4-8 声の先へ
ルシエルは地面を蹴った。強く、速く。
もう少しハンナと話していたい。
心の内にある、言葉にできない想いをエバンは知っていた。
──『ベルティア祭』の古書店でもらった朗読会のチラシ。
それを部屋の机の前に貼っていた。
ハンナも興味があるなら誘ってみようかなと、ずっと思っていた。
しかし、今は違う。
ハンナと一緒に行きたい。
今日一日で、ハンナの事を少し知ることができた。
もっと知りたい。そう思い始めた時、ルシエルの中で何かが弾けた。
息を切らしながら走る。
生垣を曲がったところがハンナの寮だ。
──(間に合ってくれ)
そう願った時、突然耳の奥で、金属が軋むような音が鳴り、思わず足を止めた。
それはどんどん大きくなり、頭の中を巡っている。
──「ハンナ」
ルシエルは咄嗟に彼女の名を口にしていた。
全身が粟立ち、いまだに耳鳴りもしている。
一抹の不安を抱え、再び走り出し、角を曲がったところで足を止めた。
──(……気のせいか)
通りを見渡すが、聞こえるのは自分の荒い呼吸だけ。
しかし、ルシエルの持つ違和感は消えていない。
胸の奥に、ざらつきを抱えたまま、引き返そうか逡巡していたとき、
ふと、通りに何かが落ちているのが見えた。
近づき、それを拾い上げるとそれは、ハンナの持っていたハンカチだった。
胸騒ぎが、はっきりと形を持ち始めた。
ルシエルはそれを握りしめ、彼女たちの寮に向かった。
寮長に二人は戻っているかと確認を取ったが、まだだと言う。
ルシエルはもう一度辺りを見渡したが、気配すら感じない。
だが、依然、耳鳴りはある。
──(何かがおかしい)
エバンにもこのことを伝えようと、彼の寮まで走った。
が、エバンもまだ戻っていないとのこと。
悪寒がする。
一体何が起きたのだ?
ルシエルは不安で押しつぶされそうになりながらも闇雲に走った。
脚がもつれ、転びそうになりながらも、決して止まることなく。
広場にはまだ大勢の生徒が残っていた。
生徒たちの顔を確認しながら通りを抜けようとしたとき、校舎裏の方から一筋の光が上がった。
細かな光を纏いながらゆっくりと。
そして、それが頂点に達した時、──爆ぜた。
大きな音と共に、色とりどりの光の筋が放射状に広がってゆく。
ドーン、ドーン、ドーン、と立て続けに三発。
その煌めく光が生徒たちの顔を照らす。
生徒たちは手を叩き、大きな歓声を上げている。
──!
ルシエルは唇を強く噛み、光の方へと全速力で向かった。
メルバの呼ぶ声が聞こえたが、構わず走った。
確かに、聞こえた。
花火の音の中に混ざって、ハンナがルシエルを呼ぶ声が。
頭の中の警鐘は鳴りやまない。
肺がつぶれてしまうのではないかというくらい息が苦しい。
徐々に視界が狭くなっているが、そんなのどうでもよかった。
腕を振り、ひたすらに足を前へ前へと動かした。
校舎の裏手にある森、今は使われていない古びた井戸の傍ら、その柱に人影が見えた。
ぼやける視界の中、目を細めた。
「──ハンナ! シャル!」
二人は、手を後ろで縛られ、柱にくくりつけられている。
──(何故ふたりが?)
ルシエルは肩を大きく揺らしながら井戸の方へと向かった。
ハンナたちが、何か訴えていることに気が付いたと同時に、強い衝撃が、ルシエルの身体を打ち抜いた。
激しい痛みと共に、視界が滲む。
二人を探すと、目の前に靴が見え、それは凄まじい速さでルシエルに迫った。
──ガハッ
口の中に、鉄と土が混ざった味が広がる。
唇の感覚がない。
地面を見ると、赤黒い液体がしたたり落ちている。
「やっと見つけた。ルシエル・バートン」
目の前に、知らない男が立っていた。──赤毛の男。
「随分と探したんだぜ? お前らのこと」
──(お前ら? この人、誰なんだ?)
「お前の相棒も、ほら。ちゃんといるから安心しろよ」
ルシエルは髪をつかまれ、無理矢理首を横に向けられた。
そこには両手を縛られ、地面に顔をこすり付けられたエバンの姿があった。
「──エバン! だ、大丈夫か?」
「ああ、なんとか──。不意打ち食らった……。気を付けろ、ルシエ……」
「誰がしゃべっていいって言ったよ?」
エバンは地面に顔を強く打ちつけられ、声にならない声を上げた。
「何なんですか? 一体。僕らが何をしたって言うんですか?」
ルシエルは震える声で目の前の男に鋭い目を向けた。
腕は後ろで固められ、誰かが乗り、身動きを封じている。
ほどこうにも全く力が入らない。
「いいよなあ、お前らは。ヒーロー気取りで。正義感かざしてりゃおとがめなしだもんな?」
「何が言いたいんですか? 僕たちは別に何も……!」
目の前に光が飛び散り、頬が熱くなった。
しばらくして奥歯に痛みがやってくる。
「何も? 何もない訳ねえだろ? お前たちのおかげで一人の人生が台無しになったんだぞ?
おい、聞いてんのか?」
痛みと混乱と恐怖で何も考えられない。
必死に考えてはいるが、状況が追いつかず、混乱が増すばかり。
抵抗する力も薄れてきた。
──(そうだ、ハンナとシャーロットは?)
二人を探すと先ほどの井戸にくくりつけられていた。
そして、その隣には身体の大きい男がいる。
「ハンナたち……、あの二人は、解放してあげてください。お願いします」
「あのよぉ、お前、何か勘違いしてねえ? 何でお前が要求できる立場にいると思ってんだよ?」
「お願いします……。僕らが何をしたって言うんですか」
「──俺の仲間を、傷つけたからだよ。お前ら二人で」
「ルシエル……、あの時の、姉ちゃんの、ネックレス」
──初めてシャーロットと会った日の事。
エバンの姉、アイリスの持つ大事なネックレスを男子生徒に奪われた時のことだ。
ルシエルは、当時の記憶を呼び戻した。
身体が弱いアイリスが必要でつけていた水晶のネックレスを男子生徒が奪い、逃走した。
ルシエルとエバンで魔術でそれを拘束し、教師に引き渡した。
その後、何かしらの処分が下されたということは聞いていたが、彼がどうなったのかは知らない。
「やっと思い出したみたいだな。さてと……公開処刑といこうか」
赤毛の男は立ち上がり、エバンを壁に磔にした。




