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引斥力魔法

「腕輪なら予備があるので、大丈夫です」


 リタは予備に取っておいたという腕輪を、振り返ることなくサフィアの方へ後ろ手で放る。


「……私の記憶では、貴方たちは別の寮だったかと思いますが」

「別に他寮の生徒を復活させちゃいけない、なんてルールはないですよね」

「……ございませんわね」

「エリー。逃げよう」

「そうですわね」


 2人はリタに背を向けるように踵を返す。ジョアンナの方を突破するつもりだ。そう判断して、私も屋根から飛び降りた。道を塞ぐように着地する。

 ルーウェンは驚いたように足を止めたが、エレノアは怯むことなく突っ込んできた。


「ッ……い、行かせません!」


 右の手のひらを向けて、引斥力魔法を発動。魔法陣を体に描いて仕込むのは、なにも跳躍魔法だけじゃない。引斥力魔法は、魔力を流す方向によって対象を引き寄せる、あるいは反発させる魔法だ。

 私が発動したのは反発の方向。吹き飛ばされたエレノアを、足を止めていたルーウェンが受け取めた。


「ッ…‥エリン。貴女の魔力濃度で……それは、魔道具ですか?」


 エレノアが訝しむように私の手首についた魔道具を見る。答えたのはルーウェンだった。


「うん。僕が作ったんだ。使いこなせているようで何よりだよ、エリィ。使い心地はどうだい?」

「……今、私を呼びました?」


 エレノアがルーウェンを振り返る。


「いや。今はエリーじゃなく、エリィと言った。愛称が似ているよね」


 似ているというか、ほぼ同じだ。だが、こうして聞くと微妙にイントネーションが違う。ルーウェンも呼び分けてはいるらしい。


「そう……。もしかして、シン様が私をエリーと呼んでくださらないのは、貴女の存在もあるのかしら」

「さ、さあ……」


 話している間に、リタの背後で腕輪を付け直したサフィアがふらりと立ち上がるのが見えた。

 私のすぐ後ろまでジョアンナが近づいてくる。


「……降参してくれないかしら? 私たちは4人。貴女たちは2人。勝ち目はないと思うけれど?」

「そうでしょうか? お兄様はどう思われます?」

「僕らにも勝ち目はあると思うよ」


 ルーウェンが言い終わるかどうかのタイミングで、サフィアが再び氷結魔法を発動させた。

 サフィアの氷魔法は、発動前に冷気が充満する。その冷気で察知したのだろう。エレノアとルーウェンは同時に地を蹴って私の方へ突っ込んできた。

 私を巻き込むことを恐れてか、サフィアの氷結魔法の勢いが弱まる。


「ッ何度来ても……!」


 引斥力魔法を発動させようと掲げた右手に、鋭い痛みが走った。ルーウェンが抜いた剣で私の手を切り上げたのだ。刃こそ潰れているとはいえ充分に痛い。手が跳ね上がって、魔法の狙いが逸れる。

 その隙に距離を詰めたエレノアが私の右手首を掴んだ。引斥力魔法を封じられた。

 それに、まずい。接近された。左手首の腕輪を取られるわけには……!


「エリィ!」


 リタが何か、魔法を使った。たぶん、空気砲的なものを放ったのだと思う。手の向きからしてエレノアを狙ったであろうその攻撃は、尽くルーウェンの剣に阻まれた。

 その間にもエレノアのもう一方の手は私の左手首に伸びる。


「ッ……すみません!」


 左手を引くように体を捻って、そのまま右足を上げると横薙ぎにエレノアを蹴り飛ばした。


「ぐっ……!」


 伯爵令嬢相手に蹴り技を使ってしまった。でもエレノアだし。きっと許してくれる!

 倒れたエレノアをすかさずサフィアの氷が拘束する。これで4対1。エレノアから視線を外してルーウェンを見る。

 私とリタに挟まれて、計4人に睨まれているルーウェンは、しかし少しも怯んでいなかった。


「……少し舐め過ぎだ」


 ルーウェンが剣を振りかぶる。攻撃してくるかに思ったが、予想外にもルーウェンは振りかぶった剣をリタに向かって投げつけた。


「ッ……」


 咄嗟にリタが身を庇う隙に、ルーウェンは懐から細い棒を取り出す。そして、身構える私に向かって棒を振るった。

 長さ的に私に届くはずがない、と思ったのも束の間。細い棒はルーウェンの手の中でカシャカシャと音を立てて長くなる。折りたたまれていたそれは、瞬く間にルーウェンの背丈ほどの長さに……。


「ッ……ジョアンナ様、下がってくださ……わっ!?」


 地を蹴って下がろうとしたところで、何かに躓いた。どさりと尻餅をついた私を無視してルーウェンは駆け抜けていく。

 私が躓いたのは、倒れたままのエレノアが伸ばしていた、ルーウェンが持つのと似たような細い棒。


「ッ……リタ!」

「はい!」


 ジョアンナが叫ぶのとほぼ同時か、それよりも早くリタが凄まじい速度で飛び出していた。一瞬にして私とエレノアの間を通り過ぎて、ルーウェンに迫る。


「ッさせませんわ!」


 エレノアが叫んで手を伸ばす。それに呼応するように落ちていた魔道書が開いて、水球が飛び出した。水球は狙い違わずリタの顔面を直撃する。


「っわぶ!?」


 ただの水の球だ。大した威力などない。だが、リタの視界を奪って足を止めさせるには充分だった。


「ッ……もらった」


 ルーウェンの持つ棒が、ヒュルっと風を切る。この狭い通路で、器用に振るわれた棒は狙い違わずジョアンナの左手首を突いた。ガキッと音がして、一拍遅れて腕輪が落ちる。

 腕輪が砕かれた。

 即座に急制動をかけたルーウェンは、すかさず振り返ると迫っていたリタの腹を棒で抉るように突く。


「ッ……ごふっ!」


 正面から食らったリタが、私のすぐ前まで吹き飛ばされてきた。


「これで、2対3……ですわね」


 尻餅をついたままの私の隣で、氷から逃れたエレノアがゆっくりと立ち上がった。サフィアを見ると、こちらも水球で視界を奪われたらしい。ゴシゴシと顔を拭っていた。

 なるほど確かに、舐め過ぎていた。彼らは強力な魔法は使えない。だが、さすがマルティン伯爵家の人間。

 肥沃で広大な領地を持つ故に、マルティン領に住む者の多くが馬術を得意とする。馬を駆る彼らは、優秀な騎馬兵を排出することでも名高い。そして、騎馬兵として彼らが得意とする得物は、槍だ。

 エレノアもまた、この狭い空間では扱いにくそうな長い棒を器用に構える。ただの棒かに思えたそれも、彼らが構えれば刃のついていない槍も同然。


「エリィ。そっちは任せた」


 リタは短く言うと、ルーウェンに向かって駆け出した。リーチの長い攻撃を跳躍魔法で軽々と避ける。


「敵を前に余裕ですわね」


 はっとして視線を戻すと、エレノアは長い棒を通路を遮るように壁に向かって突き立てる。

 これは、まずい。

 退路を塞がれた。回避ができない。エレノアの回し蹴りが、モロに腹部に入った。


「ッ……ぐふっ!」


 本来吹き飛ばされるべき方向は、棒によって塞がれている。背中を打ってその場に尻餅をつく。

 引斥力魔法を使おうと右手を上げるが、易々と踏みつけられた。


「同じ手は通用しませんわ」


 エレノアの左手が、私の左手首に伸びる。

 棒を突き立てて、私の片手を踏みつけた状態で腕輪を取ろうと左手を伸ばせば、大きく前傾せざるを得ない。

 そこは、私の攻撃圏内だ。


「……ッふ!」


 素早く引き寄せた脚でエレノアの腹を蹴り飛ばす。

 だが、エレノアの反応も素早かった。即座に地を蹴って距離を取られた。ダメージはほとんど入っていない。

 エレノアの退いた方向にはサフィアがいたが、彼女はそちらの対策も忘れてはいなかった。私から視線を外さないままで、左手を一振り。あたりに落ちていた魔道書がバラバラと浮き上がってサフィアを牽制する。

 その間数秒にも満たない。尻餅をついて、さらに蹴り飛ばした反応で仰け反っていた私は体を起こすのがやっとだ。立ち上がって体勢を立て直すだけの余裕はない。既にエレノアは棒を構え直している。

 猶予など与えられるはずもなく、座り込んだままの私に向かって鋭い突きが放たれた。

 空気を割くヒュッという音が短く聞こえる。狙いは、私の左手首。

 大丈夫。軌道は見える。

 足の角度だけ整えて、跳躍魔法を発動。エレノアの突きの穂先より、さらに下。地面スレスレの低空を、跳んだ。


「ッな!?」

「これなら……!」


 タックルするようにエレノアに掴みかかって、そのまま押し倒した。棒を手放したエレノアは両手で私を引き剥がそうとする。

 引き剥がされまいとしがみつき、足を絡めて動きを封じる。

 サフィアを牽制していた魔道書がこちらを向くが、魔力を雑に飛ばしてぶつけることで力を相殺。


「はあ!?」


 エレノアが驚愕したような声を出す。

 あとは腕輪を取れば……!

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