EX1、とってももしも
「ちょいちょい、見て見てルトナ、よさそうな依頼じゃん!!」
「まずいだろ。それ、中級中位の魔物だぞ」
「大丈夫だって! 私だって、ルトナのお陰で結構強くなってるんだから」
「いくら強くなってるったって、冒険者になってまだ数ヶ月だろうが? やめておけよぉ……」
「そのための仲間、そのためのルトナじゃん!」
「寄生はダメだ。ミル、こっちの依頼にしとこうぜ」
「もう、しょうがないなー……」
「なんで俺がダダこねたみたいになってんの!?」
ある晴れた日のこと。冒険者ギルドの一階の、依頼受付ボードの前で、二人の冒険者が、受けるべき依頼を話し合っている。
名前はルトナとミル。ちょっとずつ実力をつけている、新進気鋭の冒険者パーティだ。
二人は、何度か野山で魔物と死線をくぐり、だいぶ仲良くなった。今の会話を取り出せば、一見、ミルのルトナに対する寄生のような発言にも思われるが、その実、かなり気心がしれた仲間同士のじゃれ合いという面も強い。
ミルの戦闘スタイルは弓兵だ。機動力を活かし、また小技程度の魔法も駆使して、それなりに上手く立ち回る。戦線をひっくり返すような力はないが、それはルトナの仕事だ。無論、ルトナを前線に立たせるばかりではない。ルトナが危険な時は、ミルが体を張ってちゃんとフォローする。わりと噛み合った名コンビといえた。
火力を担当するルトナとパーティを組むまで、ミルがどうやって一人で戦っていたのかは謎だ。
二人のパーティの結成は、一ヶ月程度前に遡る。
ルトナはこの世界で生きるために仲間を探して、けれど仲間は見つからず。
そんな中で、何度目かのミルの誘いを、ルトナは受けた。
すごく嬉しそうにしていたのが記憶にある。女の冒険者は多くない。ミルは、同性で初心者の仲間が本当に欲しかったのだ。
アコルテの列に並び、受注の手続きをする。手続きといっても、アコルテの手際では五秒かからない。軽い応援を聞いて、ルトナの体には力がみなぎる。
そうやって二人で依頼に向かおうとすると、ミルは入口付近の何かを見て叫んだ。
「あ、あーっ、こらこら、またやってる!」
ミルが指を指してルトナに伝える。そこには、ヤグルら三人がいた。
「う、うう……」
「なあ、いいだろ? なあ? 最近も最近冒険者になったセレンちゃんだろ? 教えてやるって言ってるんだぜ。こちらにおわすヤグル様が君に、冒険者としての一から五をな」
「っ、です……」
「聞こえねえなあ? 手取り足取り教えてやるぜえ、へへへ。セッちゃんって呼ぶぜ?」
小さな声で拒絶しているらしいが、セレンと呼ばれたシスターっぽい格好の小柄な少女の声はよく聞こえない。聞こえないことをいいことに、ヤグルはしつこく絡んでいる。勢いよくミルは突っ込んでいく。
「こらこら、何やってんの? また絡んでんの? 結構嫌がってるけど?」
「お、おお、ミルか。それに、ルトナも……」
「お前俺と約束したはずだったよな。新人に声はかけても、しつこくはしねえって」
ヤグルら三人は、たじたじと後ずさった。
大丈夫? とミルが声をかけると、セレンは怯えを残した顔で礼を言った。
「わかった、わかったよ。可愛かったもんで、つい夢中になっちまった。お前には敵わねえよ」
ガハハ、と笑うヤグル。どこか憎めない愛嬌があった。だから、ルトナも溜息で済ませる。
「はあ」
体格のいいヤグルを見上げる。ルトナの背も女としては平均ちょい上、くらいあるが、ヤグルとは頭ひとつ分以上違う。
「全く、変な縁ができちまった」
ルトナとヤグル一味の縁は、ルトナの冒険者としての初日にまで遡る。
ヤグルがいつも初心者冒険者にやっているようにルトナにしつこく絡んだわけだが、ルトナはそれを正面切って否定した。そして、ナンパのやりとりというよりは、しっかりとした喧嘩のようになって、二人は拳で語り合った。結果、謎の友情が生じて、謎の友人関係のようになってしまった。
騙しうちのようなことをしなかっただろうか? やけに、ヤグルはルトナのことを気に入ってしまったようだった。
ギルドの、飲食スペースのほうを見る。何人かの冒険者が、ルトナ達を生暖かい目で見守っている。
ルトナは「俺はお世話係じゃねー!」などの文句が言いたくなったが、我慢した。
ルトナとミルがうまく操縦している現状、ヤグルは徐々に「最低限の実力がある鼻つまみ者」の立場から、「このギルド支部の憎めない奴ら」のようなポジションになりつつある。
元々、素行が悪かっただけで、ヤグルが個人的に世話を焼いている相手とかも、いなくもなかったのだ。
「別に、そのことはいいんだけどな……」
「おいおい、寂しいこと言いやがる。変な縁? 俺達の仲じゃあねえか」
「だったらちょっとは自重を覚えろっ」
再びがはは、と笑うヤグル。しょうがねえな、とルトナは肩をすくめた。
ヤグル一味の眼鏡担当ガリゴも、なんとなく会話に参加してきている。ガリゴはルトナのことが好きらしい。隙あらば話しかけてこようとしているのだが、内気なのでうまく話しかけられないようだ。中身が男の相手に、よくやるものだ。
ミルがセレンの話を聞いている。セレンは小柄なので、少しミルが腰を落としている。辛そうな態勢だが、彼女もアレで鍛えている。いつまでだって中腰でいられるはず。ヤグル一味の美形担当、ザレスも会話に参加して、盛り上げている。ヤグルがいなければまあまあ常識的な奴だ。
ザレスとガリゴがヤグルに付き従う理由も、接するうちに判明した。
彼ら二人は、それぞれヤグルに命かそれに類するものを救われているらしい。
ザレスは一人で冒険者をやって街の外で死にかけているところを、ヤグルに助けられた。ヤグルは貯金をほとんど吐き出して、教会のお偉いさんに、全身ズタボロになったザレスの治療を頼んだらしい。
ガリゴは、零細貴族の四男坊という極めて微妙な立場で、しかも決心して教会で学んだ治癒魔法も微妙な才能という、極めて微妙だった状況の中で、ヤグルにスカウト(?)されて、冒険者としての立場を得た。
なんだかんだで、ヤグルには、身内相手には男気があるやつだった。貧民街出身で、周囲のモラルも含めてどうしようもないほどひどい状況で育ったぶん、仲間を助ける習慣が身にしみついているのだそうだ。
だから、こうして関係性を切れずにいる。
「ひょっとしたら、セレンちゃんとも、組めるような日が来たりすんのかな」
ルトナは独り言のようにぽつりと漏らした。ガハハ、とヤグルは笑う。
「そ、そうだといいですね。で、きれば、ぉ、ぉ俺らも――」
「悪いが、俺の両手は二つでいっぱいだ」
「そ、そうですか……」
どもり気味で相槌を打つガリゴを、軽く流した。清潔感のある、メガネで線の細いインテリ風だからというのもあるが、気持ち悪いとはとても思えない。惚れられてるのは自分だが、他人事のように応援したくなってしまう。
まあ、男はごめんであるが。
……このまま放置せず、なるべく早くに振ってやったほうがいいのかもしれない……。
受けた依頼はうまく行った。ルトナの力で、多少依頼の品をたくさん納入したところ、報酬に色を付けてもらえた。
それ一つで中古の馬車が買えるような稼ぎというわけではないが、地道にやって、地に足の着いた感謝を受け取るというのはいいものだ。
ルトナとミルはハイタッチをした。
ギルドからの帰り道。
最近、中規模の初心者パーティが、中級とやりあって無事生還してきたというニュースを聞いた。
その話題になった。
「どこもかしこもうまくいってんねー」
歩いているミルが、ほにゃっとした笑顔でそういった。「そうだなあ」、ルトナも歩きながら相槌を打つ。
その中規模の初心者パーティとやらは、これを期に躍進するのかもしれない。
あるいは、調子に乗って叩き潰されるかもしれないが、それはそれだ。
どこもかしこも、うまくいっている。
ここ、バルトレイの街の中、ある程度の範囲で、ある程度の物事が進んでいる。
それは何よりのことに思われた。
ルトナは同じ帰り道で、少し大きめの路地の一つで、黒髪金眼の奴隷とすれ違った。
馬車に乗り込むところだ。
「どしたの、ルトナ? 行くよ?」
少し先をいったミルがルトナを急かす。ルトナは、今の奴隷から目をそらすことができなかった。薄汚れてはいるが、綺麗に姿を整えれば、エルフのように綺麗な神聖性を帯びる気がした。でも、彼女はもう別の人間にその首輪を預けているらしい。だから、ルトナと運命が交わることはない。
その場のリーダーたる人間は、どうやら貴族だ。物語のお約束では、奴隷を買う貴族なんて脂ぎった中年と相場が決まっているが、目の前の彼は青年といった感じで、姿もそう悪くない。会話が聞こえてくる。召使いにするらしい。
「奴隷? ふうん。よかったね、あの子。あの貴族様、悪い噂聞く方じゃないし、きっと幸せになれるよ」
そうか。
……なら、それでいいのかな。
ルトナは買われたてで薄汚れた、しかし可愛らしい奴隷から目をそらして、歩き始めた。
ミルの住む宿に帰り、受付の兄ちゃんに二人で挨拶。
風呂に入り、ご飯を食べて、睡眠する。
金を節約するために、ミルとルトナは同じベッドだ。
女冒険者同士ならよくあることらしい。気にすることはない。ルトナはもう、女なのだから。
ミルの寝息が聞こえる。子供のように寝付きが良い。良い夢を見ているのだろう。
ミルと行動することで、ルトナも良い夢を見れている。
冒険者として大成して、エルフとイチャイチャする夢だ。
彼女とならそれができるような気がした。
……星の光が窓から入ってくる。
その星を見ると、そういえばという程度の思いの強さで、思い出すことがあった。
(そういや、この世界に来た理由って、あったよな……)
今となってはどうでもいいことのように思われた。
神様? と、何かを話したような気がする……。
ミル達との日々が楽しすぎて、それを忘れてしまっていた。
(別に、いいのかもしれないな)
ああ、そうだ、けれど、約束だし、力を返さないといけないのかもしれない。
神殿に挨拶に行こう。どうなるかはわからないが、神に力を返して、ミルと同じ視点から、冒険者をやっていけばいい。彼女は飽きたらそうしてもいいって言っていた。
現状が不自然なのだ。不自然を自然な形にしよう。無理はせず、他人に迷惑をかけず、死にそうな目になんかあわず、常識的な行動を取って、常識的な日常を過ごし、常識的な将来像を描くのだ。
使命は、次の人に任せる。この早い段階で放り投げれば、まだ迷惑というほどでもないだろう。
もしエルフでなくなってしまったとしても、このままやっていけば、一生に一度くらいは、エルフと相まみえることもあるはずだ。丹念に実力を磨いていれば、ある程度は対等に会話になるはず。たぶん。それで口説けなければ、それでいい。そういうものだ。
そう、決心した。
けれど。
その時だった。ルトナの視界に、大きく「日本語」が映し出されたのは。
戦わなくてはいけない敵が、敵のほうからルトナを追いかけてきたのは。
近辺 で
魔力残滓の胎動を感知
新たな魔力大龍発生 まで
あと 1 3 日




