4-3 小悪魔ふたり
エバンはぼんやりと目の前に並んでいる料理を眺めている。
あの時の声が、ふと蘇る。
──「お願いだからやめてください。エバンはエバンらしくあればそれでいいじゃないですか」
「うるさい! お前は黙っていろ」
父の声が響く。
恐怖と絶望から両腕で頭を庇い、目を閉じ震えている。
いたいのやだ、こわいのやだ、もうやめて──
「あー、やっぱりエバンじゃないか。相変わらず食い意地が張ってるなー。ハッハッハッ」
――その声で、エバンは我に返った。
「わっ、フロールさん。これすっげぇ美味そうっスね……」
ざらつく思いを消し、頬を持ち上げた。
──(嫌なこと思い出しちゃったな……)
「そうだろ?俺の地元でしか入手できない貴重な肉だからな。素材も腕も一級品だからな」
ガハハと笑うシェフは、その肉をエバンの皿に豪快に盛った。
「凄いわね、エバン。さっきあれだけ食べたのにまだ入るなんて」
グラスを持ったシャーロットが目を丸くしながら隣にやってきた。
彼女の持つグラスからはペールピンクのきめ細かな泡が光輝いている。
「あれ、シャルも肉取りに来たの?」
「……私はもうお腹いっぱいだから……、飲み物だけ取りに」
「おい! エバン。もうそんなべっぴんさんに手ぇ出したんかぁ? お前もなかなか隅におけんなー」
「そ、そんなんじゃないよフロールさん! やめてよ。なんかオイラ、
遊び人みたいに聞こえるじゃないっスか。これでも一応真面目なんスからね」
困りながら頭をかき、エバンはちらりとシャーロットの方を見た。
彼女は聞こえないふりをして、目を細めながらグラスを口元に運んでいる。
「そういえば、シャルっていつも小さなポシェットを身に付けてるよね?」
「ああ。これのこと? これは、私のお守りみたいなものよ」
「お守り?」
「ええ。私、魔術が使えないから。何か魔導具を持っていないと不安なの」
「シャルはいいよなぁ。自分で何でも作れちゃうんでしょ? 羨ましいよ。ね? 姿が消える薬とかって作れる?」
「ちょっと、何考えてるの? 鼻の下が伸びてるわよ?」
シャーロットは嫌なものでも見るような目をしてエバンから半歩離れた。
エバンはけたけたと笑いながら肉を頬張っている。
飲み物を口に運んだ時、シャーロットは気づいた。
自分が無意識にポシェットを握りしめていることに。
「ねえ、そういえばエバンくんのお姉さん、その後変わりない?」
「ん? その後?」
「ほら、みんなでお茶を飲んでた時、お姉さんのネックレスが取られちゃったじゃない?」
「──ああ、元気だよ。姉ちゃん、昔から身体が弱くてさ。母さんが魔法薬師に頼んで作ってもらったんだよ。だから、あれを身に着けていれば大丈夫」
「そうだったのね。ならよかったわ」
「ルーシーたち、もう食べないのかなぁ。早くしないと料理がなくなっちゃうのに。よしっ、オイラが教えてやろう」
「待って、もう少しお話ししましょ」
「だって料理がなくなっちゃ……んぐっ」
腕を引かれたエバンは料理の皿を落としそうになり、慌ててバランスを取った。
引かれた理由が分からずシャーロットを見たら、彼女は向こう側の二人を見ていた。
そこには、今まで見たことのない表情のルシエルとハンナ。
エバンは口の中の肉を慌てて飲み込んだ。
──ゴホッ、ゴホッ。
「ちょっと、大丈夫? 詰め込みすぎよ」
「ルーシーってさ、のんびりしてるけど、結構芯が強くて、いいやつなんだ。あ、これあいつには内緒ね」
そう話すエバンの横顔はどことなく誇らしげだった。
「ただ、あいつ、女の子がたくさんいると緊張するみたいで、気配を消しちゃうんだ。
けど、クラスではなんかハンナと仲が良くてさ、ハンナが困ってるといつもルシエルが助けてるんだ。あの二人いいコンビなんだよ」
──(いいコンビって、ちょっと違う気がする…… けど、エバン君って意外とそういうところも見ているのね)
「ねえ、エバン君。ちょっといい?」
シャーロットはエバンの耳元に顔を近づけた。
「えーーーーー!! そ、そうだったのーーーー? そう言うことなら任せてよ! オイラが二人の仲を急接近させちゃう」
シャーロットはエバンに打ち明けてしまったことを早速後悔した。
彼はどこまでが天然なのか、シャーロットには分からない。
とにかく、ここはゆっくり温かく見守りましょうと興奮気味のエバンを説得し、今まで通り接することにした。
「そう言われてみると、あの二人いい感じだな。このまま二人にさせておいてもいいんじゃないの?」
ニタニタと笑うエバンにつられてシャーロットもハイテーブルに肘を置き、頬杖をつく。
「本当ね」
まるで母親が我が子を見るような温かな目で二人を眺めていたとき、向こうの二人と目が合った。
──そして、ルシエルとハンナを見ている者がいることに誰も気づいていない。




