ここは俺が引き受けた
「ッ……捨て身か!?」
回避しようとしたレオンの胸ぐらに、シェルフィリアの腕が伸びた。
「甘えるな!」
「ッ……は!?」
片腕の力に、遠心力を加えて、振りかぶられた斧は狙い違わずレオンの腕輪を砕き割った。衝撃でレオンの体は壁に叩きつけられる。
「ッ……面白い戦い方をなさいますのね!」
間髪入れずキャサリンが引斥力魔法を放つ。しかしシェルフィリアは軽やかなステップで避けた。その手には既に斧がない。身軽になったシェルフィリアは、瞬く間にキャサリンの懐に飛び込んでいた。
「遅い」
シェルフィリアは刹那の内にキャサリンの腕を捻り上げると、腕輪を外して片手で握り潰す。
「ッい、痛いですわ! 離しなさい!」
「ッ……ははは、まじかよ」
尻餅をつくように座り込んだまま、レオンは乾いた笑いを漏らす。
シェルフィリアはキャサリンを解放すると、放り捨てていた斧を担ぎ直した。座り込んでいる二人を見下ろして、ふふんと得意げに鼻を鳴らす。
「私の勝ちですね! 舐めてたんですか? 回避なんてせずに、私に剣を突き立てれば良かったのに」
「あの勢いで突っ込まれたんだ。誰だって避ける。だいたい、いくら刃を潰してるとはいえ刺さるぞ」
「だから刺せばよかったんです。貴方がたみたいな貴族様にとって、私みたいな平民の命など取るに足らないでしょう」
レオンは不愉快そうに僅かに眉根を寄せる。
「仮にそうだとしても、お前にとっては取るに足らないものじゃないだろ」
「まあ……そうですね。手の内を明かすつもりはありませんので、私はこれで失礼ッ……誰だ!」
踵を返しかけたシェルフィリアが、突然何もない空間を斧で薙ぎ払った。
「ッぐ!?」
何もない……かと思われた空間には、隠密魔法を使ったロレンスがいた。斧の腹で横薙ぎに殴られたロレンスの体が吹き飛ばされる。
「惜しかったですね。奥の人も。今度こそ、まとめて相手して差し上げます」
シェルフィリアの視線の先。建物の影から、ルキウスが姿を現す。
「……ロレンスの隠密を見破るとはな」
「いてて……ごめん、ルキウス。どうしようか?」
ロレンスがもろに打撃を受けた腹をさすりつつ起き上がる。その間にも、ルキウスは既に剣を構えていた。
「せっかくだ。お相手願うとしよう」
「そちらの方は、武器は持たなくていいんですか?」
シェルフィリアがロレンスに尋ねる。
「はは……ご丁寧にどうも。僕は武具は不得手でね。魔法で援護するよ」
「そうですか。でしたら、どうぞ。どこからでも」
⭐⭐⭐⭐⭐
「……はあ、ようやくひと息つけそうだな」
リタがぐっと伸びをする。
あれから私たちは、ひっきりなしに他尞の生徒たちから襲われていた。
そろそろ教師陣も本気で人数を減らしに来ているのだろう。どこの尞も復活アイテムである腕輪が欲しいのだ。そして、平民二人に男爵令嬢というこの組み合わせは躊躇なく襲うに実に都合がいい。
「うーん、疲れた……。にしても、意外とみんな弱いね」
きちんと教育を受けている貴族の子弟というからにはもっと強いかと思っていた。だが、あれではレオンの足元にも及ばないだろう。魔法の使い方だって、エレノアの方が上手かった。
「そうだな。もっと何かしてくんのかと思ったけど。あの二人強かったんだなあ……」
しみじみとリタが呟いたあの二人とは、エレノアとルーウェンのことだろう。
「お二人が強いんです。襲ってきた方々は平均より少し劣る程度だと思います」
サフィアが淡々と言う。ちなみに彼女はほとんど働いていない。切り札として魔力を温存させておきたいというのもあるし、そもそも出自を知られたくない彼女にあまり氷魔法を使わせるのも忍びないから下がってもらっていた。
「でも平均よりは下なんですね。安心しました」
将来は武人となる人もいるだろうに、貴族の大半がこのレベルでは平民としては不安になってしまう。
「そうだ。腕輪も溜まって来たし、ここらで寮の連中復活させに行ってもいいか?」
「あ、そうだよね。行こ。私も誰か捕まってないか気になるし」
リタの提案を二つ返事で了承して、私たちは寮を目指すことにした。応戦しているうちに少し離れてしまったが、それでも大した距離ではない。
声をかけられたのは、寮の方向へ向かう道中のことだった。
「エリン嬢」
聞き違えようのない声は真上から降ってきた。見上げると、ちょうどよく声の主が屋根から飛び降りてくる。
「殿下! ご無事で良かったですわ」
ルキウス殿下は一人のようで、ロレンスやレオンの姿は見えない。何があったのか尋ねる前に、殿下が説明してくれた。
「ロレンスとレオンはやられた。僕だけ逃げて来たんだ。合流できて良かった」
「ええっ! いったい誰に」
「シェルフィリア……と名乗っていたな」
その名前は、聞いたことのあるものだった。平民にして学年2位を取っていた子だ。
「ッ……おい、話はそこまでみたいだ。めんどくせえのに見つかったな……」
「えっ?」
リタの苦々しく呟いた声に振り返る。視線の先を追えば、道路を挟んだ向かい側。面白そうにこちらを見るシンがいた。
いつも通り少し長めの黒髪を首の後ろで雑に括って、ヨレたシャツを着崩したシンは、そんなだらしない格好とは裏腹に隙がない。
「こりゃあまた面白い組み合わせだ」
シンはおもむろに懐に手を入れると、数枚のカードを取り出した。トランプのような、手のひらサイズのカード。
何かしてくる。
「ッ……」
咄嗟に抜いた剣に、ビシッと何かが当たる感触がした。正面に殿下が出したと思しき数冊の魔道書が飛び出して展開する。断続的にビシバシと何かが当たる音が響いた。
シンが出したカードからだ。その一枚一枚に描かれた魔法陣。そこから、尋常でない速度で何かが射出されている。最初は数枚だったカードは次々と取り出され、今や10を軽く超えるカードがシンの周囲に浮いていた。
「あの数を同時に制御できんのかよ」
リタが引き気味に呟く。理論上可能なのはわかる。わかるけれど、あの一枚一枚を個別に操作しているとなると、並大抵ではない。
ほとんど反射で魔道書が弾き損ねた弾を剣で受け止めながら、よくよく目を凝らす。魔法陣を見れば何をする陣なのかがわかる。果たしてそれは、水球を放つための陣、に見えた。
地面を見れば確かに弾かれた弾が落ちたところが濡れている。
「……こんな使い方できるんだ」
水球魔法は、エレノアたちも使っていた。でも大きさも威力も全然違う。彼女の魔法はこんな速度は出ていなくて、その代わりに顔を覆うほどに大きかった。
シンが、ゆっくりと一歩踏み出した。水球を射出し続けたままで近づいてくる。間合いに入られたらまずい気がする。背を向けて逃げる? 逃げ切れる? 水ならまだ、当たっても打ち身で済むかもしれない。
でも目を離したら、次は水じゃないものが飛んでくるかもしれない。
「ッチ、殿下。この魔道書貸してください。ここは俺たちが引き受けるんで、サフィアと逃げてください」
「わかった」
殿下の判断は早かった。サフィアを促して、殿下がその場を離れるのを視界の端で確認する。そして私は。
「っ……て、たち!? たちって何!? 私も!?」
「当たり前だろ。俺一人置いて逃げる気じゃねえだろうな!」
「男なら『ここは俺が引き受けた』くらい言いなさいよ!」
「ッ……こんなときばっか男扱いかよ」
「お前ら、俺様を前に喧嘩とはいい度胸してるじゃねえか。殿下がいない以上、手加減はいらねえなあ?」
バッと視線を前に戻すと、それはもう楽しそうに笑っているシンがいた。




