4-7 心のつかえ
盛況のうちにフィナーレを迎えた後夜祭。
明日からは冬休みとなり、朝から帰省するため、
会場を後にした生徒たちは、余韻に浸っている。
ルシエルたちは噴水広場に集まっていた。
ルシエルとエバンは、眼鏡を外したノエルの姿に驚きを隠せなかった。
エバンはノエルの肩を何度も叩きながら、
「いやー、本当にびっくりしたよ。メルバと踊っていた時、別の科の先輩かと思ったもん。なあ、ルーシー?」
「うん。まさか君だったなんてね。メルバと踊っていたことにも驚いたけど」
ノエルは俯いている。
目の前にいるルシエルに対して嫌悪感は──不思議と、もうない。
しかし、どう接していいのかが分からない。
夜風が少し冷えてきた頃、後夜祭の後片付けを終えたメルバがこちらに向かってきた。
しかし、そこにあったのは、いつものくだけた表情ではなく、張り詰めた顔だった。
「ねえ、ハンナ。ちょっといい?」
メルバ・ベルローズがハンナの腕を取る。
顔をほころばせていたハンナはメルバの顔色を見て口を結んだ。
「うん」
二人は礼拝堂の影に移動し、向かい合う。
シャーロットはその動向を横目で追っていた。
「あのさ、ハンナ。私たち親友よね?」
「う、うん……」
「私に、何か隠してない?」
メルバの目つきは鋭く、ハンナをじっと見据えている。
ハンナは肩をすくめ、ドレスを強く握る。
「えっと、その……」
「いつからだったの?」
「……」
「私、あなたに話したわよね? ルシエルの事」
ハンナは肩を震わせながら小さく頷く。
「もしかして、私に気を遣っているつもり? それとも、陰でからかっていたの?」
「そんな、からかってなんかいないよ。ただ……」
「ただ?」
「ただ、メルバがルシエルと話すところは、あまり見ないようにしてた……」
「やっぱり、私に遠慮していたんじゃない」
「ごめん」
「私はこう見えて本気だったの。ルシエルの事。
ハンナは控えめで、お人好しで、自分の魅力にも気づいていなくて。
いつも誰かの後ろにいて、自分の意見もはっきり言えない。
ああ、もどかしいって思うこともあるわよ。けど、それがハンナなのも知ってる。
私は、あなたのことをずっと友達でいたいって思ってるの。大人になっても、ハンナとシャルと三人でいろんな話をしたいし、いろんな事もやりたい。
けど、今のままではそれは出来ない。──だから、あなたの口から聞きたいの」
いつもの明るい雰囲気のメルバは、そこにはいない。
ハンナはメルバの目を見た。決して逸らさずに、そして、ゆっくりと口を開いた。
「わたし、ルシエルのこと、好き」
沈黙が二人を包み込んだ。
ハンナが小さく喉を鳴らした瞬間、目の前が真っ暗になった。
「えらい! よく言ったハンナ。あー……これで私も、吹っ切れたわ」
メルバはハンナを胸に思いきり抱き寄せていた。
「ちょ、ちょっと。苦しいよ、メルバ」
メルバの背中を叩きながら、顔を左右に揺らすハンナ。
「あなたが、それでも黙っているのなら、友達も続けられないかもって思ったけど、正直に話してくれて嬉しいわ。
これからは、ハンナの事を応援するって決めたっ」
「──メルバ?」
「だってえ、ハンナに向けるルシエルのあんな顔を見たら、ねえ。そりゃ無理だって思うわよ。
だから、私は綺麗さっぱり忘れるの。ハンナはちゃんとしなさいよ? いい?」
「う、うん……」
「え? 聞こえないんですけど?」
「はい!」
二人は手を取り合い、そして、もう一度抱き合った。
その光景を見ていたシャーロットは、堪えきれずに二人の元へ走り出し、そして思いっきり飛びついた。
メルバはもう少しノエルと話がしたいと、二人で広場のベンチへと移動した。
ルシエル達は寮へと向かい、そしてハンナ、シャーロットと別れた。
エバンと二人で夜道を歩く。
「なぁ、ルーシー。よかったのか?」
「何が?」
「何がって……。このまま冬休みに入って、みんな帰省しちゃうだろ?」
「……なぁ、エバン、さっきから何が言いたいんだよ。なんかおかしいぞ?」
「おかしいのはルーシーの方だろ? もっと素直になれよ。あぁ、もうじれったいな。早く追いかけろよ。ハンナのこと! しばらく会えなくなるんだぞ」
ルシエルの背筋が震えた。
エバンの口から出るとは思わなかった言葉に、胸の奥を強く掴まれたような感覚がした。
「な、何を言ってるんだ……よ……」
ルシエルの瞳に映ったエバンは、前に一度だけ見たことがある顔だった。
それは、竜に向かって全てをぶつけた時と同じ、真剣な眼差し。
「なぁ、今行かなければ、絶対に後悔するぞ? それとも、お前の想いってそんなもんなのか? 男だろ。 ルシエル」
思い切り頬を叩かれたような感じがした。
そして同時に、腹の奥から湧き立つ何かを自覚した。
「エバン」
エバンは何も言わずに、頬を持ち上げ、手をひらひらとさせている。
ルシエルはコクリと頷き、踵を返し、走り出した。
* * * * *
「なんか、メルバらしいわね。『私はもう少し残る』なんてさ。けど、なんか安心した。
私ね、前からハンナとルシエルくんって似ているなって思っていたの。メルバには悪いんだけど」
「シャル」
「けど、ルシエルくんも奥手だからなぁ。だから、ハンナの方からどんどんアプローチかけていけば?」
「ちょっと、シャルぅ、やめてよー」
「だってそうじゃない。後夜祭だって、ハンナから誘ったんでしょ?
それに、踊っている時の二人の雰囲気、最高に良かったわよ? 大丈夫よ。私が保証する。ルシエルくんは絶対にハンナのこと好きだから」
ハンナは俯き、指をこねている。
「冬休みに会う約束はしなかったの?」
「うん」
「えー! なんでよ、もう。せっかくのチャンスなのに。ほんと、なんなのよ二人とも」
シャーロットは両手で顔を覆い、肩を落とした。
ひとつ大きく息を吐き、腕を組む。
「まだ寮には戻ってないだろうから、行ってきなさいよ。朗読会、一緒に行きたいんでしょ?」
「でも……」
「ほら、早く」
その時、背後から駆け足の音が聞こえてきた。




