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負ける気がしない

「……手を離してください。サフィアが嫌がっているでしょう」


 私がそう言うと、サフィアを抱き寄せている男は軽薄そうな笑みを浮かべた。


「嫌がってる? どこが? なあ、サフィア。嫌なのか?」

「……い、いいえ」

「ははっ。そうだよなあ? ほら見ろ、嫌がってないってよ」


 その周囲の男たちがケラケラと笑う。


「最低だな」


 リタが軽蔑したように吐き捨てる。


「はあ……2人置いてく気がねえなら話は終わりだ。サフィア、今度こそ全員凍らせろ」


 命じる声にサフィアの肩がぴくりと動く。俯きがちだった顔が上がって、怯えたような血赤の瞳が私たちを見る。

 サフィアを中心として、冷気によって空気が白く煙る。だが、私の足は既にしっかりと地面に縫い留められてしまっていて動けない。

 焦っていると、不意に背後に熱気を感じた。


「タネがわかってて、同じ手に乗るわけないよね」


 振り返ると、いつの間にかロレンスの足元に魔道書が浮いていた。そこから炎が吹き出して周辺の氷を溶かしている。私の両足を固めていた氷も脆くなり、少し力を入れたら簡単に逃れられた。

 これなら反撃できる。

 私が正面に視線を戻した刹那、至近距離で破裂音が轟いた。同時に強い風圧に襲われて数歩後ずさる。

 そして、全部終わっていた。5人の男たちは吹き飛ばされている。


「言っただろ。負ける気がしない」


 リタが私の前で右手を掲げて立っていた。

 そういえば、私は知らなかった。彼の魔力特性。何をしたのかはわからないが、これがそうなのだろうか。

 吹き飛ばされた男たちは気絶しているのか、起き上がる様子はない。殿下が近付いてさっさと腕輪を回収する。

 辺りを包んでいたはずの冷気は、今の風圧ですべて霧散していた。


「サフィア、と言ったか? 氷塊を消すことはできるか?」


 殿下が世間話でもするような調子でサフィアに尋ねると、サフィアはこっくりと頷いた。


「……はい」


 パキッと音がしたかと思うと、足元に溶け残っていた氷が崩壊する。


「それにしても……情けない男どもね。女一人まともに口説くこともできないなんて」


 こちらも氷から解放されたジョアンナが、リタの隣まで来て倒れている男たちを見下すように睨みつける。


「ジョアンナ様。あの……サフィア様って子、助けられますか?」


 リタの言葉に、ジョアンナは打って変わって優しい声になる。


「ええ、もちろん。リタは本当に優しい人ね。言われるまでもないわ」

「話もいいが、先にここを離れよう。鬼が来る」


 ルキウス殿下がサフィアを促して近づいてくる。男5人は倒れたままだ。あの一瞬で本当に気絶してしまったらしい。

 殿下の言葉に従って、私たちはその場を離れることにした。

 ちなみに、倒れていた男たちは回収係である使用人の方々が寮に送り届けてくれるはずだ。

 向かった先は、中央校舎裏。先ほどレオンと別れた場所である。遠くへ逃げたところで、別の鬼に見つかるリスクは変わらないから、しばらくはこの辺りを行ったり来たりだ。

 戻ってきた中央校舎裏には、もうレオンも先生もいなかった。


「レオン様、逃げ切ったんでしょうか?」


 ぽつりと呟くと、殿下の即答が返った。


「問題ないだろう。それより、この人数でいればロレンスの隠密があっても見つかる。早いところ話をつけるぞ。ジョアンナ」

「わかってるわ。サフィアはこっちで引き受ける。腕輪は3つ寄越しなさい。リタがやったんですから」

「ああ、構わない」


 殿下が腕輪をジョアンナに手渡す。誰も口を挟まずに場を見守る中、サフィアだけが狼狽えていた。


「ん。それじゃあ、私たちは行くわ。次に会ったら、また奇襲するから」

「何度来ても返り討ちだ」


 ジョアンナが不敵に笑って、殿下が軽く返す。親しい……気心の知れた仲であることが傍目にも窺えた。


「さ、行きましょう。サフィア。私はジョアンナ・トルヴァリエ。よろしくね」


 そう声をかけられたサフィアはしかし、凍りついたように動かなかった。


「……行くって、どこにですか? あの……腕輪は、渡しますから、帰ってもよろしいでしょうか?」

「帰る? あのいかにも性加害してそうな男のところへ?」


 ジョアンナが不愉快そうに眉根を寄せる。私も見ていられなくて声をかけた。


「サフィア。どうして帰りたいんですか?」

「帰らない理由がないからです」


 サフィアは淡々と即答する。


「あの男と話したくない、ってだけで理由としては充分だと思うけれど。でもまあ、時間もないし正直に言いましょう。私は、貴女の事情だとかは関係なく貴女個人に用があるの。一緒に来てもらうわ」


 ジョアンナは侯爵令嬢。その彼女に断定的に言われてしまえば、男爵家であるサフィアは否とは言えない。


「ッ……わかりました。でも、エリンさんも一緒ではだめですか?」

「えっ、私ですか!?」

「だめ……でしょうか?」


 サフィアが縋るような目で見てくる。ジョアンナもリタもサフィアからすれば初対面で、警戒するのも当然と言えば当然だ。

 正直なところ私は全然関係ないし、殿下と一緒にいたい。しかし、ここでサフィアを見捨てるのも冷たい気がする。ついでに言うと、リタの魔力特性も気になる。

 即答しかねていると、ロレンスに口添えされた。


「エリンちゃん、行ってあげたら? サフィアさんもエリンちゃんがいれば安心できるんだよね?」


 こう言われては、頷く他ない。


「わかりました。ジョアンナ様、私もご一緒して構わないですか?」

「ええ……まあ、仕方ないわね。リタ、どう?」


 ジョアンナの問いに、リタは意外にも困ったような顔をした。


「えー、まあ、頑張ります。えっと……サフィア様は跳躍魔法使えますよね。エリィは?」

「使えるよ!」


 ほんの少し得意げに答える。これもまたルーウェンお手製の魔道具のお陰だ。


「なら、移動は大丈夫か。じゃあ、行きましょうか。2人もついてきて……ください」


 そう言うとリタはおもむろにジョアンナに近づいて、その体を抱き上げた。


「え」


 待って。なんで。まさかもうそういう関係に。いや、例えそういう関係だとして今そんなことする理由が。なんて考えている間にもリタは例の跳躍魔法を発動させて跳んで行ってしまう。その後にサフィアが続き、私も慌てて続いた。

 リタはジョアンナを抱えたままで、ぴょんぴょんと校舎の屋根の上を渡っていく。たまに振り返って私たちがついてきていることを確認する。

 屋根の上を跳んで移動するのが気持ちいいと、いつだったかリタが言っていた。確かに、風を切って軽やかに移動するのは気持ちいい。気持ちいいのだろうが。

 いや、無理……!

 そんな心地良さとか感じている余裕ない。精密に加減しないと、一歩間違えれば足を滑らせて落ちる。魔法の発動タイミングがズレれば足を捻りそう。実際見るほど簡単じゃないのだ。それをどうして、リタもサフィアもそんな軽やかに……!

 必死に追い縋って屋根から屋根へ移動する。その間、鬼が襲ってくることはなかった。皆、地上で交戦しているらしい。たまに屋根の上に隠れている生徒が目の端に映る。


「おい、この次で止まる……ますよ!」


 変な言葉でリタが合図してきた。たぶん私相手に普段の口調を出しかけて、サフィアもいることを思い出して軌道修正をかけている。

 校舎の屋根から塀を越えた私たちは、既に寮の区画の中ほどまで来ていた。それにこのあたりは……。ストン、と降り立った私は周囲を見て気がつく。


「ねえ、ここって私たちの寮のとこ?」

「そう。捕まった寮の人たち解放してやらないとだから。俺が行ってくるんで、3人はここで待っててください」

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