偉い人に逆らってはいけない
リタが地上に降りていくのを見送って、私たちは3人屋根の上に残された。
「貴女たちは、以前から友人関係だったの?」
話しかけてきたジョアンナの言葉に頷く。
「はい。クラスが一緒だった縁で」
実際には、サフィアがレジーナと親しくなろうという魂胆で近づいてきたのだが。そしておそらく、その目的は今も変わっていない。
「……その、ジョアンナ様。私に個人的な用事があるというのは……?」
サフィアが遠慮がちに尋ねる。それに対するジョアンナの回答は実に簡潔だった。
「簡単に言うと、私は強い人を探しているの。貴女の成長のために私に投資させて欲しい」
「つ、強い人……ですか?」
サフィアが鸚鵡返しに聞き返す。随分と曖昧な表現だが、ジョアンナは平然と肯定した。
「そう。強い人。貴女の氷魔法は素晴らしかったわ。鍛えればもっと」
「お断りします」
食い気味に言ったサフィアの声は、普段の控えめな様子からは意外なほどに強い語気だった。
「どうして?」
「私は、強くありません。それに……この、力は……」
サフィアは言い淀んで、グッと拳を握る。家名を隠しているくらいだ。やはり、あまり目立ちたくないのだろう。まあ、私やレジーナといる時点で充分目立ってると思うけど。銀の髪も他にいないし。
「そう……エリン。説得して」
唐突に、矛先がこちらに向いた。
「……えっ、わ、私がですか!?」
「ええ。貴女からも言ってあげてちょうだい。彼女の力は埋もれさせるには惜しいわ」
「いや……でも、サフィアも嫌がってますし……」
ジョアンナは余裕たっぷりに微笑む。
「まあ。まさか、平民が、侯爵令嬢に、異を唱えると」
「サフィア、ここはお言葉に甘えましょう!」
偉い人に逆らってはいけない。
「……ですが、私は本当に……。ジョアンナ様、強いと仰るならエリンさんの方が……」
「そう? 確かに、身体能力は高いようだけれど……ああ! エリンと一緒がいいのね。わかったわ、2人とも投資してあげる。それなら貴女も協力してくれるのね?」
なんでか巻き込まれていた。ジョアンナはにっこりとサフィアに笑いかける。
「……はい、それなら」
サフィアもいいんだ!?
「なら決まりね!」
私の意見が聞かれることもなく、話は決まっていた。平民に発言権なんてないよね……。
「何が決まったんですか?」
声が聞こえて振り返ると、いつの間にかリタが戻って来ていた。
「おかえり、リタ。2人が貴方の妹弟子になることが決まったのよ」
ジョアンナが嬉しげに報告する。対するリタは……なんだか憐れむような目を私たちに向けた。
「ああ……そっか……。そうだ、とりあえず2人は復活させてきました。念の為1つは取っておいて俺が持ってます」
「了解。それじゃあ、あと2つ腕輪を回収に行きましょうか」
「やっぱ行くんすね……なあ、エリィと……サフィア様も、戦力に数えていい……ですか?」
「え゛。いや、私弱いよ。サフィアはともかく……」
今回は逃げ足に極振りだ。これ鬼ごっこだし。
「……氷魔法でしたら使えますが。それ以外は……魔道書も持っておりませんので」
「それで充分ですよ。あと、エリィ。お前は戦力だろ。跳躍魔法だって使えてたし。手首につけてるもんの力か?」
手首につけているもの……左手首には鬼ごっこ用の腕輪、そして右手首につけているのはルーウェンお手製の魔道具だ。ちなみに同じものが右足首にもついている。
「ふふん、そうだよ。すごいでしょ! ルーウェン様が作ってくださったのよ。まあ……あんまり乱発はできないんだけど」
これは私の魔力を力業で圧縮しているに過ぎない。つまり通常より大量に魔力を消費している。一等級と言われた私の魔力量も、この圧縮機を通して使うとなると三等級がいいところだ。
「へえ? よくわかんねえけど、良かったな。それなら魔道書だって持てんだろ」
リタがニッと笑って言う。
「うーん、まあ……それはそうなんだけど」
このバフをかけて魔道書を持つというのは、いかにも無駄遣いに思えた。今回も魔道書は持ってきていない。
「リタ。見つけたわ」
話を遮ったのはジョアンナだ。
「はあ……次は無茶言わないでくださいね」
「無茶なんて言ったことないわよ。ほら、あそこ」
ジョアンナの指差す先には、背中合わせに建つ寮と尞の間に隠れる2人の人影が見えた。2人きりらしく、周囲に他の人影はない。背中合わせの寮と尞の間は、せいぜい人が3人並べる程度の狭い通路だ。目立たない場所に隠れて、やり過ごそうとしているのだろう。
「まあ……今度は人数有利ではありますね」
「でしょう? 相手は2人。こっちは4人。イケるわ」
ジョアンナはグッと手を握る。
「わかりました。まずジョアンナ様が囮、その隙をついて背後からサフィア様が氷結魔法。避けられたら俺とエリィで叩く。で、いいですか?」
「問題ないわ」
「承知しました」
リタがスラスラと計画を立てて、ジョアンナとサフィアがあっさりと了承する。え? 今のでわかったの?
「待って。叩くってどこから? 屋根の上から? どうやって?」
「あー……そこはまあ、アドリブ?」
「はあ? 適当すぎるでしょ!」
「なんとかするだろ別に。ほら、行こうぜ。ジョアンナ様は奥に。サフィア様は手前から。俺があっちにまわり込むから、エリィはそこな」
なんとかするって誰が!? 私が!?
文句を言う間もなく、各々が持ち場に散っていく。私だけついて行けていないようで……なんだか悔しい。まあ心配しなくてもサフィアの氷結で片がつくだろう。避けられるのなんて、愛しの殿下と無駄に野生の勘的なのが鋭いリタくらいだ。
……という、私の楽観的な予想はフラグにしかならなかった。
私とリタは2人をほぼ真上から見下ろす位置で待機。
ジョアンナが2人の前に姿を現して挑発。
ジョアンナと挟み込む位置で2人の背後からサフィアが氷結魔法を発動。
そこまでは計画通りだった。
しかし、予想に反して2人の対応は素早かった。
2人の足元が氷で覆われるのとほぼ同時。複数の魔道書が2人の周囲に展開。開いたページから、一斉に炎が噴き出した。
炎の熱で脆くなった氷から、2人は易々と抜け出すと一直線にサフィアに向かって駆け出す。
「ッチ、サフィア! 氷を張れ!」
敬語も忘れて叫びながらリタは屋根の上を駆け出す。
「え……あっ、待っ……やっ!」
サフィアは咄嗟に反応できない。狼狽えているうちに、1人がサフィアの腕を捻り上げた。あっと思う間に腕輪も取り上げられている。
早々にこちらの戦力を奪った2人は、足を止めてこちらを見上げた。今まで影になっていてわからなかったが、よく見ればそれは見知った顔だ。
「エレノア様と、ルーウェン様……」
濃さこそ違えど、同じ茶髪で長髪の2人はどこか似ている気がした。
「サフィア様! 避けてください!」
リタが右手を突き出す。何かの魔法を使ったのか、エレノアとルーウェンが慌てた様子で数歩サフィアから離れる。
その隙にサフィアを庇うようにリタが飛び降りた。ルーウェンとエレノアはさらに数歩距離を取るように後退る。
「……なるほど。風魔法、といったところか。それに、濃度にも恵まれている」
ルーウェンの呟きに、エレノアが小さく息を吐く。
「お兄様。彼は1年生の有名人ですわ。シン先生の再来と言われておりますのよ」
「そうなんだ。エリーは物識りだね」
……お兄様!? 兄妹だったの!?
「それで……たしか、リタさんでしたわよね。私は彼女の腕輪を既に奪っておりますわ。守る意味は」




