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おしえて、研修生!  作者: きりぞら
第肆章 
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第三話 紫の森の奥地へと


 一方、エトワールにすれば本題がまともに続いていない会話だ。小動物の乱入後咳払いを一つしてから、改めてユースティへと訊ねる。



「ユースティさん。先程空の国……同郷の方に狙われていたようですが。何をされていたんですか?」


「そ、それは……」



 どこから説明するべきか。言い淀んだ人間に、青年は穏やかに努めつつも促した。



「確か、英雄(ソレイユ)殺しだと言われていましたね」


「ああ、それなあ。本人はすっかりやっちまったって認識なんだが……多分ありえねーんだよなー!」



 すかさず横入りしてきたアルムにもどかしそうな表情を向けたものの、話を続けていく。



「そうですね、彼女はとても強い人だ。

 短い間ですが僕も弟子として教わる期間もありましたし、にわかには信じがたい」


「まじかよ。世間って狭いな」



 対して何も言わないユースティの目が、わかりやすく純粋な驚きに開かれるのを確認して。エトワールは静かに頷いた。

 


「ということで、ユースティさんに行く宛がないなら……是非フッブに来ていただきたいのです」



 沈黙。しばらく逡巡をみせたユースティは、弱々しく口を開いた。



「いいの、かい?」


「ふふ、誰にそれを聞いてるんですか。僕は慈愛の国の長ですよ?」



 そう告げるエトワールの、かつて痩せて骨ばっていた肌は少しずつ厚みを取り戻しており。柔らかな笑みに人間もつられて微笑む。



「ありがとう、エトワール」



 そんな横で、アルムが膨れっ面でぼやいてみせた。


 

「そっかあ、フッブに行っちまうのかー。ユースティはヨンギにも適応してきたし、こっちにいても良かったんだけどなあー」


「だめ、ここじゃ空の国が近すぎる」


「!」



 一転して張り詰めたような声がかけられる。……その場に現れたのは、巫女服のウンブラだ。服は砂塵にまみれて汚れ、すっかり破れてしまっていた。



「みっ……巫女さん?! どうしたんだい、そんなにぼろぼろで!」



 ユースティが駆け寄ろうとしたのを優しく手で制止し、すぐにウンブラ族の長の前で片膝をつき頭を垂れた。



「長様、報告を失礼いたします。

 緑の森の集落に空の国から襲撃がありました。その場の者で対処をしたはいいものの、交戦中無断でマーダを服用した者達が異形化、暴れだしました。

 現在戦場は混沌と化し、手をつけられなくなってしまっております」



 __すぐ隣で聞いていた側近のウンブラが、震えた声でこぼす。



「そんな、もう使わないでっていったのに」


「まあ、あれは数の暴力やもんなあ。焦る気持ちもわからなくはないわ」



 一方その頭をゆっくりと撫でながら、長は静かに佇む。

 Magical damnation。略してMadaと呼ばれるそれは、依存性と副作用が危険視されている空の国の劇薬だ。それに魔素の池の魔素を混ぜこんで作られた劇物がフッブやヨンギで出回っており、一般人の怪物化や廃人化、暴徒化などの被害が出ている。その影響を大きく受けたエトワールにとっても他人事ではない。



「マーダ……ここでもその名前が聞けるとは。やはりあの白いフードの商人ですか?」


「うん、緑の森で出会ったよ。飄々とした喋り方をする女のヒトだった」



 ユースティの発言に、彼は目をまたたかせ。ウンブラの長は手で顔の口元をさわりながら告げた。



「つまりはそいつに、ウチらの縄張り踏み荒らされとるってことやよねぇ。

 まあ暴走した子らの魔素を分散させるだけなら、一旦はウチだけで大丈夫やな」


「加勢は必要ありませんか、ウンブラの長」


「大丈夫やな。あんさんは行くところがあるやろ、三人でいってき」



 かけられた提案を断り、影の手が指し示すのは紫の森の奥地。三人ということは、エトワールだけでなくユースティとアルムも含まれている。



「後輩、どういうことだ? 確かフッブは逆方向だし、そっちには魔素の池ぐらいしかねえんだよなー……?」


「残念やな先輩。今となってはウチの方が長歴は長いんよ?」



 説明もほどほどに、不敵に笑う声を漏らすと去っていってしまう。巫女服のウンブラは自然治癒のお陰でなんとかスムーズに動けるようになったようで、ユースティに微笑んで手を振る。側近のウンブラは気まずそうに、しかしヒトであれば顔の位置にある大きな口で笑みを見せててから長を追いかけた。

 アルムは彼らを見送った後、不思議そうに紫の森の先を見ようとする。しかし何かに遮られて見えないようで、眉をしかめた。



「んー……後輩がいうなら、俺達はそっちにいくかー。

 ところでさ、お前らお腹すいてない?」



 唐突なアルムの質問に、首を横に振るエトワールとユースティ。



「そうか、きのせいかな。オレは今、すっげーお前らが美味しそうに見えて来ててさー……

 いきなり襲いかかったら遠慮なくぶっ叩いてくれよな」


「怖いこと言わないでくれよアルム?!」



 軽口か本気か、三人は紫の森の更に奥地へと歩き出した。相変わらず原生生物からギラギラとした目線が向けられているが、アルムやエトワールの視線が向けられれば彼らはピクリと震え、爪を隠して服従を示すように喉を鳴らす。



「それにしても、ここの生き物は可愛らしいですね」


「かわいい……?」



 通り過ぎるために近づけば身を委ねるように両目は閉じているものの、他の場所にある小さな目がこちらをじっと見つめている。ユースティからすれば、原生生物たちからいつでも獲物として見られているという妙な緊張感が拭えず、可愛いとは思えない。



「どっちかっていえば美味しそ、」



 そう無意識に口走ってから、手で口を押さえる。現時点で魔物さえ食べてしまっている自身も、凶暴な原生生物を獲物として見てしまっているのだろうと思い至る。……考えただけで恐ろしい。そしてエトワールも、その思いもよらない返答に目を瞬かせた。



「可愛らしすぎるから食べちゃいたい、とか。そういうことですかね?」


「ご、ごめん、そんなつもりじゃ」



 そういうわけではないが、言い訳することも難しい。他に何か言おうとしたユースティをふと遮り、エトワールはその口に何かもちもちとした塊を押し付けた。 



「むぐっ?!」


「とりあえず、どうぞ。これを美味しいと感じるなら、あなたはここの霧の影響を受けています……きっと」



 口の中に入れて一噛みすれば、瞬く間に味が広がる。甘い、苦い、辛い、酸っぱい、普段食べればすぐに戻してしまうであろう混沌の味。しかし今は食べることをやめられない。噛みしめる度に味が濁流のように押し寄せ、なんとも言えない幸福感に満たされていく。



「面白い、味だね? ……あれ」



 飲み込んだあと、ふと見回した景色ははっきりと鮮やかに感じられて。……紫の森に入った直後から今までで視界が濁ってきていたことを初めて認識する。

 目をぱちぱちとさせて固まったユースティを横目に、エトワールはアルムの口にも同じ餅を突っ込むと自分も食べて巾着袋を懐へと戻した。



「ここの霧、人間は数分で共喰いが始まるみたいなので、流石に対策をされているのかと思ったのですが……お二人も素である程度の耐性がおありのようで。

 後は味覚を十分刺激すれば、誤魔化すことが出来る筈です」


「なにこれ、すげえ酷い味なのはわかるのにめっちゃ旨い!! ありがとな!」


「……まあ、……はい」



 アルムがそう伝えれば、少々傷付いたように濁してから口を結ぶ。もしかしなくてもこの餅はエトワール自身が作ったものなのだろう。

 それはそれとして、今度こそ霧による幻覚が見えていたのかもしれない。エトワールの言う通り可愛らしいのかもしれない……と、改めて原生生物たちの方を向いたユースティ。その期待も虚しく、彼らの凶暴な姿は一切変わっていなかった。むしろ視界がはっきりとしたせいでより毛並みや大きな傷跡に野性味を感じ、かなり恐ろしく見える。



「うーん……改めて美味しそうでもなかったけど、可愛らしくもないかな……」


「そうですか……? 残念です」



 言葉通り少し残念そうな声色が返ってきたが、エトワール自身も感性の違いについては特に気にしていないようだった。





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