第七話 抱擁
目の前の踊り子がそう告げ、胸元につけられたブローチ__それはフッブの国の三賢者と呼ばれた者たちの一人である、スィームのもの__が光った。そのままそれを高く頭上に掲げると、勢いをつけて風が舞い上がっていく。
たちまちその場に虹色の煙が形成され、竜巻が起こるかのように纏まって。掲げたブローチがそれらを吸い込んでいけば、辺りの重い空気も晴れていく。
コトン。……大きな結晶となった黒が転がり落ちた。透明な外殻で覆われたそれは、人の手によって磨かれた鉱石そのものに見える。
「まさかあの煙もそれも、今この場に溜まっていた魔素なのかい……?!」
目を見開いて声を漏らすユースティに、彼女はウインクを一つ。そのまま結晶となった魔素を回収した。
すっかり辺りの重圧はなくなり、なだらかに意識が覚醒していく。
「初めて試したけど上手くいったみたいね」
エトワールはそれを見届けると、糸が切れたように脱力した。
「っエトワール!」
体はユースティとヴァリータに支えられ、なんとか留まる。瞬間的だったとはいえ、その肌の表面は高温で焼け爛れていた。想像を超えた痛みであるはずのそれに苦い顔をする二人。だが当人はものともせず礼として頭を下げ、ソルリアの方へと向いた。
「……気分はどうかな、ソル」
弟は魔法を正面から受けて傷ついた兄を見つめ、酷く震えていた。眉をひそめ、絶えず涙をあふれさせており……鼻水さえすすれていない。
「っはは、酷い顔だね」
笑いかけるエトワール。ソルリアは謝罪の言葉さえおこがましいというかのように、首を横に何度も振りかぶっている。
「ユースティさん。彼のことも見てあげてくれませんか」
「わ、かった」
ヴァリータに任せて駆け寄ったユースティへ、ソルリアは潤んだ目線を向ける。その瞳に先程の高慢さや威圧はすでになく、かつての彼の柔らかな心を確かに感じられた。
人間はそのまま膝立ちになり、そっと腕を伸ばそうとして。
「近付かないでっ」
「!」
手はぱち、と弾かれる。改めて見た目の前の少年は砂にまみれ、服もぼろぼろだ。すっかり怯えて縮こまり、涙を止めることなく足で体を後退らせていく。
「だめ。だめだよユースティ。俺はお前も」
力はまったく入ってはいなかったが、それは明確な拒絶。ただ人間へ向けられたものではない。少年自身の力に対する恐怖だ。
今までの人間なら恐らく、許しの言葉を告げることしかしなかっただろう。むしろ上っ面の希死念慮で彼の暴挙を受け入れてしまったかもしれない。……だからこその反応だ。
「いくらお人好しでもそれは駄目だ。この事実は残る、ずっと、ずっと……っ」
少しずつ、しかし確実に離れていく距離。人間は咄嗟に体が動いていた。前に踏み込み、その両腕で小さな身体を抱きしめる。
急なことに少年の肩は跳ね、包みこむ体温に困惑したように固まった。
「ゆー、す?」
「ごめん。
どう伝えればいいのかな。何を言っても違う、気がするけど」
そう告げた腕の力が増したが、抵抗はしない……少年はいつものように言葉を待つ。そのことに安心を覚えながら人間は、ぽつりぽつりと話しだした。
「おれね、エントマどころか地上の事情さえ、よくわかってなくって。
窓から飛び出るために君にしがみついてもらったあの時から、君という存在が怖かったんだ」
「……そっか。そうだったな」
ずずっ……と、耳元で鼻をすする音、腕で拭う仕草をして。口を開こうとしたソルリアを、ユースティはさらに強く抱きしめることで留める。
「怖かった。怖かったけど、君も怖がってるって感じたから体が動いたんだ。力になりたかった」
「……え」
「少しでも君やおれが、安心できるようにしたくて」
人間を押しのけようとした全ての細腕が、……ゆっくりと遠慮しながらも背中に回る。
「なんだそれ、変な言い方だ」
「ごめん。でも君は一人じゃないって伝えたかった……だから、自分ばかり責めないでほしいんだよ」
そっか。小さく答えたその声と共に、更にぎゅっと力がこもる。
「何があったのか聞いてもいいかい、ソルリア?」
「うん。俺も話させて」
一息ついてから少年は続けた。
「兄貴が出てった後、魔族がフッブに来たんだ」




