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素直

 日が傾き、部屋に茜色が差してくる。リーメイはそわそわしながら夕飯の支度をし、じっと耳を澄ませていた。

 砂利を踏む音が聞こえないか、戸を開ける音がしないか、気持ちが逸る。手元に気をつけなければならないのは勿論分かっているが、どうしようもなく気になった。

 隣村に恋人がいた友達がいたが、手紙の返事を待っているとき、たびたび村の門のあたりをじっと眺めていた。

 こういう気持ちだったのかもしれない。恋人が手紙を持ってくる姿が見えないか、ずっと気になっていたのだろう。

 

 リーメイは自分の両頬をぴし、と叩く。こんな調子ではいけない。きっと、何もかも整理できず、言いたいことも言えないまま、よく分からないことを口走ってしまう。

 深呼吸をすれば良くなるだろうか。この気持ちの前では、どんな行動も効き目がない。唯一効き目があるのは、ヨウが帰ってきてくれることだけだ。

 

 砂利を踏む音が微かに聞こえた。

 リーメイはハッと顔を上げ、包丁を置いて玄関の方へ駆ける。

 音が近づいてくるのを聞きながら、リーメイは頭の中を整理しようとした。だが、浮かんできた言葉を並べては捨てられず、ただただ溢れていく。整理するつもりがぐちゃぐちゃになっただけで、リーメイは目をぎゅっと瞑って、唇を噛んだ。

 

 戸が開く音がする。

 リーメイが目を開けると、いつもの様子のヨウがいた。


「ただいま……」

 

「おかえりなさ――」

 

 リーメイもいつものように出迎えようとしたが、足が自分の足につっかかって体勢を崩す。

 思わず『あ……』と言ってしまいそうな状況に、リーメイは血の気が引いていくのを感じた。このままだとヨウにぶつかってしまう。

 しかし、ヨウは難なくリーメイを抱きとめる。あまりにふんわりと抱きとめられ、身体のどこにも負荷がかからなかったので、リーメイは目をぱちくりとさせた。

 ヨウはそのままリーメイの身体を起こす。

 

「怪我は?」

 

 ヨウがリーメイの足のあたりを心配そうに見つめる。

 足を捻ったわけではない。勿論擦りむいてできた傷もない。

 リーメイは申し訳なさで顔を手で覆う。顔が熱いんだか、冷たいんだか、よく分からない。

 

「うああ!ごめんなさい!わたしの不注意でこんなことに……!」

 

「君に怪我がなければそれでいいよ。足は?捻ったりしてないかい?」

 

「大丈夫です!どこも痛くないです!」

 

「それなら良かった。最近眠りが浅そうだから、疲れているのかもしれない。今日は自分の部屋で一人、落ち着いて眠っても――」

 

「それは嫌です!一緒に寝ます!」

 

 リーメイは咄嗟にヨウの提案を断った。

 眠りが浅いのは手紙に何を書こうかあれこれ悩んでいたからである。今は解決済みだ。

 それに、ヨウの部屋なら安心なので、一人で寝るよりずっと落ち着いて眠ることができる。

 ヨウはリーメイが起きる音でも目を覚ます。かなり静かに布団から出て、抜き足差し足で歩いているのだが、目を覚まさなかった日は一日もない。

 

「……まあ、安全であることは保証するから、そういう点では……」

 

 ヨウは視線を落とし、尻尾を微かに動かす。

 

「腕枕好きです!あとたまに腹枕してます!すいません!」

 

「たまにお腹で寝てるのは知ってるけど……」

 

「やっぱり気づいてたんですね……」

 

「あれ、お腹の音とか聞こえると思うけれど、寝づらくないのかい……?」

 

「お腹からぎゅるぎゅる〜って音してるの何か面白くないですか?」

 

「生きてる、とは思うかもしれないね」

 

 ヨウは微笑みを浮かべてリーメイの方を見た。いつも通りの表情だ。リーメイはほっとして口元をほころばせる。

 しかし、ほっとできないことを思い出して、リーメイはハッとした。

 そうだ、手紙の返事のことを言わねばならない。この流れで言うことではないかもしれないが、言えないままなのはもっとだめだ。

 ヨウもリーメイの表情の変化に気づいたようで、リーメイが言い出すのを待っている様子だ。今しかない。リーメイは気合いを入れて声をかけた。

 

「あのっ、ヨウさまがくれたお返事なんですけど、読みました!

 すごく、丁寧で……読んでるとあたたかくて……本当に、時間をかけて、じっくり書いてくれたんだな、と……」

 

 言葉はしりつぼみになっていく。伝えたいことのほんのちょっと程しか言えていないのに、言葉は切れて、頭が真っ白になる。

 

「……ふふ、良かった。今まで書いてきた手紙のなかで一番丁寧に書いたんだ。伝わって良かった」

 

 ヨウがやわらかな笑みを浮かべる。尻尾の先がちょん、と上を向いていた。

 

「い、一番丁寧に書いた!?わたしのために……?」

 

 ヨウはホウにも手紙を書いたことがあるだろうに、その中でも一番丁寧だなんて。リーメイは開いた口を手で覆った。

 

「ホウに見せてみるかい?」

 

 ヨウが少しからかうように言う。

 

「だめです!これはわたしのですし、手紙って他人に見られると恥ずかしいですし!」

 

 リーメイが腕を交差させ、バツ印を作るようにすると、ヨウはくすくすと声を出して笑った。

 

「ふふ、君はどちらも本音だから面白いね。変に探らなくてもいいと思ってしまう」

 

 ヨウは口を隠していた袖を下ろす。

 

「本音は隠して、含みを持たせて言い合う環境に慣れているせいか、いつも遠回しに言ったり、含みを持たせて相手の出方を見たりするのが染み付いているんだ。

 だけども、君はずっと素直だから、僕も肩の力を抜くことができるよ」

 

 ヨウは自室に向かって歩き出す。そして、すれ違いざまそっと呟いた。

 

「一緒に過ごしていると、似てくるというのは本当らしいね」

 

 リーメイはぱっと振り向いて、自室に向かっていくヨウの背中を見た。

 歩いていても背筋がぴんと伸びた、凛とした姿勢だ。だけども、少し穏やかで……まるで輪郭がやわらかくなったように見える。

 リーメイは先程の呟きを頭の中で繰り返しながら、暫くぼうっとしていた。

 最近顔が熱くなることが多い。そっと頬を両手で包めば、ほんのりとあたたかかった。

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