そんなところも素敵
「何か面白いものはございましたか?」
声をかけられて振り返るとハンスがいる。
「あっ、はい! あの、あそこに置いてあるのはなんですか?」
「あれは……なんでしょうな。キエラ、あれが何か知っていますか?」
呼ばれたキエラも来て私の指差す方を覗き込む。
「……いえ。わかりませんね。アンナさん、ご存知ですか?」
アンナも近づいてきて覗き込むが、首を捻った。
「わかりません」
「……誰の持ち物なんでしょう。ここって、誰でも入れるんですか?」
「入れますが……我々が入ることが多いですね」
ハンスが顎に手を当てて答える。キエラも頷いた。
「ええ。主人が自らここまで来ることは少ないかと。荷物の整理などは私たちが任されることがほとんどですので」
アンナは既に興味を失ったのか、さっさと掃除に戻っていく。得体の知れない物を放置するのはいいのだろうか。
「なのに誰も知らないって……なんだか不気味ですね」
「まあ……どなたかが置いたのでしょう。気になるのでしたら夕食の席ででも伺ってみてはいかがですか?」
キエラもそう言って、自分の仕事に戻っていく。二人ともこの得体の知れない物体が何なのか気にならないのだろうか。
じっ……と、その正体不明の物体を見つめていると、足から流し続けていた魔力をその物体へ向けてしまった。しまったと気がついた時には遅く、魔力は床に描かれた魔法陣から物体の中へ、スルリと入り込んでいってしまう。
「えっ」
「どうかなさいましたか?」
ハンスが怪訝に私を見る。慌てて入ってしまった魔力を断ち切った。
「魔力が、吸い込まれるみたいに入ってしまって。魔力が入るってことは、魔道具なんでしょうか」
刹那。ハンスが鋭い視線をそれに向けた。私も釣られて緊張するが、魔道具(仮)は変わらぬ様子でそこに鎮座している。ハンスもすぐに緊張を解いた。
「…‥何も起きないようですな」
「はい…‥すみません」
「いえ。ですが、お気をつけください。爆発しないとも限りませんので」
爆発するかもしれないものを放置して掃除しようとしてたの?
「…‥そんな危ないもの、ここに置きます?」
「どなたが置いたかもわかりませんからな。私たち全員の目を盗んで、というのも考えにくいことではありますが」
ハンスも掃除に戻って行き、私はその謎の魔道具から目を離せないまま、午前中いっぱい使って物置きの整理は無事に終わった。
ちなみに魔道具以外にも面白そうなものは色々と見られた。ロレンスの蔵書の数々とか、レオンの使い古した剣だとか。少し捲ってみたい書物も何冊かあったが、万一汚しでもしたらと思うと怖くて触れなかった。
まあ、無断で触るのも良くないし。
果たして、謎の魔道具の持ち主は昼食の席であっさりと判明した。
「僕のだ。あまり自室に物を置かないようにしているんだ。それで昨日の夜置いていった」
ルキウス殿下は今日は特に用事がないのか、淡々と昼食を食べながら言った。
昨日の夜遅かったとキエラが言っていた。それで誰も知らなかったのだろう。キエラを起こしてまで頼むのも申し訳ないと思ったのかもしれない。さすが殿下。お優しい。
「エリィは午前中にそんなことをしていたのね。お片付けくらい使用人の方たちに任せてしまって構わないのよ?」
レジーナも昼食を食べながら言う。
昼食の場にはレオン以外の全員が揃っていた。
「でも、面白いものも見られたんですよ。例えば、ロレンス様の蔵書とか。普段ゆっくり見られる機会もないので興味深かったです」
「ああ。興味があるなら、勝手に読んでくれてもいいよ。そこまで面白いものがあるかはわからないけど」
「ありがとうございます! でも…‥万が一汚したらと思うと怖くて……」
「ふふ、気にしなくても、この寮に置いてあるのは、どれもそこまで貴重なものでもないよ。僕の私物だしね」
ロレンスはそう言うが、本というものはそれだけで相当な貴重品のはずだ。どんなに安く見積もっても1冊で平民がひと月暮らせる程度の価値はあるはず。まして、ロレンスの蔵書。タイトルからして内容も難解。その10倍はくだらない価値があるはず。
「……考えておきます」
言葉のままに受け取るのは、ちょっと怖過ぎた。
「ルキウス。その魔道具とかいうのは、危なくないんだよね? 何をするためのものなの?」
そう尋ねたのはフィリップだ。たしかに私も気になる。
「意図して使わなければ危なくはない。アレは、魔力を蓄える魔道具の試作品で、失敗作だ。昨日思いついて深夜まで粘ったんだが……」
それで昨日遅かったのか。
「ふふ、さすがの行動力だな。ルキウスは」
ロレンスが笑って呟く。
「どういう仕組みになってるんですか? 私が一瞬魔力を流しちゃった時、なんか大きさの割にたくさん飲み込まれた感じがして……」
「仕組み自体は単純だ。魔力を保存できる特殊な鉱物が見つかった。可能性としては考えていて、しらみ潰しに試していたんだが、遂に当たりを引いたんだ」
「……えっ、それって、すごいことですよね!?」
以前にも殿下が言っていた。魔力の外部保存が課題なのだと。だが、それができる鉱物とやらが特定できたとなれば、外部保存が実現できたことになる。
「ああ。ただ、課題が山積みなんだ。第1に、鉱物自体が相当な希少物質だ。量産はできない。第2に、魔力を取り出すには鉱物を破壊するしかない。つまり、使い捨てだ。第3に……これが1番厄介なことに、魔力を注いだ当事者以外が使用を試みると拒絶反応が出る」
「拒絶反応……ですか?」
「ああ。魔力には魔力特性があるだろう。つまりは、魔力とひと言で言っても人によって別物なんだ。混ぜて保管しようとすれば弾き出されるし、魔力の持ち主と別の人間が使おうとしてもやはり弾かれる……話していて思ったが、魔力量の測定はそういうことなのかもしれないな」
突然話を変えて、ルキウス殿下は考え込むような表情になる。考え込んでるルキウス殿下も素敵……なんて煩悩は頭から追い出して、私も考えてみる。
魔力量を測る時には、他者の体内に自分の魔力を流し込むことになる。それが結果的に魔力導線を活性化させることにも繋がり、流し込まれた側は自分の中の魔力の流れのようなものを、明瞭に自覚できるようになる。
「あ。魔力を流し込むと、互いの魔力が反発し合うから、それが魔力導線を刺激する、みたいな……」
「ああ、そういうことかもしれないな。魔力を溶け合わせることはできないんだろうか……。なぜ反発するのだろう。反発しないことは……。掛け合わせることで何か……うん……」
殿下はすっかり食事の手を止めて思索に耽り始めた。それはもう楽しげに口元がにやにやとした笑みを浮かべている。こんな風に笑ってる殿下も素敵。
「……なんで君までにやにやしてるの」
若干引き気味にフィリップに言われて、私も釣られてにやにやしていたことに気がついた。
「え、へへ……なんというか、釣られて……」
「…………そう」
本気でドン引きしたような反応をされた。さすがに傷つくんですけど。
「用ができた」
唐突にルキウス殿下がそう言って立ち上がった。
「昼食くらい食べて行きなよ」
「後で食べる」
ロレンスの言葉にすげなく返して、私が呆気に取られている間に殿下はさっさと出て行ってしまった。
理知的なイメージがあったのに、意外と研究者気質なのかもしれない。そんなところも素敵。
「あ。私もそろそろ行かないと」
ルーウェンとの約束に遅れるわけにはいかない。急いで昼食を味わいつつも飲み込んで、私もまたひと足先に食堂を出ると学園へと向かうことにした。




