17-1、超速学園生活1
夜になればルトナ達は二人は、同じベッドでその日の情報を交換してから、寝る。
このベッドの中での作戦会議は、毎日恒例のようになりつつあった。
「それで、冒険者学校っていうのがあるらしいから、私はそっちに行ってみる」
赤髪の男やアコルテにこっぴどくやられた夜。
ユノはこの日、図書館での治療魔法の練習を行っていた。
それはつまり、情報共有をする必要があるということだ。
「冒険者学校……ですか。そんなものが。さすがは冒険者の街ですね」
「ユノも初耳? じゃあやっぱり珍しいものなんだな」
「……他の街のことはわかりかねますが……」
困ったような顔をする。各地の街にどのくらい何があるかは、流石に専門外なのだろう。やはりというべきかなんというべきか、ユノの知識にも限界があるらしい。
「学校……って、年単位とかではないのですか。通っている暇はおありなのですか?」
「うん。常識的にも一ヶ月で卒業可能らしいし、適当に大事な情報だけ頂いて終わらせるよ」
本当に本気で動いていくのなら、ちんたらと初心者混じりの学校に通っている暇はない。
けれど、必要なぶんは頂く。
ユノは、ルトナのその言葉を聞いた上で、目を閉じて吟味してから、「問題はないと思います。どうか、お気をつけて」と言った。ゴーサインが出たらしい。
「……では、私は明日も図書館に、」
「それなんだけどさ」
ユノの申し立てに、ルトナがかぶせた。
今日ルトナが用意したものは冒険者学校だけではない。
「今、ユノが使える治療魔法はラト・キュレアだけ。でも、ぶっちゃけ、ラト・キュレアって実践的じゃないよね?」
ユノの、という条件付きであるが、ラト・キュレアで治るのは擦り傷、切り傷、そのくらい。生活の中でつく傷を直すにはお手頃な魔法なのかもしれないが、戦いに臨んで覚える勉強としては酷いくらいに心細い。
「はい。そうですね。やはり、ラト・キュレアではガーゼくらいにしかなりませんから。キュレアまであれば、しっかり戦闘にプラスの影響があるはずです。包帯と糸と針くらいのものにはなるはず」
「なら、魔力大龍までにキュレアを覚えて貰う必要がある」
「……はい」
ユノの返事は、少し硬いものであった。やはり、キュレアの習得は難しいものらしい。
「というわけで、明日からは治療所で下働きをしてもらう」
「……はい、……はい?」
あの後、帰り道に、ルトナはユノのことを考えた。
学校に行っている間、ユノはどうしても暇になる。ユノのこともアコルテに相談できればいいのだが。
そう考えて思い至ったのが、治療所で手伝いを募集していないかということだ。
頭を打ったユノを治療に連れていった時、治療所とユノを診た神父は、それなりに忙しそうだった。この広い街に対して、数が少なすぎるのだ。おそらく教会が政治的に絡んでいるのだろう。冒険者が出入りする安い治療所は、訪れる客が多すぎて野戦病院のようになっている。
ならば逆に、そこに出入りしてしまえばいい。そうやって、間近で治療魔法を観察する。
修行に出すデメリットを消しつつ、速く治療魔法が習得できるはずだ。
アコルテは見事にその伝手を持っており、既に話はつけてある。伝手というか、お手伝いは常に募集中らしい。忙しい上に給料が少なく、その上責任が重い場合もあるので、あんまり人気がないためだ。
ただ、仮にも医療従事者ということで、身分はある程度保証できなければまずいのだが、その身分の保証は、アコルテがある程度請け負ってくれた。
「やれるか?」
そのことを話すと、ユノは静かに頷いた。
「あと十日程度。平均的な独学の習得期間よりは圧倒的に速くなります。ですが……やってみます。ひょっとしたら、教会の中ではこれくらい当たり前なのかもしれません。間近にお手本があるというのなら……盗みます」
「ん。変に繋がりを作らないように気をつけてくれ」
「承知しております」
そして、議題は次のことに移る。
水魔法と思わしき魔法属性の人間が、ルトナを触れただけで吹き飛ばしたことだ。
あの赤髪の男についての話も必要だ。
「それは……二重属性……ですね……」
話を聞いたユノは、何かに思い当たったように、真剣に呟いた。
「デュアルスペリング?」
「二つ魔法属性を持つ、異常な人間です」
一人一属性じゃなかったのかよ。ルトナは心のなかで突っ込んだ。
だが、そうらしい。
先に言ってくれとも思うが、おそらく言う必要が無いくらいに特殊な事態、特殊な技能であるとも考えられる。
つまり、奴は水と、……水となんだろう? 衝撃属性とかそういう名前の属性があったりするのだろうか? 不明だがあと一つ、あわせて二つの属性を持っているのだ。
「水と風の二重属性、赤い髪、おぞましいほどの魔力……間違いないです。“貴族たる魔術師”、“風切り刻む渓谷”……ヴァインシュタイン卿でしょう」
水と風らしい。
「なんか、強そうな名前だな。付け足したそれは、二つ名?」
「はい。二つ名についてもご説明しましょうか?」
「なんとなくわかるけど、頼む」
「二つ名は、一定以上の実力者に対する、吟遊詩人や冒険者などからの呼び名です。自然に定着したものや、本人が名乗ったものもあります。通称になったり、生まれによって名字がない者は、名字代わりにも使うらしいです」
ルトナは適当に納得した。
吟遊詩人が自分の歌う冒険者たちの物語を盛りたてるために作るものであれば、二つ名は多少大げさなものになるのだろう。
キリエラやチェリネ達にも二つ名の類はあるのだろうか?
ヴァインシュタインが使ったのは、風属性のそういう魔法なんだろう。瞬間移動も、吹き飛ばしも、こうして言葉にしてしまえば確かに風魔法だ。風を使って吹き飛ばされたわけではないのが少し引っかかるが、そういう魔法があるということで納得した。
言葉にしてしまえば簡単だが、どちらも簡単な魔法ではなさそうな気がする……。
「なるほどな。とにかく、ヤバイ相手に喧嘩を売ったのはわかった。その分収穫もあったがな」
「大変な相手というのはそのままぴったりな言い方だと思います。二重属性だけなら国々の最上位レベルであればそこまで珍しくないようですが、問題は彼の魔法適正の組み合わせです。水と風は基本属性の二つ。彼はかなりの例外なのです。どうか、ご自愛ください」
「覚えておくけど、とにかくヤバイんだな」
「はい。どうか、ご自愛ください」
「でも、私もあのくらいになるから」
「……はい」
話が終わる頃には、ユノは眠気に耐えるようにこくりこくりと揺れ始めた。
こうなったユノは何をしても逆らわないので(もともとかなり従順だが)、抱きしめて寝た。
ユノは体温が高く、抱いていると気持ちが良い。人間が持つ僅かな湿度と、石鹸の、良い匂いがした。
☆
残り、九日。
学校は、意外にもギルドからかなり近い場所にあった。歩いて五分といったところか。
今はギルドの依頼発注が落ち着いた頃の午前だ。日差しはやはり高い。
ユノはアコルテに任せてある。今ごろ治療所で面を通しているはずだ。受付嬢の仕事としてはだいぶ管轄外に足を踏み込んでいる気もしたが、そこは彼女は全く譲らなかった。
(……ここか)
この街は壁に囲まれた街である。ルトナのイメージでは冒険者学校といえば山を切り開いて作るものであるが、街中に存在するので、申し訳程度に花壇の花や植えられた木があるだけで、そのイメージとは程遠い。
ただ、周りが普通に住居というわけではない。住居が並ぶ場所から、いったん住居が途切れてこの学校は存在している。何の意味があるのか、これから拡張する計画でもあるのか。
広さは、それなりだ。恒常的に存在する学生数は五十~百人程度とのことだったので、それを考えれば強烈な広さである。おそらく、運動場等もあるのだろう。
案内に従って、数階建ての建物に入る。すると、入ってすぐの場所にまあまあの広さの受付があり、ルトナと目があった受付の人が、にこりと微笑んだ。
受付のカウンターの向こうには、事務作業を行っている人間が五人程度いる。
ルトナは中学の時に利用した塾を思い出した。ひょっとしたら、彼らも事務員ではなく、教員で、ここは来客受付兼学生受付兼職員室なのかもしれない。
建物は新しくもないが古くもない。どこか落ち着く雰囲気だった。
新規で入学したいと告げ、通貨を差し出すと、問題ないようだ。
「では、こちらに名前をお願いします」
ここで、ルトナは硬直した。
名前は書けない。
「すいません、ちなみに、文字が書けないって言ったら入学はどうなりますか?」
事務員は落ち着いて言葉を打ち返してくる。
「その場合でも、自分の名前だけは書いて頂くことになっております。そういう規則ですので……書けない場合は……申し訳ありませんが」
(帰るか)
冒険者になろうという人間には文字が書けない奴もいるかもしれないし、あまり良い方策とはいえなくねえか、と心のなかで文句が出てくる。
あるいは、貧民街出身のマナーが悪い層などを弾く関門のようになっているのかもしれない。
というわけで、文字が書けないルトナは一旦帰るしかないのだが、面倒くさい。名前だけでいいというのなら、おぼろげに覚えている、ピコが書いたルトナの名前をなんとか真似して、「特徴的ですか? 癖字なんです」でなんとかならないだろうか。
(……あれ)
やけくそでこの世界の文字を書こうとしたら、すらすらと手が、まるで予め知っていたかのように、この世界の文字を書いた。ブラインドタッチでキーボードを打つような感覚だ。
実際に正解が見えているわけではないのだが、手が勝手に、訓練された通りみたいに動く。
「はい。大丈夫ですね。ルトナ・ステファニエさん」
かなり不思議な体験だったが、書けていることに戸惑ってしまってはまずい。書けて当然のような表情を作る。
「あれ? …………うーん? エルフの方でいらっしゃいますか?」
「……はい」
「なぜ名字が? ……と、別に必要だから聞いているわけでもありませんが」
「えーと」
恒例みたいになったこの問いかけをうまくやり過ごし、他に五枚程度の用紙に必要事項を記入していく。
これで、とりあえず事務作業自体は終了らしい。
(なんとかやりすごしたっぽいか? まあ、読めるし話せるのに書けない道理はねえよな……)
興味な体験だったが、練習する必要がなさそうで嬉しいという他に感想はない。
原理は、気になるところだが。
「では、これより入学にあたっての面談を行います。面談は本校の教師が行います。入学式のようなものです。少しお待ちくださいませ」
やはり多少カウンターで書き物をしただけでは足りないようで、いくつかの手続きというか、簡単な儀式のようなものがあるらしい。
しばらくして廊下の方からやってきた教師らしい男が(この空間は職員室ではなかったようだ)、ルトナを別室へと先導した。
☆
「本校へよく来た。私はマティウス。名字はない。この学校で教師をやっている者だ。より強くなろうという、貴様の冒険を歓迎する」
「ルトナ・ステファニエです。身分は冒険者。よろしくお願いします」
「うむ」
威圧的な物腰だが、脅迫的な物腰ではない。そういうキャラの教師なのだろう。ルトナは適当に流した。
マティウスは金髪で、ルトナより少し背が高い。他に特筆すべきところもないが、強いて言うなら小市民といった感じの空気だ。
この学校の教師は、チラシによれば皆、元冒険者らしい。
少しばかり大仰な服を着ているマティウスは、荒くれ者の気配はしないものの、なんとなく素人ではなさそうな感じではある。
そのマティウスと、応接室のような場所で、二人共立ちながら相対している。こういう部屋にはソファや机があるようなイメージだったが、取り払われている。基本的にはこの式に使われている部屋なのかもしれない。
「……ルトナ、貴様は兵士のような振る舞いをするのだな」
「え? あ、えーっと?」
特に姿勢を正さない理由がないのである程度ぴしっとして、その上で手のやり場がないので手を後ろにまわして立っていただけなのだが、マティウスは先手を取られたように戸惑っている。確かにある程度ぴしっとはしていたが、別にバシィーっと決めて立っていたわけではないのだけれど。
まずかったらしいので手を崩して、今度は気をつけの態勢を取る。手が落ち着かない……。
「……まあいい」
そして、マティウスは口を開いた。
☆
「さて、大体こんなところだが、質問はあるだろうか」
マティウスは、ここで長く開きっぱなしだった口をいったん閉じて、青い目で見据える。
(……入学式というか、まんま入学説明だな)
彼が口を開いて話しだした内容は、この学校の授業形式など、どういった教育がなされているかの説明であった。時間は十分弱程度だっただろうか。
退屈で仕方ないが、必要な情報もあるわけで、その間黙って聞いていた。
「細かい補足とかは貰えますか? 冊子とか書面で確認したいんですが」
ルトナはそう要求した。おおまかで広い話が十分間で済まされていたため、大雑把な内容しかわからなかった。
なんでも、教科書は各回ごとに配られるとか、出席は自由だとか。何もかもがルトナの常識と外れていて、書面での説明があるのなら書面が欲しい。
「ふむ? 確か、あるはずだ。受付で受け取りたまえ」
(いやいや、確か、ある、って)
どんな言い方だよ。ルトナは頭のなかで突っ込む。
まあ問題はない。あるというのなら、それを貰って済ませればいい。
「ありがとうございます。他は特にありません」
「よろしい。それでは明日から貴様がここに来ることを待っている」
マティウスは満足気に頷いて、そう言った。ある程度お眼鏡にかなったようだ。
「?」
だが、ルトナはそこで疑問の声をあげた。
明日から。聞き捨てならない言葉だ。
「いえ、今日から授業を受けようと思っています」
もはや一日だって猶予がない。受付で学校説明の書類を受け取って、速やかに授業に参加する必要がある。
けれど、その疑問を、マティウスは否定する。
「それはできない。明日まで待ちたまえ」




