18-1、成果と前夜1
魔力大龍の発現まで、あと四日。
数日間、ルトナはユノと新しく作った練習メニューをこなした。
大したものではない。簡単な筋力トレーニングをした後、指先から小さな炎を出すことを千回程度繰り返し、魔力をある程度使ったあと、一人で練習をしているユノと合流して、半径三メートルの範囲で鬼ごっこをする。
細かい注意事項はいくつかあるが、基本はこんなところだ。
こうして、学校での成果は一日のサイクルに馴染ませた。
そろそろ最後の情報を仕入れる時だった。
ルトナは、チェリネの家を訪ねることにした。
チェリネの家は、意外にも閑静な住宅街にあった。中流くらいの家が集まる通りだ。
魔法の練習をしたり、魔法が暴発したりすると大迷惑になりそうなものだが、それとも案外このあたりの家は全て冒険者の借りた家だったりするのだろうか。
レンガの並びを通り抜けた先にある、家の門をくぐり、がらがらと呼び鈴を鳴らし、チェリネの名前を呼ぶ。
すると、三分くらいで、淡い色の髪、淡い色の服装の、チェリネが現れた。
「来たな迷惑エルフ」
「迷惑エルフってなんだよ」
「迷惑エルフは迷惑エルフでしょ。迷惑エルフ以外のなんなんですかね。私これルトナの二つ名にしようと頑張ってるので。……あいた! いった~~~!! チョップした! 今チョップしたチョップ!!」
手を出したルトナも悪いが、騒がしい。
しかし、一悶着した後、チェリネは目ざとく気付いた。
手土産として、アコルテから聞いたところによる、彼女の大好物を持ってきたのだ。
「酒」
ルトナは酒を突き出して見せびらかす。
カバンいっぱいに、瓶を入れてきた。エルフの筋力ゆえに重くはないが、両手で抱えるようにして持っている。チェリネは、果実酒が好きらしい。安酒ではないが高級ではないものを適当に酒屋のおっちゃんに包んで貰った。
「(ごくり)……おやおやありがたいことで……では頂き……ちょっと?」
チェリネが伸ばした手を避けるように、ルトナはお酒の入ったカバンを後ろにやる。
「それ、手土産じゃないんですか? 通りがかりで見せびらかしに来ただけとか言ったらぶっ飛ばしますよ、マジで」
数回だけだが、彼女の手をかわして、猫をあやすように遊べた。からかわれてることがわかったのか、もう手では追わなくなったが、その状態で目の前でぶらぶらさせると、キレそうになっている。
(……ちょっと面白い……)
からかってしまってからハッとした。怒らせてはしょうがない。慌てて取り繕う。
「悪いが、ただやるってわけにはいかない。……一緒に、話しながら飲んでもらうからな」
「ふーむなるほど。いいでしょう。この私に対する相談料としては、充分に相場通りだ」
うまくごまかせたようで、チェリネは、魔女帽子のつばを持って傾けて、にぃっと笑った。
「……安心しました。良い面構えになったじゃーないですか、新人君」
「で、用は何です」
リビングに通された。
まずチェリネが台所に潜り、せっせとチーズやクラッカー(のようなもの)やナッツや簡単な料理の準備を始めたため、慌てて止めた。飲む気まんまんだったようだが、べろんべろんに酔われては困る。
ちなみに宿屋のピコ経由で知ったことだが、この世界の未成年飲酒は法律違反ではない。
それぞれの家が、「子供の体には悪い」という基準の元、自主規制をしている。目安は成人の十五歳だ。飲ませる家は三歳から飲ます。
なので、ルトナも、半端に並べられたおつまみと、氷を入れたグラスで、果実酒をちびちびと頂いている。
「魔力大龍について知りたい」
ルトナは直球をぶん投げた。
敵を知り、己を知れば百戦百勝。
だが、チェリネは黙って答えるつもりがないようだ。急に視線を鋭くして、
「なぜ?」
と問いかける。
「自衛のためならいいんですがね。そうでないならわざわざ知りたがる意味がわからない。魔力大龍を追う意味はなんですか? 厄介事はごめんですよ」
ルトナは落ち着いて答える。
「自衛のためだよ。この世界に生きてるなら、魔力大龍のことは知っとかなきゃまずいだろ?」
きゅぽきゅぽと数杯手酌で飲んで、すでにチェリネの顔はほんのり赤くなり始めているが、酔っている様子は全く見られない。
「嘘だな。殺すぞ。ちゃんと言え、協力を請うてるんだろ」
「……魔力大龍を倒す必要がある」
「それは、エルフだからか?」
「?」
「……まあ話せる範囲でいいや。そこまでが話せる範囲?」
「……ああ。あ、いや。あとは、急ぎだ」
「なるほど、ね」
相槌を打ったチェリネの今日の服装は、端的にいうと部屋着だ。ルトナが訪ねてきてから、一応ローブをその上から羽織ったが、帽子も被ってないし杖も持ってないし、何よりへんてこなコーディネートだ。なのに、かなり貫禄がある。
間近で見るとそれなりに端正な顔つきだ。まつげとか、長い。かつての加藤の学校の制服を着ていれば、街中を歩いていて振り返らない男はいないだろう。水色の髪だからだが。だからだろうか、妙に逆らい難いオーラがあるのは。
ルトナは、正直に向き合わざるを得なかった。
「図書館に行っても、何もなくて」
いうと、チェリネは相好を崩して、
「くすっ。あんなとこ行っても、何もないと思うぞ。魔力大龍狩りは教会の領分だから」
話を引き出せるようになったのを感じた。
「教会の領分、ねえ。そこはやっぱりあれ? 他所ものの私が、『そうやってどこそこの領分って任せっきりにして連携を取らなかったから、たくさんの人が辛い思いしたのよ!』って、説教かましてまわったほうがよかったり?」
ルトナの適当な冗談に、チェリネは冷たい反応を返す。
「好きにまわってみたら良いんじゃないですか。魔力大龍狩りをあの手この手で独占してるのは教会側です。最悪ルトナが教会に消されますよ」
「そりゃヤバイ」
誰が好き好んで宗教の親玉を敵に回そうというのか。
「ちなみに、独占するのはなんで?」
「公式の声明は被害を出さないためだそうですね。疑う奴らも多いですが、私は大枠では特に疑いを持ってません。だって、殺したら消滅するんですよ、魔力大龍。素材もねえ、何か回収できるわけでもねえ。それをそれなりの金かけて討伐してるんです。一応教会には冒険者としてかなりお世話になってるので、というか教会にはってか治療所にですけど……魔力大龍に関してはそれほどあくどいことやってるイメージはないです」
「なるほどな」
この世の全員が信じてるってわけじゃないですがね、とチェリネは付け加えた。
納得した。ルトナも一旦それを信じることにする。
だが、聞くと、いかにもヤバそうに思える。徹底して魔力大龍狩りに関しては、規制をかけているのだろうか。
「たとえば、私一体狩ったよ、とか言ったら教会から指名手配されるのかな?」
だが、そっちの方向の視点にも、チェリネは首を振る。
「大丈夫でしょう。実力者とは情報を通貨にして連携を取っている。責任持って頑張ってるだけですよ。少なくとも、今私が知ってる情報の限りでは」
「無責任な行動を撒き散らしたら、敵対者になる、ってことでオーケー?」
「そんな感じです。実際確か、そんな事例があったようななかったような……?」
とりあえず、ただ戦っているだけで、教会が敵に回ることはなさそうで一安心だ。今回はそのための時間はなかったが、今後慎重に連携を取ってもいいかもしれないくらいだ。
「じゃあ、これまでの個々の具体的な魔力大龍について」
ルトナは話を次に進めた。
「チェリネ、何か知らない?」
「個々? 魔力大龍がそれぞれどういうものだったかですか?」
「うん」
言うと、ソファに背中を預けて、腕を組んで想起。
「そうだなあ、まあ私に相談したのは良いことですね。基本的に口止めされていて、情報もろくに出回っていない。だが、私はベテランだから、何体も会ったことがあるし、一体くらいは聞いたことがある。私が存在を知っているのは、芋虫というか蚯蚓というかなやつと、猛禽のような形のやつと、あと、ダチュラムシみたいな感じのやつですかね」
「ダチュラムシ?」
「見たことないですか? 野山とかにいて、突っつくと丸くなるんです」
(……ダンゴムシみたいな感じかな?)
聞いた話だと、なんとも反応に困る感じだ。
ルトナが遭遇した獣型を合わせても、特に傾向のようなものも感じられない。
「そもそも、そいつらって強いのか? 虫二つと鳥一つって、全然強いイメージ持てないんだけど」
「どれも最悪レベルの被害をもたらしたようですよ。猛禽の魔力大龍とは直接やりあいましたが、空を飛べる構造の生物に風魔法を持たせてはいけないと強く思わされました」
「ふーん、最悪レベルの被害ねえ」
「芋虫の魔力大龍は本当に大変だったそうで、ほとんど私、物心着いた頃くらいに噂を聞いたんでアレですが、小山くらいで、ごろごろうねって動くし、地属性魔法もバンバン使って、騎士団と聖騎士が連携を取ったのに、半壊みたいな感じになって」
「ああそういう……でかい芋虫は怖いね……」
想像の中で、巨大な芋虫に踏み潰される騎士団を思い描き、黙祷した。
だが、一つわかったことがある。
魔力大龍の被害の相場は、どうやら軍人への被害の数の多さで測るもので、街に攻め込んできたような奴はいないようだ。
それは、軍隊の力さえあれば食い止められるということで、ルトナ達だけでもなんとかなるのではないかという希望になる。
最も、何体も魔力大龍を倒していった果てに、どうなるかはわからないが。
そして、これも収穫といえば収穫だが、魔力大龍は魔法を使うらしい。
ルトナは、ここで紙とペンとインクを取り出した。ピコに対していくつか売ってくれと頼んだら、普通に分けてもらってしまったものだ。
「次の魔力大龍の予想とかって、つけられるかな?」
聞いて、チェリネはうんざりした顔になる。
「つけられるわけないでしょう。魔力大龍は確かに我々がどこかで見たことのあるものにしかならないようですが、どんな姿を取るかなんて、わかるはずがない」
「ですよね。でも、そこで終わらせちゃまずい。……しょうがない。樹形図を書くから、協力してくれ」
「は? 何の?」
ぴっぴっと線と単語を書いていく。書くのは、ひらがなとカタカナである。
「存在しうる魔力大龍の場合分けだ」




