17-2、超速学園生活2
……。
控えめに言って、「は?」という感じである。ルトナは物凄い表情になった。
「いや、おかしくないですか。授業を受けたいと言ってるんですが。サボりたいじゃなくて」
「わかっている。しかし、授業への参加は明日からだ。これは規則である」
「……例外を適用することは」
「できない。これは規則である」
ルトナは一瞬本気で殺意を込めて睨みつけてしまったが、マティウスは平然としている。その平然とした態度を見て、ルトナは慌てて勝手に蠢き出した魔力を止めた。何をしているんだ自分は。暴力生徒というレベルではない。洒落になっていない。
しかし、これまでは好意的なムードだったではないか。困惑の気持ちはやはり強い。
内心の疑問を押し殺しながら、それでも今のこの立場ではどうしようもないので、ルトナは退出した。
午後は授業で潰す予定だったのだが、外れてしまった。
予定外に急に開いた時間。仕方なく、上級の魔物に関する依頼を受注して、鍛錬兼金銭の足しにする。
やれることはなんでもするつもりでアコルテに相談したが、アコルテは学校の内情まではわからないという。
(そりゃそうか)
☆
残り、八日。
冒険者学校の授業形態は、何から何までルトナの常識と外れていた。
まず、いつ学校に来ても良い。席も自由だ。
そして、好きな授業を受け、簡単な小テスト(記述式に限らない)をパスすると、その授業に合格したことになり。
そして、一定数の授業に合格すると、晴れて卒業となる。
(時間割を好きなように組めるっつーか、もうこうなると時間割じゃないよなぁ)
学校というか、ルトナにとっては塾の夏期講習のような感じが近い。
こんなめちゃくちゃなものでいいのかと思う反面、冒険者として食い扶持を稼ぎながら通うのであれば、この形態もやむなしとも思われた。
冒険者として暮らすのなら、依頼をこなす必要があるのだ。
卒業する必要がないのではないかとも一瞬思われたが、この学校を卒業するメリットはちゃんとあるようだ。それは、この学校の卒業によって、受付嬢から無条件で信用を得られること。
依頼を受注できるかどうかは、現在受付嬢の判断に任されている(書類の名義的にはそのギルド支部の支部長だったはず)。そして、誰でもギルドに来れば冒険者になれるわけだが、冒険者になりたての人間に、超上級の魔物とやらせるはずもなければ、最初のうちは魔物とやらせることすら避ける受付嬢が多い。一般的にその収入では、ちょっとした期間、極貧生活をせざるをえない。
そこで、この学校を卒業すれば、慣例として、一定のレベルの依頼までは、受付嬢は断らなくなる、らしい。
(俺には関係ない話だけどな)
アコルテを最初に選んだのはそれなりに幸運だったようだ。
授業は、当然最初の授業から来た。治療所に勤務しに行くユノと同時に宿を出る時間帯だ。
教室は狭いが、狭いがゆえにまあまあ埋まっている。教室の規模は二十人で、埋まっているのは六割くらいだろうか? 同時並行の授業は三つ。人数的にはおかしくはない。
教室には特筆すべき事項は特にない。高校や塾のものと、そう変わらない。机が長く、複数の椅子で共有する形式だが、これは一度塾の教室で経験したことがある。
あとは黒板が絶望的に汚くて、これはあんまり発達していないチョークを使っているのだろうと思われた。下手したら、粉末を吸わないほうがいいかもしれない。
(結構埋まってるほうなんかな?)
ルトナは迷わず後ろのほうの席を見た。
一番後ろが開いているので、そこにした。
椅子に腰掛けてから、ルトナは気付いた。
(……って、もう前の席でもいいのか)
前の世界での癖がそのまま出てしまっていた。
加藤の持病は、非常に酷いだるさ、倦怠感をもたらすものだ。授業中に「発作」が出ると、机に突っ伏して食いしばるようにしながらノートに聞き取った文字を書いていくことになる。
大体の教師は理解をしてくれていたが、たまにいたのだ。そうなった加藤を、不愉快そうな目で見る教師が。
あれでは前の席に座れるはずもない。無論、仕方のないこととはいえ、自分の都合で進んで不快にさせる趣味もない。席替えがくじで決まるような場合は、担任と話して、最低でも真ん中くらいに交換してもらった。
今はその必要はない。最前列にぴしっと座って、理想の生徒を演じることだってできる。
(ま、別にこっちでいいんだけど)
後ろに慣れているし、前の席は黒板を見るのにエネルギーが必要だ。
そうして何事もなく授業が始まるかと思われたが、ルトナが来てから授業が始まる前に、少し遅めに一人の男が入ってきた。
前の扉からなので一瞬教師かと思ったのだが、違うらしい。一番後ろの辺りまで迷わず来て、ルトナの姿を見ると、ルトナの隣に座った。
他にも空いているから、仕方なくという形ではない。逆に、座っても不思議じゃない程度の距離感で座っているので、気味の悪さはないのであるが。
男は、背が高く、青髪。背の高さは、座っているから感じないが、おそらくルトナが並んで立つと圧倒されるような高さのはずだ。瞳は緑がかって黒い。顔もかなり整っていて、気品がある。
「やあ、こんにちは。新入生だよね?」
話しかけてきた。ルトナはおそるおそるこんにちはと返す。
「僕はファーウル。名字はここではないよ。しばらく前からここにいる。君の名前、聞いてもいいかな?」
さらっと名前を聞かれてしまった。ちょっと悩んだが、名前を答えてはいけないはずもない。
「ルトナ。……あー、ルトナだ。今日からここでしばらく世話になります」
ルトナの人付き合いの経験は薄い。かなり戸惑っているし、なんとも変な言い回しになっている気がする。
ファーウルはぎこちないルトナを見てくすっと笑った。
(なんかいけ好かねえ感じのイケメンだな。いや、もうここまで顔が良いと最早なんでも似合うが)
こうして間近で見ればわかるが、この世界に来て会った男の中で最も顔がいい。自分が殺したヤグル一味の一人もかなり顔がよかったが、あれとは比べ物にならない。
死人と比べるのが不謹慎ならば、奴隷商人イザニ・ミストーリと比べたほうがよいか。イザニもなかなか線の整った青年であったが、かなり綺麗な正統派美形のファーウルと比べてしまうと、やはり分が悪い。
「何かあったらよろしくね」
「……わかった。こちらこそ、よろしく」
ちょうど自己紹介を終えたタイミングで、授業が始まる鐘が鳴って、マティウスが教室に入ってきた。
マティウスが非常に劣悪な紙を綴じた教科書を人数分配布し、授業が始まった。
☆
この世界には、スキルと呼ばれる技術体系が存在する。
スキルとは、名前が付けられた、技だ。使うことを意識して、言葉として口から出すことで、発動する。
誰でも名前さえ知っていれば使えるというわけではない。ある技術を使える者が、その技術に名前をつけ(もしくは元からついている名前を使い)、口に出して発音すると、より強力な形で発動されるものだ。
名前を口に出して発動させる――お察しの通り、魔法はスキルの一部だ。
もっとも魔法の場合は、強力な形で発動されるというより、(無詠唱が基本のルトナにはわからないが)魔力の変換に何らかのバックアップを受けているという感覚なのだという。なので、技術力の関係上、無詠唱では詠唱できない人間が多数存在する。
また、全ての魔法は過去最高の魔法使いが開発したスキルであって、発動する技の自由度がかなり高い。そういうふうに作られているのだ。つまるところ無詠唱とは、他の存在からのバックアップなしで魔法を発動させる行為である。
名前の付け方はいろいろある。人によって違う。
この世界の表音文字(前の世界におけるカタカナ)のみで付けるものもいるが、この世界の表意文字(前の世界における漢字)に、表音文字のふりがなを付けて作る者もいる。
スキルを使う際には、なんらかの存在の支援を受けているという見方が有力である。けれど、何が支援をしているのか、どういう手段で支援されているのかは不明だ。
魔力によるものかもしれないし、魔力を介して何かをしているのかもしれない。だが、このことは誰もわからない。
初代冒険者ギルド所長にして最強の冒険者の、“偉大なる”ノートリアスでさえ、このことに関しては何も言い残していない。
もし興味があったら、君たちもこれからは冒険者なのだから、真相を解き明かす冒険をしてみろ。この言葉で、講義の内容は結ばれた。
授業終了の鐘が鳴っている。
ルトナはインクとペンで簡単に配布された教科書にメモを取りながら(漢字とひらがなを書くとテキストの文字と絡んで脳が混乱してしょうがないので、この世界の言語で取った)、収穫に興奮した。
これは、知らなければどうしようもないし、かといって誰かに聞いて回るのも面倒なものだ。それを纏めて学べるのは、かなり良い。
残念なのは、テキストの続きはもうないことだ。マティウスが「入学式」の際に話していたように、授業のたびに必要な分だけ教科書が配られるらしい。
授業の時間は一つあたり、体感三十分から四十分といったところだろうか。短くはないが、明らかに高校の頃より短い。教育が苦手な人間も受けることができるように、前の世界の常識的な時間よりも、結果として短くなっているのだろう。
この授業で入手できたのは、スキルやらの話だけではない。少なくとも戦闘知識周りの授業の内容には価値がありそうで、安心した。
ふと周りを見渡すと、ファーウルは字が綺麗だが、自分を挟んで反対側の、ひょろい感じの男はめちゃくちゃ字が汚い。その上苦労しながらメモを取っているのが見て取れる。学校に通って学ぶ能力ってのも一つの技能なんだな、と感じる。
(……人を見てる場合じゃねえな。こいつも多分がんばってる。俺もやらねーと)
来た甲斐があった、と思わされた。こうしてはいられない。席を立つ。
少しずつしかテキストを貰えないから、少しずつテキストを貰っている場合ではない。
(教科書を、交渉して、全部頂く)
学費は払っている。その権利はあるはずだ。
「ルトナちゃん、字上手いね」
しかし、立ち上がったルトナの勢いを削ぐように、話しかけてきたのはファーウルだ。
「そりゃどうも。でも、貴方もかなりのもんだと思うよ」
「いや、僕は……いや、ありがとう。嬉しいよ。どういうふうに文字を習ったのかとか、聞いていいかい? だって、貴族の僕よりも上手いよこれきっと」
雑談を仕掛けてきているのがわかった。
ルトナは適当に、聞かずに流した。面倒くさい。
休み時間はどのくらいか具体的にはわからないが、無限の時間のはずがない。
ルトナはまず、書類で存在を知った、資料室に小走りで向かった。
資料室は、L字型になっているこの校舎の、教室から見て反対側に存在する。階は同じ二階だ。
生徒も利用するためらしい部屋なのだから当たり前だが、鍵の類はついていない。早速入ってみると、中は簡単な図書室のようになっている。
(……図書室ってほどじゃねえか。本が少なすぎる。まあ、高価だろうからな)
やはり、左うちわの経営ではないのだろう。資料室はどこかがらんとしていた。
どちらかといえば、通り道という感じですらある。
教科書は、……ない。
施錠された扉があり、外からは入れず、そこだけは怪しかったが、鍵など持っているはずもない。
こうなれば教師に突撃するしかない。一階の教員室に行き、マティウスに直訴した。
だが。
「規則だ。教科書は一度に全て渡せない」
「なぜですか? 私は今のペースでは足りないんです。もっと、勉強したい」
「規則だからだ」
これの繰り返しで、どうしようもない。
しつこく食い下がると、マティウスは顔を近づけて、ルトナを威圧するように低い声で言った。
「なぜか、教えてやる。お前のような調子に乗った生徒を、最後まで学校に縛り付けるためだ」
☆
教室では、授業が進んでいる。
さっきの授業は「戦闘基礎」であり、今の授業は「魔法基礎」だ。
マティウスとは違う教師から、魔法の基礎が語られていく。
魔法属性は、熱量を操る火属性魔法、運動を操る風属性魔法、液体を操る水魔法、固体を操る土魔法が基本四属性としてあり、それらの発展、あるいは複合、またあるいは全く関係ない独立した事象を起こせる魔法が、特殊属性として存在する。
この中に魔法を使ったことのある者は何人いるか?
大体半々程度ですね。それでは、簡単にレクチャーしましょう。一度魔法を使ったことがあっても、他人の基本的な魔法の使い方を見るのはマイナスにはなりません。以下略。
行われていく授業を聞きながら、ルトナは机に突っ伏した。
魔力大龍やヴァインシュタインと比べればマティウスの威圧など気にするに値しない。なので、あの後も気にせず交渉したが、ダメの一点張りでどうしようもなかった。
(……このまま授業を受ける必要があるのか?)
ルトナはマティウスの言葉でようやく理解した。一度に教科書が全て配布されない理由を。
冒険者というのはとにかく血気盛んなイメージがある。そして、実際にそのイメージは正しいはずだ。
この学校に通う生徒は、教科書を全て配布すると、それを適当に読み流しただけで、街の外に出てしまうのだろう。
過去に実際に事故が起こったのかもしれない。
だから、ルトナも縛りつけられる。
正直、クソすぎてクソすぎる。
☆
一日の授業が終わった。
ルトナは、かなり体力を消耗させられた。
授業を受けること自体は前の世界で慣れている。
しかし、わけのわからん理由でマティウスにクソみたいな言葉を吹きかけられた上に、ファーウルがなんとなくつるんできて、全ての授業で同じだったわけではないが、一緒になった授業ではやたらと話しかけてくる。
今も、隣でファーウルはルトナに微笑みかけている。
この学校での新入生は転校生のような立ち位置だ。そんな立ち位置なら、他の奴らがもっと寄ってきてもいい気がする。
けれど、そういうことはない。誰かが割り込んできてくれるだけでずいぶんマシなのだが、そういうこともなかった。
ルトナは足りない人間関係の経験を総動員させて、理由を考えた。
周りを見渡す。ルトナとファーウルは、この教室の中で浮いている。他の冒険者たちは、服を買ったばかりでぴかぴかしている感じのルトナに比べればもう少し汚れた格好をしているし、ファーウルに比べれば圧倒的に気品がない。そこを考えれば、一人いる獣人の生徒もまあまあ浮いている。
そして、他の奴らはある程度会話をしている。
では、ファーウルやルトナは無視されているのだろうか?
それはない。
ファーウルは顔が広く、挨拶の相手に事欠かない。
それでは、純粋な親切かというと……
ファーウルの視線は、気取ったふうを装っているが、実際のところ他の男と大差ない。遠慮がちではあるものの、充分にルトナの性的な部位に視線をやっている。
材料は揃い、ルトナの推理は完成した。
(こいつは、顔がいい。そして、今の俺の体も、顔がいい。だから周りが勝手に「そういうもんだ」と理解して、こいつの好き放題にさせているんだろう……クソオブクソオブクソだなっ)
冒険者になりたいんだろう。周りを味方につけて女を口説いている場合なのか、こいつは。
こんな感じのこちら側の内心と、しっかりした拒絶にもめげない。
「ところで、こうして隣になったよしみに、美味しい喫茶店があるんだけど……」
「そうなんだ。一人で食べに行けば?」(めんどくせえええ)
学校に来たのは間違いだったのかもしれないと、ルトナは思い始めた。
しかし、誤算が一つ判明した。
「めんどくさい」のは、ファーウルだけではなかった。
ルトナは、どこに行っても声をかけられる。
ファーウル一人なら「やっぱエルフの美貌って凄い、エルフであることに神に感謝」で済むというのに。
授業の一環で簡単なグループを組まされても、廊下で一人でいても、教室を移動中でも。上手い奴はさりげなーく距離を詰めてきて、ヘタな奴はルトナの体しか見ずに謎の誘いをかけてくる。
道端で話しただけの奴と一緒にお茶をするバカがどこにいる? ファーウルはまだ段階を踏んでいた方だったらしい。
冒険者になるくらいだからフットワークが軽い連中が多いのだろうが、それでも、数が多すぎる。胸しか見てない男に声をかけられて、友人にでもなれというのだろうか。
「もうめんどくさいぃ……」
残り、七日。
翌日の三つ目の授業の後、使われていない更衣室で一人になったルトナは、ぼやいてため息をついた。
今日はファーウルはいなかったが、彼がいなかったからこそたくさんの声がかかり、大変ありがたい有様だった。
女子トイレは、人が入ってきたので早々に追い出された。男子トイレを使うつもりはなかったが、女子トイレも、見知らぬ異性の利用する場所であって、今の体で使うのはマナー違反のように思われて肩身が狭く、居場所がない。
ここで思い出すのは、前世の少女漫画やら、ネットで女性(たぶん)が書いてアップロードしていた漫画のことだ。
(やたらと主人公やら女の子に声かけるナンパ野郎が出てたけど、あれって、まるっきり嘘ってわけじゃなかったんだなぁ……)
ああいう漫画には、とにかく不良が出てくる。そして、とにかくイケメンがその後助けに来る。
あまり外に出ない加藤にとって、そういう漫画のデフォルメと理解していたつもりだったが、やはりそれはどこか失笑を買う表現だった。こんなよくわからん連中いるか? とか。イケメンに助けてもらうための捨て石かよかわいそうに、とか。
けれど、いざ美少女になってみるとよくわかる。あんなわかりやすい形ではないかもしれないが、声をかけてくる奴らはどうやら山ほどいるらしいのだ。
ルトナだって今、正直バリアになってくれる颯爽とした奴が欲しい。あれはそういった欲望の発露だったのだろう。
欲望の発露という意味では、男向け漫画で、とにかくパンチラしまくるのと変わらない。
鐘が鳴った。これは予鈴で、授業開始の少し前の合図である。
(あー、授業の時間か。次は歴史だっけ。全授業カリキュラムのうち一コマだけだから、ほんとに必要な分だけやるんだろうが、それにしたって関係ねえしもう帰っていいかなぁ)
歴史の授業といえば、以前の世界でルトナはだいぶ熱心に聞いていたものだった。
教師は女の教師で、歴史に関することならどんなことでも知っていて、授業も面白い、加藤にとっては尊敬すべき教師だった。いまいちクラスメートにとってはつまらない授業だったようだが。
そういえば、飛ばすギャグはつまらなかった気がする。笑っていいですよ、みたいな間を取るのだが、そして実際つまらなくはないのだが、教室がしんとしてしまう。それに、他の教師なら面白いはずの戦争の話が、彼女の手にかかると一気につまらなくなった。臨場感のある語り口ではなかった。
(……冷静になれば、いわゆるつまらない教師だったんかな?)
でも、とにかく博学だった。個人的に質問しに行って、丁寧に答えてもらったことも何度かある。可愛がってもらったほうなのかもしれない。
その上、彼女の授業には、こっちの世界に来てから、何度か知識面で世話になっている。
「……何がどう役に立つかわからん」
次の授業をうけるため、更衣室を出る。
すると、偶然通りがかったらしいファーウルと、ばったり出会った。
「うわお前ストーカーかよ。本気でキモいよ。いつ来たんだよ」
もう言葉遣いに遠慮する必要が感じられない。ルトナは一切男口調を隠さず接するようになった。
「いや、それは流石に誤解かな。歩いてきたのはわかるだろう? 荷物を置いたまま出ていった君を、授業が始まるから、講師に探すように言われただけさ」
言われて驚愕した。
包囲網、完成。
この男、教師も味方につけたらしい。本気で洒落になってない。
「俺もうこの学校やめるわ」
「あれ、ルトナちゃんもやめるんだ。ついていっていい?」
「お前、マジ、ホント、消えろ」
「ははは。でもなんで急に?」
「疲れるんだよ、お前のせいで!! あと、時間もねえんだ」
「時間? ……確かに、それは僕も思うな。テキストの分割配布は、そりゃ、意図はわかるけど。正直まどろっこしい」
ファーウルは急にマジっぽい雰囲気を作った。真面目に会話する時はするらしい。
「僕じゃ無理だけど、ルトナちゃんの魔力量なら、教師に対して決闘制を使うとか、面白いかも?」
「お前魔力量見れたのか。……決闘制?」
「ああ。決闘制さ。知らないの? 説明があったのに。とりあえず、一緒に授業に行こう。後で詳しく話すから」
「……いや、手を差し出されても繋がねえよ!?」
「ははは」
決闘制。
それは、生徒同士のトラブルを、決闘によって解決する方法だ。
決闘制においては、学校に所属する二名の双方の合意の元、講師一人が立会人となり、一定のルールを決めて、もしくはメジャーなルールをそのまま使い、決闘する。勝った側は負けた側に対して要求を通せる。どんなことでも。
法律の完全な外というわけではないが、この冒険者学校に衛兵は入ってこない。学校の中なら何をやってもいいに等しい。
(なるほどな)
ファーウルから説明を受けたルトナは、納得した。
やはり、冒険者の学校というだけある。トラブルは絶え間なく起こり、そのための解決策もちゃんと用意されているらしい。
「すみません、先生」
授業が終わり、教室から出て廊下を歩く教師マティウスを、ルトナは呼び止めた。
「なんだね?」
その顔に、ファーウルから借りた手袋を叩きつけた。
「私と決闘しろ」