決勝で会おう
「本当に遠慮はいらねえみたいで安心したぜ!」
リタの腕の周りを渦巻いていた風が大きくうねる。
「……えっ、ちょっとまだ私が……ッ!?」
巻き込まれるかと思ったところで、シンに腹を蹴り飛ばされた。ざざっと地面を転がってから起き上がると同時。即座に跳躍魔法を発動。直後、先程までいたところに光線が突き刺さる。油断も隙もない。
私が体勢を立て直したときには、シンはリタの風魔法の前に無数のカードを展開して巨大な防壁を張っていた。リタの風魔法に巻き上げられた鉄片が防壁にぶつかってギャリリリリと耳触りな音を響かせる。
カードの大半がリタの攻撃を防ぐのに割かれている今がチャンスだ。
私は再び剣を構えると跳躍魔法を発動した。今度は胴ではなく足……脛を狙う。刹那の内に間合いに入り、振り抜く剣の軌道上に数枚のカードが割り込んで来た。構わず振り抜くが、硬化魔法を帯びたカードにいくらか勢いを殺されてしまう。
「ッ……チ」
シンが小さく舌打ちして後ろに跳び離れる。
「はっ、逃げるんじゃねえよ!」
鉄片を巻き込んだ風は右手で操りながら、リタが構えた左手で空気砲を放った。私もほとんど同時に3度目の跳躍魔法を発動させる。シンを守るカードは遠い。確実に入る……!
確信しての一撃はしかし、空を切った。
「……えっ」
消えた?
「ッ上だ!」
リタの声に頭上に視線を向けると、シンが何もない宙に浮いていた。
人が空を飛ぶ浮遊魔法? 聞いたことはあるが、それは魔力特性のはずだ。最近になって開発された新しい魔法陣だろうか。
そんな思考が脳裏をよぎった一瞬の後、まだ残っていたカードが私の目の前にふわりと飛び出してきた。
あ、まずい。
そう直感した時には、遅かった。
カードが眩い輝きを放つ。なんてことはない光魔法。しかしこの場においては致命的な目眩し。反射的に目を瞑って、庇うように腕で光を遮る。
シンの目の前で、隙だらけの体勢。絶対に腕輪を奪われたと思った。けれど、予想した衝撃はなく、代わりに凛とした女の子の声が背後から響いた。
「師匠!! 見つけましたよ! 勝負です!」
目を瞬いて、声のした方を振り返る。
そこには、気の強そうな吊り目をした黒髪ツインテールの少女が、大きな斧を構えて仁王立ちしていた。
「……げ。揃いも揃って、鬼ごっこってなんだか知ってるか?」
シンが呆れたように呟く。彼女が師匠と呼んでいるのはシンのことらしい。どういう関係?
「鬼ごっこだろうが、師匠と手合わせできるならなんだって構いません!」
私を挟んで対峙する二人を呆気に取られて見ていると、急に横から腕を引かれた。
「エリィ、今のうちに逃げるぞ」
リタがいつの間にか近くまで来ていた。
「……あっ、うん」
そうだった。鬼ごっこなのだから逃げなければ。
背後に謎の女生徒の気合の入った声を聞きながら、私はリタと共にそそくさとその場を後にした。
適当に離れたところで跳躍魔法を発動させて屋根の上へと移動する。
「エリィ、魔力まだ残ってる?」
「うーん……あんまり」
魔力が減っているのはわかるけれど、残りでどれくらい使えるのかはよくわからない。シンくらい力を使いこなせるようになれば、それもわかるのだろうか。
「そっか。シェラの奴、いいタイミングで乱入してくれたな」
「シェラ……? って、今の子?」
「ああ……エリィは会ったことなかったんだ。さっき別れる前に殿下が言ってたシェルフィリアって奴だよ。本人が名前が長いからシェラって呼んでくれってさ。俺は剣術の授業で一緒なんだ」
「今のが……シェルフィリア」
イメージしていたのと随分と違う。名前の長さからして平民でも裕福な家の子だと思っていた。でも、あんな身の丈の半分ほどの大きさの斧を振り回すお嬢様とは……。
「けど……シン兄ちゃんのことを師匠って言ってたのが気になるな」
「あ、そうだよね! 1年生ならこの学園で知り合ったわけじゃないんだろうし」
「ま、俺たちだって会ったの8年ぶりだし。その間に家庭教師的なのでもやってたのかもな」
「シン兄ちゃん、あんななのに教えるの上手いもんなあ……あ、そういえば最後の魔法! リタ知ってる?」
「え? 最後って……光魔法、じゃないよな。浮いてたやつ?」
「それ! 魔道書を浮かせる浮遊魔法ならともかく、人が飛ぶ魔法なんて聞いたことないんだけど!」
私の言葉にリタは苦笑した。
「いや……あれたぶん、引斥力魔法だと思うぜ。地面に対して垂直に反発魔法使って浮いてたんだと思う」
「引斥力魔法!? 足の裏に魔法陣仕込んで……けど、それでバランス取るとか……それに地面との距離だって……」
「相当器用なことしてるのは間違いねえよ。けど……あんな裏表で柄の違うカード数100枚操作する時点で充分化け物だしな……」
「宮廷魔道士の称号は伊達じゃない、ってことか……」
魔力の量や強さは生まれ持った才能としても、それをこれだけ使いこなすまでにどれだけの努力を重ねたのだろう。
そんなすごい人から教えを受けられた誇らしさと、そんなすごい人になっても変わらないシンへの安堵。同時に、きっとリタもそうなるんだという焦燥。
胸中を渦巻く感情を弄びながら、なんだかたまらない気持ちになった。
「……エリィ。思ったんだけど、こっからは別れた方がいいと思う」
「えっ……、別行動ってこと?」
一瞬よぎってしまった不安を自覚して、唇を噛んだ。
「ああ。思ったより人が減って来てるみたいだし。複数人で行動してると目立つだろ。それに殿下やサフィアと合流するなら手分けして探した方が早い。俺は武道場の方に行く。エリィは校舎の方。どっちかが会ったら、相手の行った方向を伝える、ってのはどうだ?」
「私はいいけど。私が先に会ったらサフィアが一人になっちゃうよね」
「そうだけど、相手が教師じゃ一緒にいたとこであんまり変わらないだろ。どっちかが囮になって別の方向に逃げるって手は使えるけど、俺はエリィを逃がす囮になるとか嫌だし」
「ああ、それは私も嫌だわ」
共闘はできても協力はできない。なら、これ以上一緒にいるメリットはない。
「だろ? それにサフィアは魔力温存してるはずだし、氷魔法も跳躍魔法も使えるんだ。そんな簡単には捕まらないだろ」
「まあ……そっか。あ。けど、寮の人たちの復活は? 武道場だと方向逆だよ」
「俺はもう諦めるよ。生き残りがいる寮の周辺とか警戒されてそうだし。エリィは寄れそうなら寄ってけば?」
「そっか……わかった。じゃあ、幸運を祈ってる」
「おう。決勝で会おうぜ。最後の勝ち残りくらいは生徒同士で決めさせてくれんだろ」
「ふふっ、望むところ。私以外に負けないでよね!」
リタと別れた私は、屋根から飛び降りると寮の方向を目指すことにした。魔力もできるだけ節約したい。できるだけ人気のなさそうな道を選んで足早に歩きながら、ちょっとした小道を覗き込んでは殿下の姿も探す。
本当に残っている人は少ないようだった。不気味なくらいに通りは静まり返っていて、人の気配がない。普段であれば馬車が走っていたり、使用人が歩いていたりもするのだが、これほど人がいないのは見たことがない。
殿下やサフィアにも会えないまま、何度目かの小道を覗き込んだ時だった。
ちょうどその小道を歩いていた人と目が合った。
「おや」
「げ」
長身で暗めの赤い短髪の女教師。この尞対抗戦が始まってから一番最初に出会した鬼でもある。工学の先生だ。
私を見た先生の口元が、ニタリと笑う。
背を向けたらやられる。




