバンは見た。
──白百合のバッジ。
とても恐ろしい目で。
息を荒くし、ルシエルの手首を掴みながら。
「──やっぱり、本当だったんだ」
「エバン? どうした? これ、何か知っているのか?」
「──恩寵のしるし… 母さんを奪った奴ら……
見つけた。やっと手がかりを見つけた。
なあ、ルシエル。オレ、やっぱり明日、姉ちゃんと伯父さんの所へ行ってくる」
「そう。手がかりって? エバンどうしたんだ?」
「悪い、今は話せない。けど、近いうち説明する。それと、このバッジ、オレが持っててもいいか?
あと、このことは誰にも話さないでほしい」
「分かった。誰にも言わない。約束するよ」
「ありがとう。やっぱルーシーは頼りになるわ。ちょっと、オイラ、姉ちゃんの所に行ってくる」
いつもの屈託のない笑顔に戻ったエバンは背を向け、走り去っていった。
──恩寵のしるし。
聞いたことのない言葉だけが、頭の奥に残る。
振り返ることもなく遠ざかっていく背中を、ルシエルはただ見ていることしかできなかった。
これにて4章はおしまいです。
ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
5章は冬休み編に入ります。学園外でのルシエルの奮闘にどうごご期待ください。




