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ルシエルの残響  作者: 此崎 りつ
四章 後夜祭編
49/71

4-10 きっと誰かが見ているから

夜なのに、森が騒がしく揺れている。

ルシエルは腕に刺さった刃物を抜き取り、放り投げた。

 

「やり過ぎだ」


アーチャー・ヴァリスは低い声を響かせ、ルシエルから手を離した。

 

「ゴホッゴホッ、いいところに来てくれたぜ、先生。助かった。コイツに殺されるところだった」

 

「アーチャー先生、ルシエルは悪くないんだ。アイツらが……、本当なんだ」

 

「俺たちはいきなり襲われたんだ。コイツに。何とかしてくれよ、先生」

 

アーチャーは目を閉じ、大きく息を吐いた。

校舎の方からは、ルシエルを呼ぶメルバの声がした。

後ろにはノエル・フロストもいる。

 

「いくらなんでも、やり過ぎだ。これ以上は黙認はできん」

 

ルシエルはアーチャーを見た。──ものすごく冷たい目で。 

小さく息を吐いたところで、再び冷気が、ルシエルから滲み出てきた。

 

「おい、おい、今度は先生にまで手をかけるつもりかよ。

お前がどうして悪魔の子って言われてたのかがよく分かったぜ。コイツの親父、この国を滅ぼそうとしてたんだろ?

それで投獄されて。──あぁ、そうか。首吊ってもういないんだっけか」

 

その言葉に誰しもが言葉を失った。

ハンナもシャーロットも。

メルバは口元を押さえ、目を見開いている。

不敵な笑みを浮かべるローウェンに対して、エバンだけがローウェンに牙を剥き、縄を引きちぎろうと暴れている。

ルシエルは俯き、小さな声で何かを唱えている。髪は揺れ、冷気が渦巻く。

目の奥に強い光を宿し、冷気は無数の氷となり、空中に浮かび上がる。

そして、強い衝撃と共に風が舞った。

地鳴りがし、その振動は足元へ。

声にならない唸り声だけが響き渡る。

 

「今まで幾度となく目を瞑ってきたが、もう限界だ。

お前のやっていることはまともな人間のやる事ではない。──ローウェン・アッシュ」

 

アーチャー・ヴァリスはローウェンの首を掴み、地面に押さえつけていた。

その顔は半分ほど土にめり込んでいる。

 

「な、なんだよ。先生。いいのかよ? こんなことして。俺の親父が誰だか知ってるだろ? 

あんただって、俺の親父に頭が上がらないんじゃないのかよ」

 

「先輩、いや、お前の父親にもこの件はきちんと報告させてもらう。それでもお前のことを庇うというのなら俺は、出るところに出るつもりだ」

 

駆けつけたルシエルの担任、マーレ・クルシアと交代するようにアーチャーはローウェンたちを連行した。


「ハンナ、シャル。大丈夫? 怖かったね」

 

ルシエルはハンナの元へ歩み寄り、縄を解いた。

そして、はだけた胸元を隠すようにルシエルは自分の上着をそっとかけた。

二人はその場で泣き崩れ、メルバが二人の元へ飛び込み、涙をこぼした。


ノエルは縛られていたエバンの縄を解き、自身の肩にエバンの腕を回した。

 

「あ、ありがとう。ノエル」

 

「い、いや。それよりも、ひどい傷」

 

「あぁ、全く手が出せなかったよ。やられっぱなし。ハハハ。役に立たないよなぁ、オイラ」

 

ノエルは足の傷を見て、黙ったままエバンの前で手を後ろに回してしゃがみこんだ。


──(……)

 

「早く、治療しないと、足。それじゃ立つのもやっと、じゃないか。だから、早く」

 

「え? いいよ。自分で歩けるから。それに……」


エバンは濡れた足元を見て口を閉じた。

ノエルは「いいから」と強引にエバンを背負い、ルシエルの元へと向かった。

 

「──! エバン、大丈夫? それに、フロスト君、ありがとう」

 

「いや、たいしたことないよ。僕はただ、メルバさんに言われてついてきただけだから。二人とも、早く傷を治さないと。ひどい血だ」

 

ひとまず、マーレ・クルシアの治癒魔術によって二人の傷は塞がった。


「クルシア先生、ありがとうございます」


「当然のことです。ただ、どういう経緯でこうなったのか、のちほど報告してもらいます」


「──はい。でも、その前に少しお話したいことがあるのですが。さっき、あの人が言っていた……」


「私は先に事務室に行きますので、のちほど」


「あの、出来れば、先生にも聞いてもらいたいんです。でないと、誤解を与えたままになってしまいますから」


クルシアは立ち止まりルシエルを見つめた。

ルシエルはその場に座り込み、重たい口を開けた。

今まで言えず、一人で抱えていたことを。


──ルシエルの父、セドリック・バートンは街の誰からも慕われる魔法薬師だった。

日々、新薬の研究に取り組み、困った人の頼みなら、なんでも聞いてあげる温厚な人物だ。

そんなある日、突然役人が押し掛け、逮捕された。

容疑は、禁忌に触れた研究をしていたとのこと。


──人体実験。

──悪魔の魂を呼び戻す魔法陣。

無実を訴える声は届かず、噂は瞬く間に広がった。


やがて、その矛先は家族にも向けられた。

かつて一度、ルシエルは怒りに任せて、魔力を暴走させたことがある。

それを境に、「悪魔の子」と呼ばれるようになってしまった。

その後、三人は街を追われ、郊外の小さな村に移り住んだ。

現在も母と妹は、つましく暮らしている。

そして、先日、父が自害したという知らせを母の手紙で知った。

けれども、何かが引っかかる。

今はその方法が分からないけど、真相を突き止め、必ず父の無実を証明する。

「だから僕は、ここでたくさん学び、色々なことが出来るようになりたいんです」とクルシアの目を見つめた。


──重く冷たい沈黙が漂う。


「あなたはとても責任感があり、人望もある生徒です。

しかし、あなたは一人で抱え込む傾向が見られます。

たまには誰かに寄りかかるのもいいのではないでしょうか。

──では、私は先に事務室に。あまり遅くならないように」


クルシアは表情ひとつ変えず、その場を立ち去った。


*  *  *  *  *


「どうしてメルバは、僕たちがここにいるってわかったの?」


事務室に向かう途中、ルシエルが疑問に思っていたことを投げかけた。

メルバは、さも当然という顔を向け、


「ルシエルさ、ものすごく怖い顔をして広場を走っていったじゃない。 

私が声をかけても聞こえてないんだもん。何かあったって思うのも当然でしょ?」


「そうだったんだ……。気づかなかったよ。でも、それだけ?」


「広場にいた時、花火が上がったの。その時、近くにいた錬金科の子が、『あれはシャルが作ったものだ』って言うのよ。

対抗戦の時に合図を送るって言われてたんだって。

だから、あそこにシャルがいるって思ったの。寮にも戻ってなかったし、ノエル君がエバンもいないって寮まで確認してくれて。

だから、クルシア先生に相談したの。まさか、あんなことになっていたなんて……」


シャーロットは、目を潤ませて腰のポーチをそっと撫でた。

 

「そう言えばさ、ルーシーは何でオイラたちの居場所がわかったんだ?」

 

「え? それは、その、……の……が聞こえた、から」

 

ルシエルは顔を赤くし、口を尖らせた。

 

「え? なんて?」

 

「ハンナの、声が聞こえたんだ」

 

「そうだったのかぁ。けど、ハンナ、いつそんな大声出した?」

 

「もう、あなた、本当に鈍感ね。そんな訳ないでしょ? 愛よ。愛。

あぁ、羨ましいったらありゃしない。ねぇ、シャルぅ」

 

「本当、もうお腹いっぱいよ」

 

ハンナは俯き、ルシエルはエバンに髪をくしゃくしゃにされた。

その光景を見たノエルは思わず吹き出し、声を出して快活に笑った。

そして、それにつられた笑い声がいくつも重なり、夜空に溶けていく。

ルシエルは照れ笑いをしながら空を仰いだ。

吐く息が白く、どこまでも上っていく。


例年よりも冷え込んでいる。

今年は雪が積もるかもしれない。

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