4-1 始まりの夜
クラス対抗戦の余韻を残したまま、生徒たちはそれぞれ寮へ戻り、「後夜祭」の準備を始めていた。
ハンナ・クレイリッジは、幼馴染のシャーロット・リンデルから貰ったドレスを手に取った。
この日のために毎晩少しずつリメイクしたもの。
紺色のワンピースは大胆なオフショルダーへと変わり、切り取った生地はバラのモチーフのコサージュとなり胸元に飾られた。
* * * * *
──クラス対抗戦、表彰式でルシエルたちが特別賞を授与し、みんなからの祝福と賞賛の嵐。
クラスメイトに揉みくちゃにされながらも、ハンナはそっと抜け出し、ルシエルが一人になる瞬間を待っていた。
──(今しかない)
そう自分に言い聞かせ、足を踏み出した。
「──ルシエル……よ、よ、よかったら、今夜の、こ、後夜祭…… 一緒に、行こう……」
極度の緊張で、かなりつっかえた。
しかし、今日だけは勇気を出して。
ハンナはセーターの裾を握りしめながら、──何とか言えた。
* * * * *
はやる気持ちが彼女の目尻を下げる。
自分で見てもちょっと恥ずかしいくらいに、ふにゃりとした顔だ。
ハンナは自信作のドレスにそっと腕を通し、
幼馴染のシャーロット・リンデルの部屋へと足早に向かった。
シャーロットは幼い頃から面倒見が良い。
同い年だが、ハンナのことをいつも気にかけている。
そんな彼女がヘアメイクをしてくれるのだ。
「うそでしょ? それ、私があげたドレスよね?」
シャーロットの目に映るハンナはいつもより大人びていた。
ハンナは「へへっ」とはにかむ。
シャーロットは、彼女のはにかむ理由を知っている。
だから今夜はとびきり可愛く仕立ててあげようと部屋へ招いたのだった。
彼女を椅子に座らせ、おさげを櫛で丁寧にほどく。
その髪からは柑橘系の香りがし、シャーロットの口元は綻んだ。
いつも緩めのおさげにしているハンナだが、
シャーロットはサイドから後ろにかけてしっかりと編み込み、
後ろでふんわりとゆれるポニーテールにした。
そして、仕上げに髪に小花を散らす。
──可憐だ。
そしてさらに、ここでもうひと押し。
唇にはほんのりグロスを、頬には薄紅色のチークを施し完成。
いつも控えめでおとなしい彼女がひと際輝いて見える。
「うん、我ながら完璧ね」
鏡台に映る自分を見たハンナは驚きと喜びで溢れ、
普段は自信なさそうにしているハンナが今はとても凛とした表情をしている。
「これなら大丈夫ね」
シャーロットはふんすと鼻をならしハンナの肩をぽんと叩いた。
普段は厳粛な雰囲気に包まれている礼拝堂も、
今夜だけは特別に煌びやかに装飾が施されている。
これらはすべて、後夜祭委員の生徒たちによって準備・設営されたものだ。
いつも一緒のメルバ・ベルローズは委員会のため、すでに奔走している。
──「あーもう、委員会なんて入らなければよかったわよぉ。
そしたら私も一緒にいれたのにぃ。ねぇ? ルシエルぅ?」 ──と、最後まで駄々をこねていたメルバ。
生徒主体のイベントのため、教師陣はあくまで裏方に回っている。
ルシエルは去年の後夜祭は、クラス対抗戦で負傷してしまい参加できなかったので今回が初めて。
そして今年から学園に編入してきたエバンも初めて。
だから後夜祭の雰囲気を二人は知らない。
「オイラ、窮屈な服って苦手なんだよなあ。制服のネクタイだって、しなくていいのならしないんだけどさ」
革服でも着ているかのようにぎこちなく身体を動かすエバン。
まるでゼンマイ仕掛けのロボットのようだ。
「仕方ないだろ。今日はドレスコードがあるんだから。少しは我慢しなよ」
そういうルシエルも、さっきから首元に指を入れ眉間に皺が寄っている。
準備が整った生徒たちは、広場で開場を心待ちにしていた。
ルシエルとエバンも同様に。
程なくして、近くにいた男子達がざわめきだした。
その喧噪の向こうからやってきたのは大人びた姿のハンナだ。
隣には全身黒でまとめ、自慢の黒髪を月明かりに輝かせたシャーロット。
その洗練された姿は両者ともに男子の注目の的となっている。
そんな中、エバンは「おーい、こっちこっち!」と、二人の変化など気にする様子もなく手を振り、注目を集める。
「お待たせ」とシャーロットが二人に歩み寄り、
その後ろでは、ハンナは気恥ずかしそうにハンカチを両手でいじっている。
「ふたりとも綺麗なドレスだな。別人みたいだ。なぁルーシー?」
気にもしないが、そういうことは気取らずに言えるエバン。
「──う、うん」
「ハンナったら、誰かさんに見せるためにこっそり夜中に縫ってたんですって」
「ちょ、ちょっとシャルぅ!」
「いいじゃない、本当のことなんだし」
ハンナの顔は朱に染まり、シャーロットのドレスの背中部分を引っ張った。
「え? 誰に見せるの? っていうかさ、ルーシー。なんかさっきから変だぞ?」
ルシエルの目は泳ぎ、落ち着かない様子で前髪をいじっていた。
──(これはなかなか面白いことになりそうね)
シャーロットは頬を持ち上げ交互に二人を見る。
礼拝堂の扉が開き、生徒たちは一斉に入場した。
いつもと違う雰囲気の礼拝堂に歓声が会場を揺らす。
徐々に熱気が上がってきた頃、灯りが落ちた。
そして、祭壇に立つ委員の男女が白く照らされた。
男子の隣りにいるのは真っ赤なドレスに身を包んだメルバ・ベルローズ。
「あー、えーっと、皆さーん、今日はお疲れ様でしたー。
これから後夜祭を始めますが、えっと、その前に、教頭先生からご挨拶があります」
普段は生徒に目を光らせているフィレンスト教頭も今は心なしか表情は柔らかだ。
「みなさん、今日はよく頑張りました。
対抗戦によって得たものや学んだことは、多数あったかと思います。
それらはあなたたちの糧となり、いずれ役に立つ日が訪れることでしょう。
そもそも、対抗戦の目的は、創造性、独創性、対応力や発想力を養うものであって、
決して優劣をつけるものではなく……、
そうそう、わたくしがあなたたちと同じ年の頃はまだ対抗戦という名称ではなかったのです。
そして、目的もまた──」
──もう生徒たちは聞いていない。
「教頭、今宵はそのくらいにして宴をはじめましょう」
背後からそっと開始を促すハイラード校長に、
少々話したりない様子のフィレンスト教頭は名残惜しそうに後方へ下がった。
「それでは、みなさーん。後夜祭、大いに楽しみましょぅ」
メルバの大きな声に、生徒たちの歓声が会場内の温度を一気に押し上げた。
教師たちも学生のような顔をして手を叩いている。
こうして長い夜が始まった。




