10-3、治療魔法とその勉強3
「おまたせして申し訳ありません。アコルテが承ります」
いつもの、完璧スマイルと、彼女の意思とは無関係に動いていると思われるぴこぴこした羽の組み合わせ。
ルトナはこの女性に対して、いつもと同じように、今回もなんとなく安心感を覚えるのだった。
「頼もしいです。アコルテさんならきっとなんとかしてくれる、って感じだ」
「あら。嬉しいですね」
ユノとアコルテの紹介は、もう今朝の時点で終わっている。
早速本題に入る。
「すいません、魔法の勉強の仕方について質問したいんです。十五分ほど時間貰えませんか? アコルテさんに別のお客さんが誰も来なければ、ですが」
「それは絶対ですね、この時間もう絶対誰も来ません。……問題ありませんよ、おまかせ下さい。私はルトナさんの担当ですから」
「めっちゃありがとうございます」
快諾を貰ったところで、ユノの言葉を一つ一つ確かめていった。
と言っても、ユノから得た魔法に関する情報はどれも正しかった。
ユノは奴隷としてはしっかりとした教育をされてきたようである。これまでの奴隷商人が良かったのだろうとはアコルテの言葉だ。どれだけ協定で縛っていても、無法の輩は存在する、らしい。
ただ、こっちに関しては裏が取れたことだけで十分だ。裏が取れれば、もう一つの議題にも問題なく進むことができる。
「じゃあ、この土地に、図書館ってありますか?」
本当は「この大陸に」と言いたかったが、この場所が島国なのかもしれないので避けた。
思えばそのあたりも全く知らない。知る気がないので仕方がないが。
(そういやこの街の名前すら知らんぞ俺……)
さて、図書館は存在するのか。
冷静に考えれば存在しない。ルトナがかつていた世界の中世に個人が使えるような図書館が存在すれば十分に事件である。多分。ルトナは世界史の授業を思い返したが、この時代の知識は、大学に集約されており、ごくごくごくごく一部の知的エリートのみアクセス可能だったはずだ。
(とはいえ、この世界は見た目が中世っぽいと言うだけで、別に中世でも何でもないもんな……)
多種多様な食事と酒が楽しめる時点で、中世というには厳しい。ルトナの知識では、庶民に余分な食料がまわったのは、農業が発展した後の話のはずだ。
だから、この世界をかつての世界の歴史学で捉えるのだとしたら、魔法によってかつての世界とは異なる発展をした、時代区分に属しない謎の時代という捉え方が正しいのだろう。
つまり、図書館があるかないかは、結局はこの世界の為政者の手腕による。
図書館が実在すれば、そこの魔法の本を使って、ユノに自学させればいい。
「ありますよ」
アコルテの返事に、ルトナはガッツポーズを取った。
「よっしゃ!」
「少し利用料が高価ですが……」
「有料か!」
がくっとうなだれるルトナ。一瞬期待しただけに落差は大きかった。
アコルテはその動きを見て微笑した。
「はい。一日四百ジオだったと思います」
宿代は一泊千ジオだ。
「ああなるほど……高価といえば高価ですね。全ッッッ然問題ありませんが!」
この世界には図書館が存在する。有料ではあるらしいが、使用料の金額は全然問題ない範囲だ。
そのことを聞いただけで、ルトナは舞い上がった。
「くすくす。……でも、びっくりしました。元旅の方なのに、図書館という概念をご存知なんですね」
「え゛?」
「いえ、図書館はこの街の名物なのですよ。冒険者の街であるので、当代のバルトレジオ家当主が、冒険者が安く知識に触れられる場所をと、十年ほど前に作ったそうでして。似たようなものだと、王都に図書館といえるものが百年前に作られてはいますが、お役人さん用ですね。庶民用となると物凄く画期的なものだったと私も思いますし、ずいぶんと領地の外でも話題になったようですよ」
思いがけないところからボロが出た。
ルトナは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。
「あっ……それは……」
「?」
「まあ……あっ、あの、地元ではですね、そんな感じのものがありまして」
「? ルトナさんの地元……修行してた場所、山奥だったのにですか?」
「っ、ぅ、エルフの故郷のことです……」
「エルフの居住地には大衆向け図書館が!? なるほど、では公爵様はそこから着想を得たのかもしれませんね」
意図せずどんどんと泥沼を掘削していく。慌てて話題を変える必要がありそうだった。
「すみませんご主人様、トショカンというのは一体……?」
さっきからずっとハテナマークを顔に浮かべていたユノがここで、前提についての質問をした。
まずそこからか、とルトナはびっくりしたし、そりゃそういう奴もいるだろ気を回せよと自分に突っ込みつつ、
「図書館ってのは、本がいっぱいあって、誰でも読める場所なんだ」
「本がいっぱい……? 本って一冊で馬車が買えるような値段ですよね? それがいっぱいあるんですか? どうやって?」
「んん……」
ルトナが昔住んでいた世界では税金システムがあって、なおかつ本は大量印刷と市場の原理で非常に安く販売されていた。だがこの世界については知らない。ユノの疑問には答えることができない。
おそらくアコルテにも答えることができないのだろう、「そういえば、利用料は本の値段に対して安すぎますね」という言葉を漏らしている。
「すまん、わからねえわ。領主様に直接聞くしかないかな。それか、職員に聞いてみるほうが早いか」
「凄いですね……ともかく、図書館があれば魔法の勉強ができますよ!」
ユノは嬉しそうだ。
学校にいやいや行っていたルトナにとっては理解できるような理解できないような感覚だが、勉強できることが嬉しくてしかたがないらしい。
少しほっこりした気分になった。
「一日で一日の利用料があるから、読みたい時にとかじゃなくて、一日に纏めてたくさん読んでもらうけどな」
「ッ――! すごいです! 私が本に一日中触り放題なんて! 買われたら、必要で何か読む機会くらいはあるかもと思ってましたが、一日中! すごいですご主人様、スゴイです! 一年前隣だったお姉さんが昔貴族で本をいっぱい読んだって言っててスゴイ憧れてたんです!!」
テンションを少し収めるために言ったはずの言葉のせいで、もうテンションに収拾がつかないようだ。
ルトナは苦笑した。
(しかし、利用料か)
利用料が一日で宿屋の約半分というのは、決して安くない値段だ。
馬車並というこの世界の本の値段を考えれば当然なのかもしれないが、逆に本代にしては安すぎるので、どっちみち変わりがない気がする。少なくとも、無料だったかつての図書館と比べると疑問が残る。
このことを、アコルテに質問してみると、明瞭な答えが帰ってきた。
「それは浮浪者対策と迷惑防止だそうですね」
一撃で腑に落ちた。
「迷惑防止っていうと、本への書き込みとかでしょうか?」
「本に書き込みはしないと思います。盗難やら、千切って持ち出しやらでしょうか」
「そんなことを。ちょっと常識が違った」
「お金が絡めば倫理は引っ込みますから。と言っても、お金に苦労している層は、皆お金で苦労しています。たとえば冒険者はお金がないために野宿したり、大恥を掻いたり……このあたりは仕方がないことなんです。システムで解決できるのならそのほうがいいでしょう」
「そっすねぇ」
ルトナは適当に返事をした。
その後、魔法の勉強についてアコルテに多少知識を貰った。冒険者と長年接しているからか、魔法の勉強の際の細かいイメージのコツや引っかかりやすいところについて、しっかりとした知識があって、ユノは興味深そうに聞いていた。
(あんまり俺には関係ないかな? 今間に合ってるし……)
そんなことを思いながらふと見渡すと、アコルテを呼びに行って消えたはずのリーフレッタが戻ってきていない。おそらくそのまま仕事を終わらせてギルドから帰っている。単にサボっているだけかもしれないが。
ともかく、そろそろお暇したほうがいいだろう。
キリのいいところで、ルトナは話を中断した。
「ありがとうございます、アコルテさん。助かりました」
「いえいえ。私は受付嬢ですから。いつでもいらっしゃって下さい」
笑顔でルトナに応えるアコルテ。ルトナは非常に癒やされた。
続いて、ユノにも微笑みかける。
「ユノちゃんも、お勉強頑張ってね」
「はい!」
良い返事だった。
☆
翌日、宿とは少し離れた区画にある図書館に、ユノを連れて行った。ルトナは中まで入っていない。
ルトナは前世ではよく図書館を使っていた。住んでいる市町村の図書館がたまたまライトノベルをたくさん置いている自治体だったらしく、すべての図書館を合わせれば、かなりのライトノベルがカバーされていたためだ。
最近の図書館は優れていて、インターネットで頼めば同じ市町村の別の図書館から本を取り寄せてくれる。大した小遣いもなかったので、図書館がなければ読書量は数割以上減っていたかもしれない。ついでということで、多少教養のための本も読んだりした。図書館様様だ。
とはいえこっちの世界で本を読む気はおきない。エルフが出てくるファンタジー物語はないだろう。ある意味この世界の歴史書がそれに当たるのかもしれないが……流石に少し違う。挿絵もないはず。
ルトナは図書館を後にしてギルドで依頼を受注し、遂行した。
夕方になってユノを迎えに行くと、満面の笑みがそこにあった。
もう少しすれば治療魔法の基礎の基礎くらいは執り行えそうとのことだ。
魔法についての進捗の報告が済むと、ユノは物凄く嬉しそうに、図書館の何が凄いかをルトナに語りかけてくる。
「スゴイです! 図書館は外が暑くても寒くても中は昼も夜も涼しくて暖かいんだそうです!」
「へえ、空調完備なのか。まあ本は高価らしいしな」
「ご主人様、スゴイです!」
(俺関係なくない?)
ユノの図書館自慢とご主人様への感謝は夕食になってからも続き、ベッドの中でも止まらなかった。




