4-5 ワルツに合わせて
ハンナはすぐには手を取れなかった。
差し出されたその手が、本当に自分に向けられているものなのか──
一瞬、信じられなかった。
胸の奥で、なにかがほどけていく。
「……うん」
小さく頷き、
震える手をそっと重ねた。
ルシエルはそっとハンナの腰に手を当てた。
手から鼓動が伝わってしまいそうだ。
会場の灯りが、ゆっくりと揺れていた。
ぎこちないステップも少しずつなめらかになり、周りを見る余裕も出てきた。
教師たちの伴奏に合わせ、足を運ぶ。
「──実は、踊りってあまり得意じゃないんだ」
「うん。わたしも」
ワルツに合わせたリズムが身体を駆け巡る。
ルシエルは、耳元で鳴る音を――初めて心地よいと感じた。
まるで音楽に合わせているみたいに。
もしかしたら、ものすごくぎこちない動きなのかもしれない。
足の運びもばらばらかもしれない。
けど、今、この時間はやさしさとあたたかさを感じ、とても心地よい。
だからもうしばらくこのままでいたい。
ルシエルは自身から聞こえる鈴の音に、包まれているような感覚を覚えた。
ハンナがターンをするたびに、ほんのり漂う柑橘系の香りがルシエルをより陶酔させた。
──今まで、ハンナとはよく話していた。
彼女とは、普段から緊張せずに話せて楽しい。
たまに会う図書館でのたわいもない会話や、『ベルティア祭』でのこと。
ルシエルは少し仲の良いクラスメイトだと思っていた。
しかし、後夜祭に一緒に行こうと誘われてから、意識するようになった。
誘われたのは素直に嬉しい。
けど、どうして僕だったんだろう?
僕なら誘いやすそうだったから?
ルシエルの中で様々な疑問が交錯していた。
ハンナの事は嫌いじゃないし、いいか、と思っていた。
──ハンナのドレス姿を見るまでは。
そこには今まで見たことのないハンナがいた。
ふんわりとしたポニーテールが揺れ、うなじが見えたとき、正直ドキッとした。
胸元が大胆に開いたドレス姿を見て、思わず視線の置き場に困ってしまった。
それに、シャーロットが言っていた、「誰かに見せるためにこっそり夜中に縫っていた」という言葉。
その誰かって……、もしかして、僕のこと?
そう思ったら急に鼓動が早くなり、耳の後ろで脈打つようになった。
「そういえば、このドレスってハンナが作ったの?」
「うん。シャルに貰ったドレスを少し形を変えてみたんだ」
「ハンナはすごいね。すごく上手だし、それに、その、──とっても似合ってると思う。あ、いや、とっても似合ってるよ」
「ありがとう。──実はね、ルシエルに……、ううん。なんでもない」
「え? 何? そこまで話して止めちゃうの? 気になるんだけど」
「何でもないの。今のは忘れて」
ハンナは顔を赤らめ、やや俯いている。
その時、ハンナの後れ毛がルシエルの顔に触れ、ハッとした。
──ハンナの顔をこんな間近で見たことなんてなかった。
ルシエルの鼓動が再び強く打つ。
思わず握っていた手に力が入った。
応えるように、ハンナの手も、そっと力を返してくる。
先程までぎこちなかった二人のステップは、
いつの間にか、水面をなぞるようなやさしさを持ち始めていた。
──「よかったら、私たちもどう?」
シャーロットは二人の踊りに口を開けて無言で見ているエバンに手を差し出した。
ハッと我に返ったエバンは慌ててその手を取った。
「あのふたり、いい感じじゃないか」
「でしょ? 私はお似合いだと思うの」
──シャーロットは先程のルシエルの行動を思い出した。
まさか、積極的に彼から誘うとは思っていなかった。
なんなら、二人が踊るように仕向けるつもりだったのだが、
それも杞憂となり、今は安心して二人を見ていられる。
シャーロットにとって、ハンナは友達以上に大切な存在だ。
そのハンナが好意を寄せている相手がいると分かった時、嬉しい反面、寂しさもあった。
けれども、その相手がルシエルだったと知った時、──寂しさは消えた。
そして、二人をそっと見守りたい。そう思った。
「ルーシーもハンナも、あんな顔しているの見たことないや。
あの二人、もともと仲よかったけど、そうかあ。うん。いいね。
シャル、──実はさ、これ、誰にも言ってないし、ルーシーも知らないんだけど、
竜害に遭ってルーシーが意識を失ったあと、病室でハンナはずっとあいつの手を握っていたんだ。
早く意識が戻りますようにって」
「そうだったのね。ハンナらしいわ。自分のせいでルシエル君が大変な目に遭ったって、
あの時、とても心配していたの。
だから、あの二人を応援したくなっちゃうのよね。
それはそうと、エバンくん、──もしかして踊り慣れてる?」
エバンはルシエル達を見ながらも、シャーロットをやさしくリードしている。
シャーロットが次の動作に入ろうとすると、そちらの方へと自然に身体が動いていた。
「実は、小さい頃、姉ちゃんに鍛えられてさ。初めは全然うまく踊れなかったんだけどね」
「ちょっと、意外ね。すごく上手よ。驚いちゃった」
「へへへ。なんか照れるなぁ」
シャーロットはエバンのことを少し誤解していたのかもしれない。
そう思いながら、しばらく、彼に身を任せていた。




