4-10 きっと誰かが見ているから
夜なのに、森が騒がしく揺れている。
ルシエルは腕に刺さった刃物を抜き取り、放り投げた。
「やり過ぎだ」
アーチャー・ヴァリスは低い声を響かせ、ルシエルから手を離した。
「ゴホッゴホッ、いいところに来てくれたぜ、先生。助かった。コイツに殺されるところだった」
「アーチャー先生、ルシエルは悪くないんだ。アイツらが……、本当なんだ」
「俺たちはいきなり襲われたんだ。コイツに。何とかしてくれよ、先生」
アーチャーは目を閉じ、大きく息を吐いた。
校舎の方からは、ルシエルを呼ぶメルバの声がした。
後ろにはノエル・フロストもいる。
「いくらなんでも、やり過ぎだ。これ以上は黙認はできん」
ルシエルはアーチャーを見た。──ものすごく冷たい目で。
小さく息を吐いたところで、再び冷気が、ルシエルから滲み出てきた。
「おい、おい、今度は先生にまで手をかけるつもりかよ。
お前がどうして悪魔の子って言われてたのかがよく分かったぜ。コイツの親父、この国を滅ぼそうとしてたんだろ?
それで投獄されて。──あぁ、そうか。首吊ってもういないんだっけか」
その言葉に誰しもが言葉を失った。
ハンナもシャーロットも。
メルバは口元を押さえ、目を見開いている。
不敵な笑みを浮かべるローウェンに対して、エバンだけがローウェンに牙を剥き、縄を引きちぎろうと暴れている。
ルシエルは俯き、小さな声で何かを唱えている。髪は揺れ、冷気が渦巻く。
目の奥に強い光を宿し、冷気は無数の氷となり、空中に浮かび上がる。
そして、強い衝撃と共に風が舞った。
地鳴りがし、その振動は足元へ。
声にならない唸り声だけが響き渡る。
「今まで幾度となく目を瞑ってきたが、もう限界だ。
お前のやっていることはまともな人間のやる事ではない。──ローウェン・アッシュ」
アーチャー・ヴァリスはローウェンの首を掴み、地面に押さえつけていた。
その顔は半分ほど土にめり込んでいる。
「な、なんだよ。先生。いいのかよ? こんなことして。俺の親父が誰だか知ってるだろ?
あんただって、俺の親父に頭が上がらないんじゃないのかよ」
「先輩、いや、お前の父親にもこの件はきちんと報告させてもらう。それでもお前のことを庇うというのなら俺は、出るところに出るつもりだ」
駆けつけたルシエルの担任、マーレ・クルシアと交代するようにアーチャーはローウェンたちを連行した。
「ハンナ、シャル。大丈夫? 怖かったね」
ルシエルはハンナの元へ歩み寄り、縄を解いた。
そして、はだけた胸元を隠すようにルシエルは自分の上着をそっとかけた。
二人はその場で泣き崩れ、メルバが二人の元へ飛び込み、涙をこぼした。
ノエルは縛られていたエバンの縄を解き、自身の肩にエバンの腕を回した。
「あ、ありがとう。ノエル」
「い、いや。それよりも、ひどい傷」
「あぁ、全く手が出せなかったよ。やられっぱなし。ハハハ。役に立たないよなぁ、オイラ」
ノエルは足の傷を見て、黙ったままエバンの前で手を後ろに回してしゃがみこんだ。
──(……)
「早く、治療しないと、足。それじゃ立つのもやっと、じゃないか。だから、早く」
「え? いいよ。自分で歩けるから。それに……」
エバンは濡れた足元を見て口を閉じた。
ノエルは「いいから」と強引にエバンを背負い、ルシエルの元へと向かった。
「──! エバン、大丈夫? それに、フロスト君、ありがとう」
「いや、たいしたことないよ。僕はただ、メルバさんに言われてついてきただけだから。二人とも、早く傷を治さないと。ひどい血だ」
ひとまず、マーレ・クルシアの治癒魔術によって二人の傷は塞がった。
「クルシア先生、ありがとうございます」
「当然のことです。ただ、どういう経緯でこうなったのか、のちほど報告してもらいます」
「──はい。でも、その前に少しお話したいことがあるのですが。さっき、あの人が言っていた……」
「私は先に事務室に行きますので、のちほど」
「あの、出来れば、先生にも聞いてもらいたいんです。でないと、誤解を与えたままになってしまいますから」
クルシアは立ち止まりルシエルを見つめた。
ルシエルはその場に座り込み、重たい口を開けた。
今まで言えず、一人で抱えていたことを。
──ルシエルの父、セドリック・バートンは街の誰からも慕われる魔法薬師だった。
日々、新薬の研究に取り組み、困った人の頼みなら、なんでも聞いてあげる温厚な人物だ。
そんなある日、突然役人が押し掛け、逮捕された。
容疑は、禁忌に触れた研究をしていたとのこと。
──人体実験。
──悪魔の魂を呼び戻す魔法陣。
無実を訴える声は届かず、噂は瞬く間に広がった。
やがて、その矛先は家族にも向けられた。
かつて一度、ルシエルは怒りに任せて、魔力を暴走させたことがある。
それを境に、「悪魔の子」と呼ばれるようになってしまった。
その後、三人は街を追われ、郊外の小さな村に移り住んだ。
現在も母と妹は、つましく暮らしている。
そして、先日、父が自害したという知らせを母の手紙で知った。
けれども、何かが引っかかる。
今はその方法が分からないけど、真相を突き止め、必ず父の無実を証明する。
「だから僕は、ここでたくさん学び、色々なことが出来るようになりたいんです」とクルシアの目を見つめた。
──重く冷たい沈黙が漂う。
「あなたはとても責任感があり、人望もある生徒です。
しかし、あなたは一人で抱え込む傾向が見られます。
たまには誰かに寄りかかるのもいいのではないでしょうか。
──では、私は先に事務室に。あまり遅くならないように」
クルシアは表情ひとつ変えず、その場を立ち去った。
* * * * *
「どうしてメルバは、僕たちがここにいるってわかったの?」
事務室に向かう途中、ルシエルが疑問に思っていたことを投げかけた。
メルバは、さも当然という顔を向け、
「ルシエルさ、ものすごく怖い顔をして広場を走っていったじゃない。
私が声をかけても聞こえてないんだもん。何かあったって思うのも当然でしょ?」
「そうだったんだ……。気づかなかったよ。でも、それだけ?」
「広場にいた時、花火が上がったの。その時、近くにいた錬金科の子が、『あれはシャルが作ったものだ』って言うのよ。
対抗戦の時に合図を送るって言われてたんだって。
だから、あそこにシャルがいるって思ったの。寮にも戻ってなかったし、ノエル君がエバンもいないって寮まで確認してくれて。
だから、クルシア先生に相談したの。まさか、あんなことになっていたなんて……」
シャーロットは、目を潤ませて腰のポーチをそっと撫でた。
「そう言えばさ、ルーシーは何でオイラたちの居場所がわかったんだ?」
「え? それは、その、……の……が聞こえた、から」
ルシエルは顔を赤くし、口を尖らせた。
「え? なんて?」
「ハンナの、声が聞こえたんだ」
「そうだったのかぁ。けど、ハンナ、いつそんな大声出した?」
「もう、あなた、本当に鈍感ね。そんな訳ないでしょ? 愛よ。愛。
あぁ、羨ましいったらありゃしない。ねぇ、シャルぅ」
「本当、もうお腹いっぱいよ」
ハンナは俯き、ルシエルはエバンに髪をくしゃくしゃにされた。
その光景を見たノエルは思わず吹き出し、声を出して快活に笑った。
そして、それにつられた笑い声がいくつも重なり、夜空に溶けていく。
ルシエルは照れ笑いをしながら空を仰いだ。
吐く息が白く、どこまでも上っていく。
例年よりも冷え込んでいる。
今年は雪が積もるかもしれない。




