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18-2、成果と前夜2

「めんっどーな……」


 チェリネが話す動物や植物や虫の話を聞きながら、ルトナは膨大な数の枝分かれの図を完成させていく。チェリネは顔を歪めた。彼女にその文字はわからないようだが、何をやっているかはわかったようだ。虫。甲虫、蝶、蜂、蜘蛛、爬虫類、トカゲ、蛇、イエトカゲ、……。

 甲虫は甲殻があるが火で対処できる。蜘蛛は糸を吐くため障壁を展開する必要がある。ほかいろいろ。

 もう果実酒リキュールの小さなボトルが一つ開いている。


 おそらく付き合わせてしまって、相当な退屈をさせているだろう。

 それでも、考えることをやめるわけにはいかない。

 確かめた通り、魔力大龍には元になった生物というヒントがある。

 ありとあらゆる可能性を詰めて、最善の手を選び取る。


「他にも用がないわけじゃない。ちゃんと見返りは出すよ。だから、今日のチェリネの時間を徹底的に私にください」


 言われて、チェリネはやれやれと肩をすくめた。


「もう報酬は受け取っちゃいましたし、もっと割のいい依頼は、とっくにギルドじゃ売り切れの時間帯です。いいですよ、付き合いましょう」



 魔力大龍の発現まであと三日。

 ユノは、グドリシアが眠る樹の傍にいた。

 街から、走って十分程度。ルトナの目はギリギリ誤魔化せる範囲だし、体力づくりも兼ねる素敵なロケーションだ。

 毎日、ユノは、ルトナには内緒で、この竜の墓へと一人でやってきていた。


「……」


 空に昇る太陽は陰りつつある。天に夕焼けの赤と星の光が同居する日時。

 ユノはナイフで自分の肋骨あたりの目立たない部分をひっかく。痛みはない。治りきらずに風呂に入ってぐりぐり触ったりすれば痛いが、この墓の前では、なんだかいつでも痛覚が飛んでいる気がするのだ。


「“ラト・キュレア”」


 そして、ラト・キュレアを発動する。傷は傷跡さえ残さずに綺麗に治った。魔力の消費も、書物に書いてあった平均程度。もともとラト・キュレアはちょっと練習した一般人の人族が生活の中で使うような魔法だ。ユノの魔力はフェアリーの平均程度であり、そのユノにとっては、一切問題のない魔力消費量である。

 これが本来の消費魔力。ラト・キュレアは完成した。


 次に、ユノはガブ、と自分の腕に食らいついた。腕は汗でびちょびちょだ。奴隷として買われたてのユノの体力では、ここまで走ってくるだけでも根性がいる。

 ……歯が立たない。ブチギレかたが足りない。

 もっともっと怒れ。彼女が死んだ直後みたいに。自分を鼓舞する。


 本気で歯に力を込めると、ぐちゅ、という音が立って、だいぶ深く歯が肉に浸透した。成功だ。

 そして、こうなってしまえば、ラトでは難しい。

 だから。


「……っ、“キュレア”!」


 口と腕からぼたぼたと垂れ落ちる血。その血の垂れ方が、徐々に小さくなって、止まった。

 消費魔力、大体一割。

 初老の冒険者の火傷にキュレアを試し、一瞬で全魔力を枯渇させていた頃とは大違いだ。これなら実用に足る。きっと……十回キュレアを使えば、ここに眠る竜だって呼び戻せたはずだ。


 完成した。


 ユノは魔法で軽く乱れた息を整えてから、グドリシアが眠る樹を見た。

 一度奴隷の仲間が死んだ時、「大切な人が死んでしまったら、宗教のシンボルを象ったアクセサリを握りしめ、祈るもの」だと、かつて隣だったお姉さんから教わった。主人であるルトナは、グドリシアの墓に対して手を合わせて祈っていた。エルフ共通の宗教の振る舞いなのか、ルトナが個人で会得した振る舞いなのかはわからない。


 だが、ここに来る時はいつも、ユノはなにもしないことにしていた。

 何があったのかまでは把握できないが(純血のフェアリーならできたのだろうが)、彼女は人間が嫌いということだけはわかっている。

 人間の弔いを捧げて、竜の死体が喜ぶとは思えない。


 ユノにとって、友人としての竜は、気難しいが心優しい、言うなら「頼れる年下」だった。舐めた真似をしていたら、墓から出てきてぶっ飛ばされてしまう。

 彼女は死んだことについてどう思っているのだろうか。ルトナには恨み言があると思う。けれど、ユノには恨み言は言ってくれまい。だから、ユノは自分自身に恨み言をぶつけ続ける必要がある。


 お前は、何もしなかった。

 お前は弱かった。治療魔法の一つも使えないほどに。

 お前は、檻の中の立場を肯定していた。外に出ていたなら、あの子を自分で買えたのに。


 顔を上げて、街の方角を睨みつける。

 帰宅する。

 そして、キュレアに慣れよう。一刻も早く。



 魔力大龍の発現まであと二日。

 ルトナは懸命に、街の外で、「地属性」の魔法の練習をしていた。

 ユノはキュレアを習得したが、治療所での仕事を続行している。


 ルトナが何も考えず打てる魔法は火属性だ。今も、どれだけ意識して地属性地属性と念じながら打っても、魔力を凝集させるとその空間が燃えて魔法が終わってしまうくらいだ。

 だが、火魔法だけでは足りないものがある。

 それは、物理攻撃力だ。

 端的にいって今のルトナは、分厚い壁を張りながら高速で退避するような敵に、打つ手が非常に限られる。


 魔法はそれぞれのイメージによるものだ。

 使い手によっては、火魔法だけで、質量を持つ火球というかマグマの弾のようなものを生成できるらしい。

 火といってもそれぞれの千差万別のイメージがある。ルトナも練習すれば、マグマを射出する魔法が打てるようになるのかもしれないわけだ。


 けれど、このイメージはルトナにはどうしてもできなかった。正確には、頭でイメージは描けるのだが、実際にマグマ状のものが現出されてくれず、精一杯頑張っても、これまでの火の弾丸(当たったものが燃え落ちる。多少の衝撃はあるようだが、有効なものではない)以上のものにはならない。

 それに、地属性魔法を習得すれば、それより圧倒的な速度で手札が増える。


(と、思ったんだけどな……)


 何度魔法を唱えても、地面が隆起するとか岩ができるとかそういうことはない。チェリネに、詠唱を使っての地魔法の使い方のレクチャーはみっちり受けた。魔法の使い方など商売道具にして部外秘の塊だろうに、親切なことだった。ほとんど最後は泣き落としのようにして教わったのであるが。


 魔法を練習し、魔法を練習する息抜きに魔法を練習する。

 自分の火属性魔法にいくつか名前をつけ、新しい魔法として手札に加えることもした(新しいスキルは、誰でも作れる。そして自分で作ったスキルも、通常の魔法と同じように、支援された状態で発動できる)。

 だが、とりあえず今は、地属性魔法を使えなくては。


「間に合わねえかもな……」


 言っている場合ではない。

 間に合わなかった場合にも打つ手はあるが、その場合は代わりの行動を起こさなくてはならない。

 その行動のタイムリミットは迫っていた。



 魔力大龍の発現まで、あと一日。

 「アナウンス」における「あと十三日」とは具体的にどういうことなのかについて、さまざまな可能性を考えていたルトナは、その対策が無駄だったことを理解した。


「魔力……」


「はい?」


「ユノ、魔力を感じないか?」


 夜の食事の後、宿の部屋で。

 ルトナの感覚には、薄い薄い魔力が、どこかに集まっていくのが見えた。


 いつからというわけではなく。

 食事のさなかも、そういえば変な感覚だけはしていたかもしれない。


 慌てて部屋のカーテンを開けると、空には薄く黒いモヤがかかっている。それが、どこかに集まっていっている。


「……るのですか?」


「うん」


 後を追って一緒に見に来たユノには、見えないようだ。


「ユノに見えないのは悲しいけど、場所と時間についてはクリアらしいな」


 魔力大龍は、その魔力の大きさから、一度会ったことのあるルトナにはなんとなく感じられるようだ。

 この分なら、あと……丸一日かかるような感じはないが、ひとまず今日はゆっくり寝られそうで、発生まであと十時間から二十時間といったところか。時間が近づくにつれはっきりとわかるはずだ。場所については、明日の朝からでも間に合う。


「感じるのですか」


「ああ」


「私は貴方の奴隷です。正当な理由を持つ命令には、従います。今回はその、世界を救う戦いの初陣なのですね」


「うん」


 ルトナは頷いて、神の魔法がなければ死んでいた本当の初戦を思い出した。


「頼りにしてる」



 そして――

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