返事
ある朝のことだった。もうすぐヨウが職場へ向かうころなので、リーメイは一旦家事をきりの良いところで終わらせて、玄関へと向かう。
ちょうど、ヨウは支度を終えたところらしい。後はリーメイが送り出すだけだ。
「リーメイ、手を出してごらん」
ヨウが少し伏し目がちに言うので、リーメイは首を傾げながら両手を差し出した。
すると、手のひらの上に丁寧に包まれた手紙が乗せられた。
「……返事を書くのが遅くなって申し訳ない。それに、結構長くなったと思う。……ゆっくり、読んでほしい」
ヨウは言い終わると、行ってきますの挨拶をして家を出た。
リーメイは暫く固まっていた。
まさか今日来るとは思っていなかったそれが、自分の手に乗せられている。
丁寧で綺麗な字でリーメイの名前が書いてある包みを急ぎながらも貴重品を扱うように開き、中から手紙を取り出す。
きっちりと折られた紙は長く、自分が書いた手紙の倍はある。さっと目を通せば、リーメイが読める字で、理解できるやさしい言い回しで書かれていることがすぐに分かった。
リーメイは顔が熱くなるのを感じて、どこか落ち着いて座れる場所を探した。
居間の適当な場所に座り、手紙に目を通すと、いつもより早く文章が頭のなかに入ってきて、驚くほど早く読めた。
しかし、内容がきちんと入ってこない。チャンフェイが言っていたことは本当だったのだ。本当に最初は内容が入ってこない。あまりにも嬉しすぎて、先が知りたすぎて、読むことを優先してしまう。
碌に内容を理解できていないはずなのに、顔の熱さは増して、口角がどうしようもなく上がる。
リーメイは一度深呼吸をして、もう一度手紙の最初の部分へ視線を移した。
返事を貰ったのだ、碌に理解できないままなのは嫌だ。
手紙を最初から読んでいくと、丁寧でしっかりとしながらも優しい文章が頭に入ってくる。内容は、こうだ。
『――この前は、手紙をありがとう。君らしい、まっすぐで明るい手紙だった。眩しいくらいに、すてきなものをありがとう。
君がここでおだやかに暮らせていると聞いて、嬉しく思う。僕は見てのとおり、ふつうの人間とは違った見た目をしているから、色々と迷わくをかけていると思っていたけれど、君のいつもの調子や、もらった手紙を見ると、本当にあまり気にしていないのだな、と感じる。
とはいえ、角はとがっている部分は危ないし、しっぽも当たると危ないから、少し君からはなれて過ごさないといけないときもある。決して嫌っているわけではないから、なるべく気にしないでもらえると助かる。
君がとても楽しいと言っていた庭での散歩だけれど、そろそろあの木のそばに花が咲く季節になる。
君は季節のうつろいにあわせて咲く花にさといから、きっと気づいて僕に教えてくれると思うけれど、次に咲く花のことも、一番に僕に教えてほしい。そうしたら、君にその花の名前を教えよう。
そして、君が楽しいと言っていた本のことだけれど、今度新しい本を買おうと思う。前にどこかで読んだことがあるものを選ぶから、君の好みにあうものだと思う。しかし、君にはまだむずかしい字があるかもしれないから、そのときは僕に読ませてほしい。
君は覚えるのがはやいから、もしかしたら読めない字はないかもしれないけれど、一回は僕に読ませてほしい。君が耳をかたむけてくれている時間は、君が思うよりここちのよい時間だから。
最近友達もできたようで、君が健やかに過ごせていることを幸せに思う。僕も邪気がたまりにくくなった。君と過ごすようになってからだ。
時々、君の力を借りることになると思うけれど、決して無理はさせない。これからもそばにいてくれたら、これ以上幸せなことはないだろう。』
リーメイは三回ほど読み直した。何だか胸のなかで何かが灯っているみたいにあたたかい。
一度手紙を閉じて、再び深呼吸をした。しかし、胸の高鳴りも熱さもひいてはいかない。
ちらり、と最初の方を見る。こんなに丁寧な字を書くのにどれくらい時間がかかっただろう。ヨウが筆をとったその背中を眺めているだけだったが、その時間、どれだけ彼は真剣だっただろう。
しかも、いつもより気持ちがまっすぐに書いてある。ヨウはちょっと遠回しに伝えがちなのだが――しかし、表情や尻尾の動き、声色で何となく何が言いたいかは分かる――こうもまっすぐに書かれると、心臓の音がうるさくなってくる。
自分も普段は照れて言えないことを書いた覚えがあるので、彼もそうだったのだろうが、ここまでとは思わなかった。
リーメイは再び手紙を開いて、もう一度最初から読む。
言葉の選び方や易しい文字の使い方を見ると、もしかしたら何度か書き直したのかもしれない、と思えてきた。普段は遠回しな言い方だから、つい遠回しに書いてしまって筆を止めたことだってあったかもしれない。
それでも、こんなに丁寧な字で書いてある。そう思うと、とても大きくてあたたかな想いを全身に浴びたような、なんともいえぬぬくもりを感じた。
ふと、窓に目を向ける。
穏やかな日差しが部屋の中へ注ぎ、日常を明るく照らしている。
ここでその日差しのように笑えるのは、ヨウが傍にいるからだ。この手紙を読んで、改めてそう思った。
リーメイは手紙を包みなおし、懐に入れると、速歩で自室に向かっていった。
ヨウから貰った綺麗な箱があるはずだ。そこに入れて大切に保管しておこう。




