ご褒美と思って
とある週末。ルーウェンとの約束を午後に控えたその日。朝食の席には珍しく私一人しかいなかった。
他3人はともかく、ルキウス殿下とレオンは休日でも起きてくるのだが何かあったのだろうか。6時を示す時計の針を見ながらもう少し待つべきかと思案していると、背後で扉が開く音がした。
振り返ると、入ってきたのはルキウス殿下の従者のキエラだ。今日も清潔感溢れる出立ちで、短く切り揃えられた黒髪をきれいに撫で付けている。
「ッ……お、おはようございます」
「おはようございます、エリィ様。ああ……待っておられるのでしたら、先に召し上がっていて構わないと思いますよ。レオン様は今朝早くに外出されました。殿下も昨晩遅かったので、当分は起きて来られないかと」
「そうなんですね……。じゃあ、いただきます」
キエラはさっさと厨房の奥へと消えていく。一人の食事というのは、なんとなく寂しい。どうせ起きてこないのに、他の5人の食事も用意されているのが、余計に物悲しく感じる。
黙々と食べていると、厨房の方からアンナが出てきた。いつも通り、黒髪をお団子に結い上げている。アンナはふと私を見て立ち止まった。
「本日はお一人なのですね」
「はい。おはようございます、アンナさん」
アンナは少し迷うような間を空けてから口を開く。
「……その、おめでとうございます。レジーナ様から伺いました。試験での高成績、学生会への入会と、魔道具開発部への入部でしたか。順調なようで何よりです」
「ありがとうございます!」
アンナはほんの少し笑みを滲ませる。フィリップに負けず劣らず彼女も表情に乏しいから、笑うのは珍しい。
その時、再び厨房の方の扉が開いた。顔を覗かせたのはタキだ。水色の髪をした12歳の天才シェフは今日も人懐っこい顔で笑う。
「……あ、今日はお一人なんですね。アンナさんの話し声が聞こえたので気になって。おはようございます」
「おはよう、タキ。今朝もとっても美味しいよ!」
「ありがとうございます。エリィ様はいつも褒めてくださいますね。お昼もこちらで召し上がられますか?」
「あ、うん! 今日の約束は午後からだから」
「わかりました! あ、なら午前中は空いてるんですよね? 今日は物置きの整理をする予定なんです。ボクは昼食の用意もあって参加できないんですが……良ければご一緒したらどうですか?」
「タキ。そのような雑用を頼んでは」
アンナが渋い顔をするのを慌てて遮った。
「いえいえ! 私にできることならやりますよ! 物置きの整理って何をするんですか?」
アンナが渋々といった様子で口を開く。
「地下に収納スペースがあるのはご存知でしょうか? 年に一度そこの整理をしているんです。卒業生の方の私物であったり、あとは予備の寝具などが置いてあるだけで、ただの雑用ですので、あなたが何かする必要はございません」
「ボクも少し覗いたことがあるんですが、見たことないものとかもあって面白いんですよ」
「へええ……! アンナさん、私で良ければ、是非お手伝いさせてください! こう見えて体力には自信あるんですよ!」
「面白いものなど何もありません。あなたには学生としての本分が」
「大丈夫ですよ。アンナさんも仰ってくれたじゃないですか。順調なんです。ご褒美と思って、お願いします」
そう頼み込むと、アンナは渋々ながら頷いてくれた。
「……わかりました。7時半に始める予定ですので、そこの吹き抜けになっているところでお待ちください」
吹き抜けというと、この尞の中央のことだろう。食堂を含め、すべての部屋へのアクセス元兼玄関ホールでもある。
「わかりました! ありがとうございます!」
アンナとタキはそのまま仕事に戻っていき、私が食事を終える頃になってルキウス殿下が来た。入れ替わりに食堂を出て言われた通り待っていると、開始時間の5分前にこの寮に住む使用人の面々が集まってきた。
シェフのタキ以外の3人……すなわち、アンナとキエラとハンスだ。
「彼女が是非同席したいとのことです」
アンナが口添えしてくれて、キエラとハンスは納得したように頷いた。
「エリィ様らしいですね」
「承知いたしました。では、アンナ。開けてもらえますか?」
ハンスが場のまとめ役らしい。やはり年長者だからか。
「はい」
アンナは玄関とは逆の、奥の方に向かう。私も玄関ホールの端までついていくと、床にうっすらと切れ目が入っているのがわかった。アンナはメイド服のポケットから小ぶりな器具のようなものを取り出すと、屈んで床の切れ目にそれを差し入れる。
カチャン、と小さな音がして、切れ目の入っていた床が僅かに持ち上がった。アンナはポケットに器具……おそらくは鍵を戻すと、後は手で持ち上げる。
ゆっくりと開いた、床板の下。地下へ向かう螺旋階段が現れた。
「ッ……すごい! こんなところに隠されていたんですね!」
興奮気味に歓声を上げると、なんだか微笑ましそうな目で見られた。
「足元にお気をつけくださいね」
アンナがそう言って先に降りていく。キエラがその後に続いて、ハンスに視線で促されて私も螺旋階段に足を踏み入れる。
硬質な音が狭い空間に反響する。地下の空気は少しひんやりとしていて、下の方は暗くてよく見えない。
私の後からハンスが降りてきて、いっそう階上の明かりが遠ざかる。誰も灯りとか持って来てないのかと怪訝に思い始めた時、階段が終わって底についた。
「今明かりをつけますね」
そう、キエラの声と僅かな物音がしたかと思うと、突然パッと場が明るくなった。目の前に広い空間が現れる。玄関ホールと同じくらいの広さだ。そこに様々なものが置いてある。埃除けか、布を被っているものも多い。
隅にある棚にはぎっしりと詰め込まれた書物類。
木桶に入れてあるのは武器の類だろう。
他には、よくわからない装飾品と思しき像。
やたら高価そうな花瓶のようなもの。
それら支える床が、そのまま光源になっていた。床から天井まで、一面に魔法陣が描かれているのだ。
学園の演習場にもある、魔力を流すと光を放つだけの魔法陣。キエラが魔力を流しているのだろう。光の強さは私よりも遥かに明るい。
「では、始めましょうか。まずは掃除から」
ハンスが言って、アンナが壁際の箱から掃除道具を取り出す。キエラは光を維持するためか動かない。
「キエラさん。魔法陣変わりますよ。私でも光らせるくらいはできると思うので」
「そうですか? ここは大きいので、意外と魔力消費が激しいですよ」
「私、魔力量だけはあるみたいなので、たぶん大丈夫です! 私じゃお掃除手伝えないと思いますし」
「……では、よろしくお願いします」
「はい!」
つま先から魔力を流すと、キエラの魔力とぶつかる感触がした。キエラの魔力が引いていき、空いたところに私の魔力が流れ込む。思った通り、光は少し弱くなったが、それでも部屋を照らすには問題ない。
キエラもアンナたちの方へ行って掃除を始める。埃を落とし、床を掃き清めて、小物類を丁寧に拭う。
死角になっているところも見たいが、魔法陣への魔力供給は続けないといけない。右足から魔力を流しながら、左足を出す。今度は左足で魔力を引き継いで右足を動かす。思いの外、魔力制御が難しい。利き手と反対の手とで交互に字を書いているような気分だ。
ゆっくり移動して、死角になっていたところを覗き込む。見慣れない何かが置いてあった。強いて言うなら魔道具っぽく見えなくもない。大きさも形もマチマチな金属板のようなものを組み合わせたオブジェとでも言おうか。




