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全力で叩き潰す

 殿下相手にはさすがのシンも遠慮するらしい。しかし、ここに残っているのは平民二人。


「いやいや、シン先生。さすがに生徒相手に手加減なしは」


 シンはおもむろに懐からさらに数枚のカードを取り出すと宙に放った。ふわりと光ったカードが、チカリと光る。

 刹那。

 私とリタは全力で横に跳んでいた。直後、先ほどまで私がいた場所を鋭く細い光線が貫く。直撃した地面がゴリッと抉れた。


「ッ……は!?」


 リタも驚きに目を見張る。こんなのどう考えたってやりすぎ……なんて考えている間にも次のカードが光って、慌ててその場からも飛び離れた。あんなの当たったらタダじゃ済まない。

 二撃、三撃、と続けざまに放たれる光線をなんとか避ける。シンは笑って立っているだけで、たった数枚のカードに、私たちは追い詰められていた。

 攻撃に追われながら、気づけばリタと私は揃って道の中央まで引き摺り出されている。


「リタ、逃げよう。もう時間稼ぎは」

「ッ後ろだ!」


 リタの声に考えるより先に体が動いた。私が跳び離れた直後、いつの間にか背後に回り込んでいたカードから放たれた光線が地面を抉る。


「……ッあ、ぶな」

「おい! 当たったらどうするつもりだ!」


 リタがシンに向かって叫ぶが、シンは悪びれることなく答えた。


「これくらいはしないと臨場感がないだろ?」

「臨場感ってな……!」


 言い返そうとしたリタを遮る。


「待って、リタ。たぶん大丈夫なんだよ」

「はあ? 大丈夫なわけ」


 気のせいかと思った。でも、やっぱり間違いない。シンは、ちゃんと狙って撃っている。


「シン先生は、さっきから腕輪だけ狙ってる。それに……さっきからわざと外してる、よね?」

「お、よく気がついたな。さすが、昔っから目は良かったもんな。そりゃあ、腕輪以外に当てるわけないだろ」


 平然と肯定したシンにぞっとした。あのペラペラのカードから放たれる細い光線は、そのカードの角度で狙いを定めるはずだ。それを、動きまわってる私たちの腕輪に狙い違わず照準を定めているということ。

 その上で、私たちが気がついて回避しようとしたら、間違って体に当たらないように僅かに狙いを逸らしている。


「……なるほど。なら、カードに対して腕輪だけ隠しとけば脅威じゃねえってことか」


 今の話を聞いて、リタはまだやる気らしい。


「逃げた方がいいと思うけど」


 そう言いながらも、私も抜剣する。リタがやる気な以上は私だけ逃げる選択肢はない。果たして、シン相手に私の剣が通用するかはわからないが。


「はは、逃がさねえよ。しかし、今のでだめなのか。大抵の連中は今ので終わりだったんだが……教え子が強えってのは嬉しいもんだな」


 シンがちょっと照れ臭そうに笑う。


「あんたから戦い方なんて教わった覚えはないけどな」

「実戦は教えてないな。俺もできなかったしよ。けど、強くなる方法は教えてやったろ」


 視界の端でカードがチカリと光る。だが、腕輪に来るとわかっているなら最小限の動きで避けられる。腕輪を隠すように動くと、カードは僅かに下を向いて私の足元の地面を抉る。やはり腕輪以外に当てる気はないらしい。


「それでリタ。勝算はあるんでしょうね」

「あるわけないだろ。鬼ごっこで鬼に勝つ方法なんてあったらゲームが破綻するっての」

「はあ!? ここは引き受けるって言ったのあんたじゃん!」

「誰も勝つとは言ってないだろ。俺の目的はサフィアを守りきることだ。お前の目的だってどうせ殿下を守ることだろ。利害の一致だ」

「ッ…………まあ……そうか」


 言い返そうとして、言い返せなかった。私がここで逃げて、殿下とサフィアが捕まってしまえば、それは試合に勝って勝負に負けたようなものだ。

 ならば私たちがやるべきは、タイムアップまで二人が逃げ切ると信じて、ここで間違いなく最大の脅威たり得るシンを足止めすること。


「エリィは相変わらずだな。ま、すぐに終わらせて全員捕まえてやるから心配するな」


 ニッと笑うシンが怖い。というかなんでこんなに楽しそうなんだ。

 警戒していると、シンは懐からさらに追加でカードを出した。数枚どころではなく、束で。周りに浮かんでいたカードもバラバラと裏返って空へと上がっていく。その数は優に100を超える。

 圧倒されている間にもカードは私たちの頭上で広がって、気がついたときには一つの大きな魔法陣を描いていた。見覚えのあるそれは、私の寮でも最初に使っていた防御魔法陣。魔法陣の周囲に、障壁を張る。


「ッ……閉じ込められる!」


 慌てて魔法陣の下から逃れるように退避。

 カードの表に光線魔法陣、裏面に防御魔法陣の一部を描いて使い分けているのだ。だが、言うは易し。どのカードをどの向きでどこに置けば、その魔法陣の形になるかを暗記して実践なんて、一朝一夕にできるはずがない。


「ッ……くそ」


 こちらも回避に成功したリタが苛立たしげに呟く。

 こうやって避け続けていれば、シンは殿下とサフィアを追えない。だから、私たちはこうやって防衛に徹しているのが最適解。

 しかし。それはそれとして。

 こうも手玉に取られている状況は面白くない。シンが余裕綽々の笑みでいるのがなおのこと気に食わない。


「…………リタ。プランCでいこう」


 何の打ち合わせもない唐突な言葉だったが、リタは正確に察してくれた。


「……賛成。俺もそっちがいいと思ってた」

「ん? なんか作戦でもあんのか?」


 リタとはここ数年こそ疎遠だったが、それこそ生まれた時からの付き合いだ。対戦相手としてぶつかったことは数知れず、しかし同時に、共闘したことだって数知れない。

 そんな中で、仲間内で戦う時になんかかっこいいこと言いたい期があったのだ。作戦にコード名を付けようという幼稚な考えのもと、足りない頭で捻り出したのがコレである。

 プランAは攻勢に出る。

 プランBは防御に専念。

 そしてプランCは、手加減無用。全力で叩き潰す。

 リタが右手を構えると、その腕を中心として風が渦巻き始める。そしてそこに、リタはポケットから取り出した鉄片を放った。風に巻き込まれた鉄片が轟々と唸りながら猛回転を始める。


「えげつな……」


 思わず声に出ていた。あそこに指でも突っ込もうものならズタズタになるだろう。まだこんな隠し玉を……と思ったが、冷静に考えて、そんな大怪我させるような技を学内イベントで使えるはずもない。


「……リタくん。危険行為は反則負けだぞ」

「シン兄ちゃんには別にこれくらい危険じゃないだろ?」


 シンが呆れたように、若干引き気味に笑う。まさかリタも本気であの勢いで叩きつけることはしないだろう。それより、私のことだって舐めてもらっては困る。


「シン先生。ちゃんと私のことも警戒してくださいね」


 剣を腰に溜めて、前傾姿勢で構えを取る。もう後のことは考えない。ここに全力を出す。魔力を出し惜しみはしない。

 足首の跳躍魔法を最大圧縮魔力でブースト。タイミングを合わせて地面を蹴った私は瞬間移動のような速さでシンに肉薄した。ギリギリ打ち身、まあ最悪骨折程度で済むだろうという力加減をしつつ、速度を乗せた剣を振るって……。

 ガキィン! と、およそ人体に当たって出る音ではない打撃音が響いて、剣が止まった。受け止めたのは、シンの腕だ。


「ッ……あ、危ねえな! 俺じゃなかったら腕飛んでたぞ!」

「ッ……はあ!? どんな腕よ!?」


 叫んだ直後、受け止めた腕に魔法陣が描かれているのが見えた。おそらくは、先程の水球魔法を受け止めた殿下の魔道書に描かれていたものと同じ。硬化魔法……といったところか。

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