第四話 魔素の残滓と予言書と
紫の森をさらに進む、ユースティ、アルム、エトワールの三人。やがて彼らの視界に入るのは、整えられた石材を隙間なく組み立てられた三角型の建物。正面以外は水面に囲まれており、それぞれ別れた池は赤、黄、青など様々だ。その全てが虹色の反射を見せる。
同じものを見たことがあるユースティには、それらが魔素の池だとすぐにわかった。
「大昔の偉い人のお墓、みたいな形だね。魔素の池も小さいけど、沢山ある……!」
「へー、こんな場所があったのかー……!」
立ち止まって感嘆をこぼす二人と対照的に、エトワールは止まることなくその入り口である穴の中へと進んでいく。
「この場所で、強大な力を封じ込める一つの命が作られました」
「ソルリアの契約発生のことかい?」
「ご存知でしたか」
「おれたち、さっきウンブラの長から聞いたんだ」
二人は彼の背中を駆け足で追いかけて、横に並んで歩く。エトワールはしばらく俯いたあと、アルムへと目線を向けた。
「……アルムさん、でしたかね」
「ん?」
「弟をよろしくお願いいたします。彼は僕よりも経験不足ではありますが、基礎は全て会得していますから」
「ああ、いいよ。確かにソル坊は、生まれも育ちも化けるには十分だしなー」
今はここにいない、初々しい少年のことを思い起こし。慈しむように微笑んだアルムは、エトワールに再び眉をしかめられる。
「今、ソル坊……といいました? あなた弟の何なんですか。
答えによっては容赦は出来ませんが?」
「ちょーっとまて。それは理不尽すぎないか?!」
敵意が滲んだ言動と空気に慌てて降参のポーズを取った。エトワールもそれ以上は何も言わない。本気で揉め事を起こそうものなら、お互いにただではすまないだろうことを理解している為だ。
しかし親しくするにはまだ初対面も初対面。ハザックの時とはまた違う、絶妙な距離感で流れた気まずい沈黙……ユースティがすかさず間に入る。
「味方だよ、おれたち!」
「僕自身、彼をよく知りません。あなたと彼が共にした時間は十分だったかもしれませんが、完全に信用するにはまだ早いかと」
「確かにそうだけどっ」
「わかるけどさあ、今のはオレ悪くないよー……」
その間にも歩み進む建物の内部は薄暗く、等間隔で灯された松明のみが道標だ。冷えた空気と何の生物の気配も感じられない廊下。やがて突き当たりの大部屋にたどり着く。
何もなく、誰も居ない。それどころか空気の出入りさえほとんどないと思える程、清潔な場所だ。……これらの松明の火は誰が保っているものなのだろうか。そんな疑問が浮かぶ頃、三人のうち誰でもない反響した声がかけられた。
【ルクスの意志を継ぐ者と、その仲間よ。少々待ちくたびれたが、よく来てくれた】
「!!」
声はどこから発せられているのか。廊下と部屋の入り口で立ち止まった三人がそれぞれ見回しても、上手くつかめない。
しかしアルムは少々表情を強張らせた。彼はその声を、遠い過去に幾度なく聞いている。
「__先代」
ウンブラ族の初代長。親代わりであり師のような存在、そして一度越えたその存在だ。声はよく覚えていたな、と言わんばかりに喜色を含んで続いた。
【久しぶりじゃのう、二代目。決闘をせずに長を交代したことは聞いておるよ】
「なんであんたがこんな所に。どういうことだ、居るなら直接出てこいよ!」
「……違います」
エトワールがそう告げれば、部屋の中央へ身を乗り出して少し早口になっていたアルムは振り返る。
「なにが」
「彼は居ません。のこっている魔素が、語りかけてきているだけです」
「のこっている魔素?」
「ええ。強い意志や想いは魔素として物に宿り、本人が死してさえも暫くのこります。
……今回は、この部屋を構成している物質全体に……」
その現象はユースティも既に経験していた。直近でいえば黄色い柄の短剣がウォルターやリリー達の想いを示し、アルムを助けた事が挙げられる。
「ってことはオレ達、初代の意志の残滓と話してるってことか。なんでもありかよ、魔素ってやつは」
「同感です。魔素の池同様、それ以上の詳しいことは誰も理解していません」
「理解できてたまるか……」
アルムへの挨拶を終えれば、次はエトワールへと声がかけられる。
【ルクスの現長よ。ここに来た目的を告げるのだ】
「……この予言書の通り、ウンブラ族の代表を迎えに参りました」
青年が取り出したのは分厚い表紙の本。予言書の存在を一度は聞いたものの、実物が目の前に出てきたことでユースティとアルムは顔を見合わせた。
「予言書はルクス族が作ったもので、未来に起こる事象や対策が端的に記載されていきます。一度記された予言は消えない限り、覆ることはないと伝えられています。
ある日、この予言が記載されました」
説明と共に開かれたページには、かつてフッブの執務室にある書類で見た難解な文字と同じものが長々と記されている。ユースティには相変わらずさっぱりな内容だが、アルムは横からざっと目を通して口を開く。
「長々と書いてるけど……とりあえずなんかやべーやつが現れる。対抗するためにソル坊だけじゃなく、〝二部族の代表〟も用意した方がいいってことだよな?」
「?!」
そうすれば微かに肩を跳ねさせてすぐに予言書を閉じ、見つめられる。視線を静かに返せば……青年が咳払いを一つ。
「正解です」
青年の反応から、それが本当に正しい訳であると理解したユースティも驚きの目を向けた。
「読めたのかい、アルム?!」
「? まあ、この文字は初代に教わったからな?」
アルム自身は何故驚かれているのかわからないといった表情で首を傾げたが、ああ、と理解したような声色で呟いた。
「確かにこれは、空の国やウンブラ族のものとも異なる。はじめはリリーとのやり取りも一苦労だったよ」
「その代表を来るべき時に、こちらから迎えに行くのだと。代々フッブを継ぐルクスの長は、伝えられていたのですが」
肝心なのはそこではない。何故部外者がこの文字を知っているのか。そして何故……。
エトワールはその疑問の答えに行き着いたものの、改めて見たアルムの姿は既にウンブラ族のものではない。動揺もそこそこに初代の声へ説明を促せば、返ってきた返事は拍子抜けするようなものだった。
【すまんな、代表はまだ用意できてない!
というよりは、引き継いで仕上げる前に不意をとられたというべきか!】
「は?」
【今すぐだと、これしかだせん】
がしゃん、そんな音をたてて場に落とされたナニカ。
「ヒトの、ロボット?」
実際に空の国で動いていたロボットたちよりも、明らかにヒトを忠実で精巧に再現した形。白衣を着たそれの体は華奢で、左右にくるくるとした巻き髪を持っている女の子のようだった。
見た目の質感は生きている人間そのものだが、体の音が金属質過ぎる。しかも左胸の穴など様々な箇所が破損しており、土に汚れたそれは二度と動きそうにない。
その体からは薄い煙……霧が、出続けている。
強い興味を惹かれ、歩み寄ったユースティ。直後意識がぐらりと揺れ、口から涎が溢れるように出てきた。
__この素材も、美味しいものだ。
そこまで考えてすぐに否定する。美味しいわけがない、これは明らかに金属で造られた機械だ。慌てて口を拭いつつ離れる人間を知ってか知らずか、エトワールは淡々と初代ウンブラの長へと告げる。
「待ちくたびれたと初めに仰ったのは、誰でしたかね」
【まあまあ焦らないでくれ。
ルクスの現長、二代目。少し力試しといこうぞ】
その言葉と共に、部屋に現れた二体。片方はかつてアルムの記憶で出てきた、茶色の三つ編みの少女。もう片方はユースティとソルリアが空の国で出会い、先程駆け付けて来たエトワールの姿と雰囲気が似ていた金短髪の女性。ユースティにとってはどちらもソレイユと認識している者達だ。
時折存在にノイズが走り、本人ではなくこの場に生み出された幻影だと推測できる。アルムは先に構え、動き出せるように体勢を整えた。
「なんだ。ソレイユと、もう一人は誰だ……?」
【それぞれお主らの記憶から、一番苦労した相手を具現化させてもらったよ。劣化ではあるが今から戦ってもらおうと思ってな__】
そこまで声が告げた瞬間、二体の幻影は吹き飛ぶ。ピシリ、音を立ててひび割れる建物の石材。それはエトワールの魔法によるものだ。
威力は凄まじく、二人の一番苦労した相手であるといわれた幻影は、すっかり跡形なく消えてしまう。
「ふざけている場合ですか」
静かに虚空を睨みつける凛々しい青。
寒気がするような沈黙のあと、初代の笑い飛ばす声が響く。
【わかった、わかった。すまないがこちらの代表は先程、ようやく必要な能力が身についたんだ。使い方もすぐに引き継ぐから怒らないでくれ】
「……」
アルムもアルムで一連の出来事に置いていかれ、戦いがないことに不満を覚えつつ構えを解いた。
「なあ初代、さっきから言うそのウンブラの代表って誰なんだよ」
【お前じゃよ、ばかもん】
「はあ?」
どうやら全てが初耳らしい。エトワールは更に眉間の皺を深めたが、それ以上は何も言わず踵を返す。
「その引き継ぎとやらが、手遅れにならないことを祈ります。
僕らはフッブへ戻りましょう、ユースティさん」
「えっ、わっ、わかったよ!」
ユースティも一気に通り過ぎた情報を聞くべきか迷いながら、エトワールへとついていく。初代の声が見送るように一段階大きくなった。
【なるべく早く返すから、こやつのことは頭の片隅にでも、覚えといてやってくれなー】
「初代、オレの意志は?!」
【んなもん関係ないわ】
「えええええ!」
どうやらみっちりと新しい能力__恐らく、影とヒトガタを完全に、そして自由に切り換えられるもの__の活かし方を教えてもらえるらしい。去り際に頑張ってね、と視線を向けてから去っていくユースティ。アルムは顔を右往左往させていたが、最後には手を振り返した。
……二人の背中を見送り、再び静まった建物の内部。しかし先程エトワールが使った魔法の衝撃によって天井がひび割れ、パラパラと小石が落ちてきている。ぼんやりと立ち尽くすアルムに、初代の声は心底愉快そうに話しかけた。
【若いというのは、いいものだの】
「あれ若いで済む?! 苦労通り越してブチギレじゃんあれ!! むっっちゃくちゃ怖かったんだけど?!」
__________
建物の外へと出てきたエトワールは紫の森の風に吹かれる。生温い……かと思えば肌寒い。一度は風と認識したそれは、言い難い違和を孕んでいた。
「__……?」
意識を取られた瞬間、ぞわりと全身を突き抜ける感覚に姿勢が崩れる。
「エトワール?!」
駆け寄ってきたユースティに支えられるすんでのところで踏みとどまった。振り返った魔素の池の水面が微かに揺れていることを確かめて、青年は表情を強張らせていく。
「ユースティさん。僕はここに来る時はなるべく魔法を使わずに来たんです」
「う、うん?」
遅れて、みずみずしい紫色の葉をつけた木々がゆらゆらと揺れる。凶暴な原生生物たちが草の陰から無計画に飛び出し、何処かもっと安全な場所を探そうとしていた。
「バレてない、ここでバレたとしてもそんなに時間は経ってないはずなのに…………」
一斉に飛んだ翼を持つ者たちの群れも散り散りになっていく。……そのけたたましい鳴き声にユースティもようやく異変に気付くと同時点、ぎりぎりの大きさの魔法陣が二人の足元で展開された。
説明のないそれに戸惑いの声を上げたユースティに、エトワールが告げる。
「すみませんが一気にフッブへ帰ります。陣から出ないでくださいね」
「っ、わかっ」
返事が言い切られる前に、二人の姿は紫の森から消えた。




