わかったー!
私のことをスルーすることにした男性は青年の脇に体を差し込み、立ち上がらせようとした。
「っ、痛ぇ」
で、失敗。
体を起こした青年の顔にはもうはっきりと脂汗が吹き出した。そんな反応に、男性は諦めて再び青年を地面に横たえる。
「仕方ない。ここである程度手当てをしてから、移動しよう」
そう言って、男性が青年の衣服に手をかけたるのをぼんやり見ていた私は、失敗した、と思った。
傷口をガン見してしまったのだ。
慌てて視線を逸らした私をどう思ったのか、青年のからかうような声がかけられた。
「なんだ、男の裸は初めてか?」
絶対にやにやしてる、とわかる声色に、私は視線を外したまま答えた。
『いや、青年の裸体は嫌がられるほど舐めるように見てもなんてことはないんだけど、血が・・・・あと、肉が・・・・』
「おい待てコラ聞き捨て・・・・た方がいい気がするが、なんか釈然としねぇ答え返しやがって」
おえっ、と吐くような動作をつけて言った私に、ドスの聞いた間抜けな言葉が返ってくる。
おいおい、そんな低い声出して、腹の傷は大丈夫かい?
『事実だし。そもそも青年、君いくつ?オンナを恥ずかしがらせるような体してる自信持つには早いんじゃないの?』
「益々聞き捨てならねぇな。そういうお前こそ、小娘のくせに大層な口ききやがって」
『小娘!素敵なフレーズね。それは褒められたと解釈しましょう。そこまで若く見える?どれくらい?まさか青年と同じくらいに見えちゃったり⁉』
「お、おい、急に食いつくなよ」
小娘発言にテンション上がった私の勢いに、青年の声が微妙に逃げ腰になった。
今更だが、私が青年の年齢にを断定できなかったのはひとえに、その容貌にある。
西洋、というよりアラブ系の彫りの深い顔立ちは、あっさり日本人顔に慣れてしまった身にはどうにも老けて見えるからだ。
そして、そういう顔立ちが老けて見えることを知っているから、話はますます難しい。三十代です、といわれても納得できる。
逆に、日本人顔が若く見えることも承知している。大歓迎なわけだが、五歳ぐらいまでは誤差の範囲なわけだが、流石に大幅な若返りは訂正しなくてはならないだろう、なんかいたたまれないし。
『いくつにみえるの?で、青年は?』
「あんた、こんな状況なのに元気だな・・・・俺は、十五だよ。あんたは、口ぶりからして俺より上か。同じくらいだと思ったんだが、そうだな、じゅう・・」
『よし、青年。聞いて驚くな!私は来年さんじゅっさいです!!』
青年の年齢が思ってより低かったというかむしろこどもじゃないか、ともう間もなく発されそうになった予想に、私はその言葉を最後まで言わせることは出来なかった。
ばばーん、と。
無駄に立ち上がり、高らかに宣言した。勿論、視線は明後日だ。
「さんじゅ、『何かね青年・・・・いや、少年。私の年齢に言いたいことがありそうじゃないか。聞くよ?その喧嘩、買うよ?』
青年改め少年の反応に喧嘩腰な私に、賢い少年は口をつぐんだ。いい判断だ。少年は長生きするだろう。
『まぁ、私の年齢は置いとこう。それより、めでたく生き永らえたわけだから、教えてもらいましょうか。少年今どういう状況?なんであんなおっ様たちに追いかけられたりしたわけ?あまつさえ殺されそうになってるわけ?』
その殺されそうになっていた最中にも投げかけた質問を繰り返すと、今度こそ少年は答えてくれた。
「そうだな、どこから話せばいいか・・・・」
前置きして、少年の口から語られた状況は、以下の通り。
少年は、ある部族の長らしい。
他の部族と戦争中で、今ちょっとヤバいらしい。
少年が襲われたのもそのヤバい、の一環で、少年味方は残り100人程度だとか。
他にもいろいろと説明してくれたのだが、どうもこれ以上は私の理解が追い付かなかったというか、言葉が脳みそをすり抜けるみたいに記憶にとどまらなかった。
だから少年が怪我の痛みを堪えて話してくれたことの半分も理解できなかったのだが、大まかなことはわかったし、よしとしよう。
『なるほど。若いのに大変だね、少年』
「それを言うなら、あんたこそ。状況がわからない、俺以外に見えないし話せない、何にも触れないって・・・・そっちのほうが大変だろ」
言われてみれば。
改めて自分の状況を考えるとなるほど確かに、私の方が波瀾万丈っぽい。
でもなーんか、そんな感じがしないのよねぇ…。
現実感が薄いというか。
森で気がついてからこっち、思考もぼんやり鈍い感じがする。
一体私に何が起きているのか。
悲壮感も緊迫感もなく、首をかしげる私に少年が興味津々、な視線を向けている。
『大変、かなぁ?』
「俺に聞くなよ。大変だろ、普通に考えて。あんたちょっと呑気すぎない?」
『呑気…否定できない。なんかさ、現実感がないのよね。頭がぼーっとするというか、ふわふわするというか……あっ!』
「!?なんだよ、いきなり叫ぶな」
『わかった、わかったよ少年!謎は全て解けた!!』
少年と話しているうちに、この状況を上手く説明できる完璧な答えを閃いた。
『夢だ!』
「は?」
『これきっと私の夢なんだよ!寝てるときにみるやつ!!』
言いながら、私は自分の頬に手を伸ばして思いっきりひっぱった。
ーーー痛くない。
私は閃きを確信に変えた。
『ほら、やっぱり!痛くないって、夢ってことよね。夢なら全部説明付くわ』
「は?何言って・・・」
少年の声は、テンション上がった私の耳を素通りした。
夢だから、私はどこにも触れない。だって夢に感触なんてないし。
ぼんやりするのも、妙にハイなのも、夢ならでは。
普通は色もついていないモノだけど、明晰夢っていうの?なんか妙にはっきりしてる夢。あれなんじゃないかなー?
少年としか会話できない&見えないのは謎だけど、夢だしね。わかんなくて当たり前。
あ、そうだ。夢ってことは・・・・
私はそれを、こうしよう、と思い描いた。
すると
『おおー!すごい、すごい、!!みてみて、少年!ほら、私空飛んでる!すごくない⁉』
ふわり、と体が宙に浮き、そのままするすると上昇し、木よりも高い位置で停止する。
視界いっぱいに広がる青空。眼下には緑の森と、少し開けた空間に少年たち。
目を凝らすと遠くに家のようなものが見えて、益々テンションが上がった。
『夢すげー・・・いやこの場合、私の脳みそすげー、かな?』
自画自賛を口にして、テンション上がりきった私は今度は空を飛び始めた《・・・・・》。
最初からフルスロットで。
『あはははははは!たのしー!!』
私は本来、高いところが苦手だ。高所恐怖症、とまではいかないが、見下ろす、ということに抵抗がある。
下腹の辺りがひゅっ、とするよね。高いところって。落ちたら、って考えちゃうから怖いんだろうなと自己分析してるけど。
けれど今は全然平気。だって、これは夢で、私の夢の中で、全部私の思い通り。
空だって自由に飛べちゃうから!
しばらく飛んでいると、すぐに森の切れ目に出た。森の終わりは草原につながっていて、はるか向こうに薄っすらと山影が見える。
その情景に、私はピタリと飛ぶことをやめた。
ぷかぷかと浮いたまま、後ろを振り返る。
鬱蒼とした森が見えた。
『・・・やば』
私はそのまま回れ右、して、来た道|(と思しき方角)へと戻り始めた。
来た時よりもゆっくりと、キョロキョロとせわしなく視線を巡らしながら。
なんとなく、あの少年から離れてはいけない気がして。




