17-3、超速学園生活3
冒険者は前衛士、弓兵、魔法使いに大別される。はじめの授業で聞いた言葉だ。
兵士や将軍など含む軍人にも適用される分類らしいので、冒険者の区分というより戦闘者の区分なのかもしれない。
前衛士は、文字通り前衛で物理的に攻撃を行う剣士や騎士。弓兵は、弓を使って中距離攻撃をしたり、トラップを仕掛けたり解除したり潜入捜査をしたりする職業全般。魔法使いはそのまま魔法を使う者たち。
「聞いたこともない」、「本来はありえないこと」、こんな感じでぶつぶつ言いながらも、マティウスはルトナの決闘に応じ、学校の施設、「闘技場」へと同行した。律儀な教師だ。
「では剣を取れ。なしならなしでいい」
闘技場は広く、ルトナの学校の体育館の二倍くらいあった。イベントごとがあれば、活躍するのだろう。今は人がいない。授業中の時間だからか、他には数組が、練習なのか、模擬刀で殺陣を繰り広げている。
入り口付近に、各種用具が置いてある。西洋剣の形をした模擬刀は、その備品の中の一つだ。
マティウスの魔力は最低限だ。マティウスはおそらく前衛士。魔法を使うとしても、前衛士よりであることは揺るがないだろう。弓兵の技術は、決闘にはあんまり関係ない、はず。
ルトナを分類するのなら、前衛士も可能な魔法使いといったところか。何か特別な呼び方があるかは知らない。
この二人の組み合わせなら、剣で戦うのは無難なところだろう。魔法を使えば、間違いなくルトナはマティウスを瞬殺する。
言われたとおりに、剣を取った。
「何か勘違いしてはいないか?」
「?」
マティウスが一定の距離を取って、ルトナに話しかけてくる。
「私は冒険者学校の教師だ。君のような調子に乗った生徒を最初に叩き潰し、野で叩き潰されて野垂れ死にしないようにするのが私の仕事だ。……魔法も使え。叩きのめしてやる。それが私の責任だ」
よほど、自信があるらしい。ルトナは気を引き締めた。
魔力量はその人間の強さを規定しない。ルトナが通り魔をしたチェリネは、高すぎない魔力量に反してしっかり手強かったし、ルトナよりはるかに魔力量の少ないキリエラは、一瞬でルトナを組み伏せた。
「お前の責任なんて知ったことかよ。魔法を使うかどうかは私が決める」
どう転ぶかわからない。
使うという言葉すら、与えないほうが良い。
「ふん。勝手にしろ。では、今から私がこの鍵を空に向かって放り投げる。落ちたと同時に決闘開始だ。立会人がいれば良いのだが、他の先生方をこんなくだらない決闘もどきに付き合わせられん」
あくまで決闘にはならないはずだというポーズを取り続けるマティウス。
「教科書の約束、踏み倒すなよ」
「そちらこそ。私が勝ったらお前には何をしてもらおうか。そういえばお前、いやらしい体をしているな。今はこうして教員をやってる以上、ある程度行儀よくしてやってるが……へへへ、昔の血が騒ぐな。オレの下の世話でもして貰おうか?」
手のひらを天井に向けた両手をわきわきとさせて、マティウスは吊り上げるような笑みを浮かべた。これを聞いて、ルトナはもう苦笑してしまった。
(どいつもこいつもご機嫌なこった。「私」の中身が男だとも知らんでな)
勝てば強くなることができる。負ければ犯される。
悪くない。
負けなければいいんだ。
お互いに準備は整った。
長すぎない剣を片手に持ったマティウスは、なるほど言うだけあって、一筋縄ではいかなそうな感じはある。ずる賢い戦い方をしそうな構えだ。
ルトナは小さな剣を一応左手に握るが、初めから剣を使うつもりはない。戦いの途中で投げるかなにかする予定だ。
マティウスが鍵を投げる。鍵は、空で放物線を描き、マティウスとルトナの中間地点から少し横にずれた辺りに落ちて――
次の瞬間、電光石火の勢いで踏み込んだルトナはマティウスの顔面を右ストレートでぶん殴り、
「がぎょっ」
反応さえできずにマティウスは吹っ飛んだ。
決闘開始で、決闘終了だった。
決闘にはこれで勝利ということで問題なさそうだ。
マティウスは完全に気絶している。
参った。気絶させてしまっては、教科書にたどり着けない。
(……俺は、やっぱりある程度強いんだな)
だが、それでも手の届かない領域があって。
それには、まだまだ立ち止まることはできそうにない。
マティウスを揺らす。脈はあるし、死にはしないだろう。先生、起きて下さい? ひたすらに声をかけながら、ひたすらに揺らした。
十秒くらいだっただろうか、一分くらいかかっただろうか。やがて、マティウスは起き出した。
「オレは……負けたらしいな。反則だろ、あれは。魔術がかっ飛んできたのかと思った」
「とりあえず、決闘の敗北の……」
「ああ、わかっているよ」
マティウスは苛立たしげに金髪の頭をかいた。これでは教師失格だな、とぼやいている。
「だが、一つだけ覚えておけ」
「はい? あの、決闘の敗北の……」
「オレは昔強かった。半端にな。そして、途中で強くなろうとすることをやめた。強かったからな、半端に。一番伸びる時期に半端なところでやめたんだから、そりゃ、一生半端なまんまだ。なんとかここの教師として飯は食ってけてるが、入学三日の新人にこんな具合にやられる始末」
「……」
「こうなりたくなければ、せいぜい努力することだ」
そこまでまくし立てると、マティウスは人差し指を鍵に向かって差した。
「その落ちた鍵は資料室奥の扉の鍵だ。持っていくが良い」
ルトナは簡単に礼をして、その鍵を持っていった。
☆
資料室の扉は、渡された鍵で確かに開いた。
中はもう一つの書庫になっている。
マティウスは約束を履行したわけだ。
(……まあ、話は聞いといてやるさ)
どちらにせよこれでこの校舎にはもう用がない。これまでのテキストの読みやすさにも関わらず、残りのテキストが全てゴミみたいなものであるような奇跡がなければ。いや、それでもむしろ二度と来ないかもしれない。
二度とここの人間と顔を合わせることはないだろう。
書庫には配布用の教科書が山のように積み重なっていて、墓場のようだ。
教科書を誰が書いているかは知らないが(前の世界の教科書のような著者欄はなかった)、マティウスのような人間がたくさん関わって、少しでもマシなものにしようとして書かれたものなのだろう。
それは恐ろしいほどに積み重なった、過去からの手紙のように見えた。
ちょっとした量の複数の教科書を胸に抱えて、ルトナは資料室から出た。
すると、そこにいたのはファーウルだった。
どうにも偶然らしい(おそらく次の授業への移動中だ)が、タイミングが良すぎるし、それが重なりすぎている。
ルトナは嫌悪の表情を顔で作った。
「お前……」
「いや、ほんとに偶然だって! まいったな、嫌われてしまったみたいだ」
慌てて取り繕うファーウル。その慌てている様子を見るとおかしくなって、ルトナは軽く笑った。
「冗談だよ。マジで今回は助かった」
かなりしつこく話しかけてくるものの、別に無理やり肩を掴んでくるような真似もしてないし、決闘制の情報を知ったのはこの男経由である。一言礼を言うくらい問題はないだろう。
「……人が悪い。からかわれる経験があんまりないんだ。お手柔らかに頼むよ」
言いながらファーウルはちらっと教科書に目をやった。事態を理解したようだ。
「それは無理だな。もうこの校舎来ねえし」
「そうか。知り合って間もないけど、寂しくなるなぁ」
「私は特に寂しくならねえけどな。少しは下心を隠す努力をしろよ、お前」
「僕だって、別に口説くだけが目的じゃないさ。君が教室に溶け込めるよう、努力してたつもりだ。貴族としての仕事をこなす傍ら、ちょっとずつ通っているから、少しずつ古参のような立ち位置になっていたんだ」
「でも口説ければ口説くんだろ?」
「まあ、それは。君のように美しい女性を見て、手を伸ばしたくならない男なんていないさ」
一切悪びれないファーウルの表情に、むしろ笑えてきた。
そいつはどうも、と適当に流す。
さて、のんびりと話している場合ではない。
一度消えてなくなったかのように感じたタスクが、こうして手の中に文字通り山のようにある。
特に目の前の男にも興味はない。
ただ、別にこいつをこの学校に通ってできたたった一人の知り合いとカウントしても問題ないだろう。完全に信頼できるかは知らないが、そんな深い信頼は、ただの知り合いには不要だ。
「じゃ、また会ったらな、ファーウル君」
「ああ。またね。ルトナ君」
☆
手に入れた資料を、帰宅してユノと精査する。
そこにあったのは、山のような情報だった。
筋力トレーニングには限界まで力を使うことが必要である。
ただし、筋力には二種類ある。速筋と遅筋である。一度にはどちらかしか鍛えることができない。
魔力を上げるには使う必要がある。ただし、筋力トレーニングのように限界まで使う必要はない。
大体所持魔力の半分程度を使えば、少しずつ魔力は伸びていくとされる。最適なトレーニング量はまだ模索しているところだが、
魔力を使いさえすれば、使い方は問われない。ただし、技の訓練については別だ。さまざまな方法を、さまざまな状況で練習していくことをすすめる。
過去の英雄が行っていたとされる魔力トレーニングの方法について。
装備の種類。
初心者が行うべき装備。
応急処置の方法。手順。薬草。人体構造の基本中の基本(これに関してはルトナの知識のほうが正確だったが)。
対人格闘戦の基本。対魔物格闘戦の基本。対人魔法戦の基本。対魔物魔法戦の基本。
……。
日が暮れて、夜が更けても、二人は話し合いながら自分たちが行う鍛錬の方法を紡ぎ続けた。




