33・王子を屋敷に招くだけ
「それで、あの。何故イザヤ殿下は我が領へ? まぁ領主代理なので我が領というのも憚られますが、一応いらっしゃる際には事前に通達などを頂ければこちらも御持て成しの準備が出来ましたのに……」
「いえいえ、持て成しなど結構ですよ。実をいうと『隠見』の職務の一環で、王都から離れた伯爵領の経営状況の視察に来たのです。それで手始めにこちらに伺った訳ですが」
「あぁ、なるほど……え? 『隠見』って確か、王族の方々が身分を隠して王国の下町を偵察するようなお仕事______行政監査の類ですよね?」
「おぉ、ご名答、よくご存じですね。いやはや、近頃の貴族のご令嬢には『隠見』も知らないような……単刀直入に形容すると、学のない方が多数居られるのですよ。挙句の果てには夜会の際でも無知故に盛大な顰蹙を買う方もいる始末で、本当に恥ずかしい……」
「いえ、ちょっと、あの、遮って申し訳ないのですが。それって普通身分を隠して行う類の仕事ですわよね?」
「そうですね。身分を明かしてしまうのは、まぁ本末転倒と言ったところです」
「こんなことを殿下に告げるのは大変無礼だと存じてはおりますが、今私の目の前にその『本末転倒』を体現する方がいらっしゃるというご自覚はございますか!?」
思わず声を荒げてテーブルを叩くアイリス。
そんな彼女を見て小首を傾げるイザヤ。
♡♡♡
フェルヴェルフォン邸の軒先で正面衝突というとんでも無い事故を起こした後。
アイリスが最高位の敬意と謝意を込めた礼を繰り返していると、困った様におろおろし始めた第二王子。
そんな彼は、戸惑いながらも屋敷の中で休ませて欲しいと所望したのだ。
そう、せっかくアイリスがこれから気持ち良く散歩に行こうとしていたこのタイミングで、だ。
国の王座に最も近い貴族、天に仰ぎ見るべき王族達の中でも取り分け高貴な王子様の要求に顔が引き攣るアイリスだったが________
(……どうすれば良い、断りたい、だが断ったら不敬罪等で検挙されても何ら文句は言えないだろう。不敬罪は確か場合にもよるが、高位の王族となると大分罰則が厳しい……下手すると一生牢獄から出られない可能性もあるわけか。いや待て、そんなことになったら恋愛も糞もないじゃないか、畜生!!)
心底無礼なことを思いつつも、屋敷の中に戻ってシシア達を呼び急いで支度させる。
まさかの第二王子の来訪だと告げると、新米の若いメイドの数人は興奮で卒倒し、シシアに至っても鳩が火矢を喰らった様な顔をして普段の数倍増の素早さで支度を始めた。
家の外でイザヤ王子を待たせることも気が引けたが、朝の掃除前の玄関を見られて幻滅されて加えて気変わりでもされたら困る。
そんなアイリスは苦渋の決断として、門の側の長椅子に案内し横に並んで座ることにした。
何だか落ち着かない雰囲気のアイリスは、気不味い調子のまま王子に________一言だけ、どうでもいい話題を吹っかけた。
「……き、今日はいい天気ですわね、殿下」
「えぇ、そうですね」
眩しそうな表情で空を見上げ、微笑みを浮かべながら答えるその姿はまるで______王宮の彫刻士が生涯を賭して完成させた美の少年神を彷彿とさせる輝きを放っていた。たった一言呟いただけで、難攻不落(自己評価の可能性大)のアイリスの心の砦が瓦解しかけたのだから恐ろしいものである。
アイリスは相槌を打った第二王子から続く言葉を待ったが、生憎と金髪の美少年は空を見上げたまま仄々とした雰囲気を漂わせたまま無言である。
何か喋って時間を持たせなくては、と思ったアイリスが心底どうでも良い天気の話を続けようと思った、その瞬間だった。
「お嬢様、準備が整いましたわ!」
老齢の召使、シシアの声が中から響く。
準備完了と聞いて、余計な話をせずに済んだと思わずホッとするアイリス。
その横で声に反応し、後ろを振り返ったイザヤがにっこりと微笑んだ。
「準備が整ったようですよ、お嬢さん」
不覚にもその笑顔にうっとりしていたアイリスの意識は、3秒ほど遅れて世界に追いついた。
ばっ、とそっぽを向き出来るだけ顔を見ないようにしつつ王子を屋敷の中に案内する。
だって不敬罪で検挙されたくない__________
さて、エントランスに辿り着くまでには、小規模の庭園がある。黄や碧を中心とした初夏を連想する花々が華麗に咲き誇っており、小さな噴水を中心に夏薔薇が美しい顔を揃えて客人を出迎えるのである。
宮廷庭園でも用いられている旧サロネー式は兎に角見栄えが良い。他の貴族を招くにしても、体裁だけは一丁前に繕わないと_______というアイリスの配慮が作り上げたものだったが、今回はそれが功を奏した。
「中々素晴らしい庭園ですね、アイリス嬢。……これは金鶏菊ですか?」
イザヤは噴水を囲む様に小さく植えてある、黄色い花々を指差してアイリスに尋ねた。
「そうですわ。良く御存知でいらっしゃいますね、殿下。もしや王宮にも植栽されているのですか?」
花の名前を当てて見せた王子を純粋に褒め、その理由を聞き返すアイリス。
「王宮と言うより、僕の『西の離宮』にある小さな花壇で育てているんですよ。見栄えも良いですし、気分が明るくなりますからね」
ふふ、と小さく微笑むイザヤ。
第二王子の趣味が育花だったことに驚いたアイリスだったが、取り敢えず会話が出来たことで心の緊張の糸を緩めた。どうやら穏やかな性格の様なので、大した無礼を働かない限りは不敬罪にならないだろう______と思い、庭園を抜ける。
見慣れた屋敷の玄関。
扉は既に開け放たれ、リリスとシシアが左右で美しい礼をしながら出迎える。
さて、一先ずお茶会と行こうか。
お久しぶりです。
コロナ、怖いですね。




