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「災難だったね」

 

 ホウはお茶を啜り、湯呑みを置いてからそう言った。

 普段はリーメイがお茶を出すのだが、今回はホウが淹れてくれた。リーメイの分まで用意してくれたので、リーメイはお礼を言って、ちびちびとお茶を飲んでいた。

 

「あの人、何なんですか?」

 

 落ち着いてきたおかげで、やっと声が上ずらずに出せた。

 あたたかいものを飲むと多少は落ち着く気がする。

 

「あれがチャンフェイの夫……ヒェンだ。君が感じたとおり、厄介な男だよ」

 

「チャンフェイさんはあんなに良い人なのに?」

 

 明るくてさっぱりしていて、うじうじしているときは引っ張っていってくれるような人が、あんな奴の奥さんだなんて信じられない。

 性格が真逆だ。捻くれていて陰湿で人のことを小馬鹿にしてくる奴とは大違いだ。

 

「……あれくらいじゃないと、奴の伴侶は務まらない、とも言えるかもしれないね」

 

「……チャンフェイさん、あんな人のどこが好きなんだろう。人の好きな人を否定するの、嫌ですけど……」

 

 チャンフェイはヒェンのことを話すとき、ちょっと照れくさげだが幸せそうに話していた。

 あれだけ頭が切れる人が騙されているとも考えにくい。

 

「……奴の目的は、恐らく君の観察と、ヨウへのちょっかいだろうね。

 君と接触があれば、結果がどうあれヨウに話がいくから」

 

「わたしの観察?チャンフェイさんと仲が良いからですか?」

 

「その可能性が高い。奴は妻を家に閉じ込めておくような、束縛の強い男だからね。そうなれば、交友関係も全て知っていないと気がすまない」

 

「……閉じ込めておくって……脱走されてるじゃないですか」

 

 リーメイが素直に言うと、ホウは愉快そうに笑みを浮かべた。

 

「そうだとも。チャンフェイはうまいこと見張りの隙をついたり賄賂を渡したりして脱走しているのさ。ヒェンがいくら対策を講じても隙を見つけて脱走するらしいからね。

 奴が脱走の連絡を聞いたときの顔、見ものだよ。奴はね、自分の予想を大きく上回るような事態が起きると、ちょっと眉をひそめるんだ。自分が思い通りになると思っていたことがうまくいかないと、そうなるみたいだねぇ。

 ヨウと話しているときもよくやる。私はそれが見られる度にこころの中でヨウを褒め称えているんだよ」

 

 リーメイはハッと思い出した。自分の前でもそれをやっていたことがあった。

 あれはそういう顔だったのか。そう思うと、少し勝ち誇ったような気持ちがわいてくる。

 

「チャンフェイは恐らく、それが面白いのだろうね。ずる賢いやつの意表を突けるのが楽しいのさ。」

 

 ホウはリーメイの方を伺うように見てから、表情を和らげた。

 気づくと、潤んでいた目は元に戻って、声の調子もいつも通りだ。

 

「ヨウには私の方から詳しい話をしておくよ。だからリーメイ、君は……ヨウが帰ってきたら、元気づけてやっておくれ。

 察しの通り、ヨウは君のことが心配でたまらないからね。恐らく雨が振るぞ。」

 

 ホウはごちそうさま、と言ってから空になった湯呑を置いた。

 

「……ありがとうございます、ホウ様。お忙しいのに、慰めてくれて……」

 

 リーメイが頭を下げると、ホウはにこりと微笑んでみせた。


「旧友のためだからね、このくらい仕事のうちに入らないさ」


 ヨウと同じ、素直でない言い方だ。しかし、なんて言いたいのかはすぐに分かる。

 だから、リーメイもにこりと笑って、頷いた。

 

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