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それが1番手っ取り早い

「……すみません」


 ぽつりと聞こえた謝罪の声は、サフィアだった。


「え? 何がですか?」


 聞き返すと、サフィアは俯いたまま話し始める。


「私……何もできませんでした。早々に腕輪を取られて、予備を使わせてしまって。私なんかに使わずに、ジョアンナ様に使うべきでしたのに」


 リタが笑って答えた。


「気にしなくていいですよ。実践慣れしてなかったんですよね。俺こそすみません。咄嗟に雑な言葉遣いしてしまって」


 サフィアは首を横に振る。


「構いません。私には、敬称も丁寧語も必要ございません」

「え? そっか。じゃあ遠慮なく。ジョアンナ様だって、腕輪はサフィアに使えって言ったと思う。サフィアを脱落させちゃったら、あの男どもの待つ寮に帰らせなきゃいけないだろ。もう二度と帰らせない気でいると思うぜ、ジョアンナ様は」

「ッ……そんなことのために」


 また自己否定的なことを言いかけたサフィアに、私は身を乗り出した。


「そんなことじゃないです。サフィアって、結構言葉に遠慮がない割に、嫌なことを嫌って言わないですよね」

「……遠慮がない、ですか?」

「初対面の時、典型的なヘタれるタイプって言われたの忘れてないですから」


 まあ、その後慰めてもくれたけど。サフィアは真面目で行動力もあるのに、その癖奇妙なほどに自己評価だけやたらと低い。


「それはエリンさんが平民だからです」

「うっ」

「ははははは、本当に遠慮がねえな」


 けらけらとリタが笑う。こいつだって平民なのに。


「じゃあ、父親とか寮の男相手に逆らわないのは……」

「私より身分が高い方々ですから」

「そんな理由……」


 真面目なサフィアらしいといえば、そうなのだろうか。


「別に身分が低い奴は高い奴らの奴隷ってわけじゃないだろ。そこまで律儀に言うこと聞いてやる必要あるのか?」


 サフィアは、リタの言葉に驚いたように目を丸くしていた。


「…………断る選択肢がありませんでした」


 この子心配になるな……。


「何かあれば私に言ってくださいね。リタになんとかさせるので」

「丸投げかよ」

「いえ……大丈夫です。慣れてますから」


 慣れないで……!

 リタが呆れたように溜め息を吐く。


「……別にいいよ。というかエリィを通す必要もねえ。俺に言ってくれればなんとかする。こっちには次期国王陛下殿の婚約者様もいるんだからな」

「そっちだってジョアンナ様に丸投げじゃない」

「だってそれが1番手っ取り早い……って、邪魔が入ったな」


 リタの視線が、私からちらりとズレる。その視線の先を追えば、見知らぬ生徒たちがいた。


⭐⭐⭐⭐⭐⭐



「げ」


 一人行動をしていたレオンは、あまり見たくない顔と鉢合わせていた。

 物陰に蹲っていながら、あまり隠れられていないのは金髪をドリルのようにカールさせた公爵令嬢キャサリンだ。


「あら、レオンではございませんの」


 こちらも気がついたキャサリンがレオンを見上げる。


「……あー、じゃあ俺はこれで」


 そそくさと別の隠れ場所を探そうと踵を返すが、キャサリンに逃がす気はなかった。


「お待ちなさいな。私の隣に座することを許して差し上げますわ! 先程、そちらに鬼が向かうのを見ましたわよ。貴方としても鉢合わせたくはないのではございませんこと?」

「…………そういうことでしたら、お隣失礼させていただきます」


 少しの逡巡の後、レオンはキャサリンの隣まで行くと、どさりと腰を下ろした。

 ここは、武道場の一画。弓道場の裏手あたりだ。鬼を撒いてすぐにでもルキウスたちと合流するつもりだったが、人目が多くて戻るに戻れずにここまで来てしまっていた。


「貴方とこうしてお話するのは初めてですわね。今日はお一人ですの?」

「仲間と逸れまして。そちらこそ、一人ですか?」

「ええ。私の寮は全員別行動ですの」

「なるほど。それにしても、名前を覚えてくださっていたとは意外でした。自分など、貴女様の眼中にないかと」

「まあ、そんなことはございませんわ。これでも、貴方のことは気になっておりましたのよ」

「それはどうも。てっきり、ルキウス以外には興味がないものかと」


 レオンの言葉に、キャサリンはふと意外そうな顔をした。


「ルキウス殿下ですの? 別にルキウス殿下にあまり興味はございませんけれど……」

「ご冗談を。学内行事でもよくいらっしゃっているではないですか。後輩相手への牽制もされているでしょう」

「ああ。それは、私のお友達のためですわ。お友達が殿下を好いていらっしゃるから、絡みに行っているだけですわ」


 レオンは面食らった顔になる。


「…………お友達?」

「ええ。それに、牽制については公爵令嬢としての役回りでもございますもの。王族相手にやたらと親しげにされては、困りますでしょう? 王族が、引いては私が、舐められては困りますわ」

「なるほど……。しかし、それにしては平民のエリンにも絡まれてますね。公爵令嬢が平民と親しくして良いのですか?」


 キャサリンは一瞬何のことかピンと来ないような顔をして、それから思い出したように頷いた。


「ああ……そういえばそんなお名前でしたわね。彼女には見どころがありますわ。そうは思いませんこと?」

「まあ、俺個人としては思いますよ。努力家でセンスもある。本番に物怖じしない度胸も」

「そうですの? そういったことはわかりませんけれど、面白い平民だと思いますわ。そんな、ただ善良な性格だけで貴人をこれだけ絆せるわけが」


 キャサリンの言葉を、唐突にレオンが遮った。


「ッ危ない!」


 物陰から飛び出してきた何か。レオンは目の端にそれを捉えると同時、キャサリンを押し倒すように覆い被さっていた。


「きゃあ!? な、ななな、このような場所で何を考えておりますの!?」


 混乱した様子で叫んだキャサリン。そんなキャサリンに覆い被さるレオン。

 二人の頭上を火球が飛んでいく。

 物陰から飛び出してきたのは、1冊の魔道書だった。そこから火球が放たれたのだ。

 つまり、その魔法を放った人間はいまだ物陰に隠れている。


「……今のを避けましたか。であれば、仕方ありません。正々堂々、勝負です!」


 その姿をレオンが探すよりも早く、その何者かは堂々と姿を現していた。

 黒髪をツインテールに結った少女は、その身の丈に不釣り合いな程に大きな斧を構え、勝ち気そうな吊り目でレオンとキャサリンを正面から見据えた。


「ッ……邪魔が入ったな。にしても、でかい得物だ」


 レオンが立ち上がるまで待つように、少女は斧をぴたりと構えたまま動かない。

 キャサリンもまた、一拍遅れて立ち上がると優雅に服についた砂を払う。


「ふう……驚かせてくれますわね。ですが……面白い方と出会えましたわ」

「……知り合いですか?」


 レオンが剣を構えつつ、背後に立つキャサリンを振り返らずに聞く。


「まあ、ご存知ありませんの? 彼女は、どこぞの商家の平民娘ですわ。先日の試験で、エレノアに次いで2位の成績を収めた方ですわね」

「平民娘とは言ってくれますね。私の名前はシェルフィリアです。長いのでシェラでいいですよ」

「へえ……黒髪の、平民ね」


 レオンの脳裏を、ルキウスの予知夢の件が過ぎる。彼女もまた、条件には当てはまるわけだ。


「さあ、二人まとめてかかってきてください!」

「嫌ですわ! レオン、やっておしまいなさい!」

「なんで俺が……。だが、売られた喧嘩は買う主義だ。かかって来い!」


 受けの構えのレオンに、シェルフィリアはニヤリと笑う。


「いざ、尋常に参ります! ……はああっ!」


 大きく斧を振りかぶって突っ込んだシェルフィリアは、隙だらけだった。レオンが構えた剣に怯むことなく、ほとんど体当たりするようにシェルフィリアは突っ込む。

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