11-1、サニーサイドピース・シャルドリアビー1
金銭的状況がすごい速さで回復した。
グドリシアのお陰で、一日に二体、楽に中級の魔物を狩れるようになったからだ。
ユノの装備を整える必要はあったが、ユノは体力がないため、元々重い装備は付けられない。
揃える防具は体の要所要所を防ぐものだけで済ませ、武器も簡単な護身用の短剣くらいとなると、決して安くはないが、大した金銭的負担にはならなかった。合わせて、四体中級の魔物を狩るくらいの金額だろうか。
一応、この街は冒険者の街なだけあって、良質な製品が安く出回っているという事情もあるそうだが、それはさておき。
(財布の中身が回復すると……身の回りの品を整えたくなるな)
衣食足りて礼節を知るというか、金銭が足りて衣食を知るというか。
ルトナは自分の着ている服を見た。
(前は神様に貰った服と、ミルに教えてもらった服屋で適当に数セット頼んで済ませてたけど……今なら男物の服を買えるんじゃないか?)
冷静に考えれば、ルトナの服装の構成は状況に流されていた面が大きい。前の世界で着ていたようなズボンとシャツを着れば、風が吹いてもスカートを押さえなくてよいのだった。
(気付けよ、俺……)
それに、今の自分は可愛いエルフだ。可愛い自分を演出したいからこそ可愛らしい服を選んで買っていたわけだが、男が着るような無骨なズボンとシャツですら似合いそうなほど可愛いのだから、可愛らしい服など今更買う必要はないのではないかとも思えた。
ちょっとだけ想像してみる。ゴツゴツしたズボンにゴツゴツした靴をあわせてもカッコイイし、エルフの体とスマートなズボンにスマートな靴をあわせたら、それはそれで都会的でギャップがあってよい。
(じゅうぶん行けるし、ぶっちゃけ俺の趣味だ。よっしズボン買うか)
余分なお金で、さっそく男用の服か、あるいは女用でも男の服に近いデザインのものを買うことにした。
店が集まる場所は街の中でも特に門に近い方角にある。
おそらく、外の街道から荷物を運び込む手間などによるのだろう。
彼らにとっては便利なのだろうが、そのぶん冒険者たちは奥の方に追いやられ不便をしている。
「冒険者の街と自称してはいるが、冒険者の街というより、冒険者が取ってくる素材と商人の街だここは」、キリエラに言わせればそうらしい。
ともあれ、以前に使った店の近くの店に適当に入り、その望みのままの服装を揃え、着替えたルトナは、自室の姿見(細長い、全身が映る鏡)の前で満足した。
シンプルな服装。シンプルな半袖にシンプルな長ズボン。エルフらしいかどうかはさておき、ルトナの趣味にはかなり合う。都会的ともいえる服装だからこそ、エルフの顔立ちが持つ神秘的な雰囲気が、引き立てられている。
靴は結局買わなかったが、そこまで完璧にするのは女のお洒落であって、また今度で良い。
(うん、やっぱ思い通り。なんというか、一言で言うなら外国のモデルみたいだ)
鏡の前でくるりとまわる。ふわりと髪が持ち上がって、また落ち着いた。
美人の体を持つと、めちゃくちゃにお洒落が楽しいのだなと感心した。できれば、男のエルフもいる世界で、男のエルフとしてイケメンの体を持ちたかったが……それも、そろそろ別に良くなってきた頃だ。
(さて、もう夕方になっちまったが、依頼受注したほうがいいかな……?)
金銭的には一日くらい何も受けなくても全く構わない状況だが、とはいえ適当にやっていてはいつか破滅が来るだろう。
さりとて、そろそろユノが図書館での魔法の勉強から帰ってくる頃で。簡単に決める訳にはいかないし、書き置きを残して独自行動、までやるには時間が遅すぎる。
五分だけ考えてから行動するか、とベッドに座ると、ノックの音がした。
「はーい」
「いらっしゃいますね。ピコです。掃除をしようと思うのですが」
「あ、ああ。どうぞ。というか私が出てきましょうか?」
「んん~どうしましょうかね。急がないので食事中に済ませ、ってなんですかその服装は!!」
「へ?」
どうぞと言った時点でピコは入ってきたのだが、遅れてルトナの服装に気付いたらしく、派手なリアクションを取った。
(俺これそんなに変か?)
「ユニセックスな服装にするのはいいですが、貴方は、可愛い、エルフなんです! 可愛くまとめさせてもらいます!」
「は、はぁ……ユニクロがなんだって?」
「ちょっと待ってて下さい!」
ピコは部屋から消えたが、三秒程度で戻ってきた。
手には、一式の洋服と新品の靴があった。
(洋服はいいとして、靴はどうやって調達したんだ……)
「脱がせますね!!」
「何言ってんだピコさん」
ちょうどその時、ガチャと音を立てて部屋の扉が開いた。
物凄く良いタイミングで、ユノが帰宅した挨拶が聞こえ、
「あれ、ミル、どうしたの?」
「おはよ、ルトナちゃん。ちょっとね、明日背伸びして動こうと思ってて、その前にユノちゃん成分補給しに来た」
ミルまでここに来たようだ。
何度か会って面識のあるユノを訪ねてきたとのことだが、実際はルトナの顔も見に来たのだろう。
そして、ピコが持つ服と、ルトナの着ている服を見て、状況に面白そうな気配を感じたのか、にんまりと笑った。
「……しかしルトナちゃん、なんか、面白いことしてるねぇ」
「さ、動かないで下さい」
「いや別にいいですけど……」
ルトナはミルとピコの着せ替え人形になった。ミルだけならともかく、ピコという非戦闘員相手に抵抗もできず(今の筋力で変な抵抗をしたら大怪我をさせるため)、脱がされ、服を着せられていく。
ユノは興味津々で見ている。
「ズボンが履きたいのはわかりましたが、それならショートパンツにするべきです」「は、はぁ……」
「シャツを着たいのはわかりましたが、それならもう少しゆるいやつで肌見せて」「別に見せたくない……」
「んじゃ、おっきな帽子を合わせて、あとじゃじゃーん、帳簿作業に使ってる片眼鏡です」「髪軽く結ったげるね。くしゅくしゅ~って」「いやどっちもいらないんスけど……」
「うーん私視点だとあと脚が。ピコさん、長い靴下とかいけませんかね?」「うーん、ちょっと露骨かなぁ……そっち方面に行くなら、タイツが無難。持ってくるね」「確かにいいですね。お願いします。うわうわ、ルトナちゃん、想像したらクールで可愛い! めっちゃ!」「そ、そうっすか」(クールで可愛いって意味がわからん)
着替えている最中は、変な遊びに付き合ってやっているくらいの気持ちだった。
だが、着替え終わった後の自分を見て、ルトナはかなり感動した。
(こ、これが……俺?)
左右ではピコとミルが満足気に胸を張っており、ユノもかなり楽しそうにしている。
鏡の中のルトナは、確かにズボンを履いていて男っぽいというか少年っぽい服装なのであるが、大きな帽子、ショートパンツ、黒タイツ、ゆるめのシャツで、ボーイッシュな可愛さと色気を獲得していた。
ゆるめのシャツが特に曲者で、これは胸があれば膨らみを誇張し、胸がなければ肌を見せて性的な意図を獲得する機能があるものだ。ルトナは胸が大きい。ルトナは、ショートパンツから伸びる健康的な太もも(タイツ装備)と相反しているゆるい上半身を、凄く扇情的に感じた。
片眼鏡(耳にかける、フレームがあるものだ。今、レンズは入っていない)が少しズレているといえばズレているのだが、実用品らしき片眼鏡は変に浮くことがなく、合わせるとファンタジーの考古学者や新聞記者のようだ。
「私、超可愛い……」
「うんうんちょー可愛いよ。結構黒タイツもはまってるし。お揃いだねえスリスリしていい?」
「やめろ」
抱きついてくるミルを適当にかわして、しかし鏡の自分から目を離せない。
反応を見せないユノが気になったが、視線をやるとにっこり笑って「似合ってますよ」という言葉。多分、どたばた騒ぐことが嬉しくて、ルトナの姿について突っ込むような心境ではないのだろう。
……ユノの姿を見ると少しばかり冷静になった。
今のルトナはユノのご主人様なのである。
鏡の中のルトナは非常に魅力的で、ルトナが男で、ルトナ自身がヒロインとして目の前にいたら、間違いなく人生バラ色だろう。
でも。
(でも、これはなんか……)「でも、可愛い……」
「可愛いでしょう? これからは二度とあんな服装しちゃダメですよ。女の子なんですから」
「確かにそうかも……俺は女の子なんだから……お洒落して……自分可愛いなって思いながら毎日……自分を可愛いって思えることは価値だから……自分は可愛い……かわ……はっ!!!」
そこまで言ってからふと気付いて振り向くと、ルトナより背の低いピコが、ルトナの両肩に両手を置いている。
力仕事に慣れているのかもしれない。非戦闘員とは思えないほど筋力がある、押さえつけるような手だ。
笑顔である。
ルトナは恐怖を覚えた。
こうやってお洒落の世話をするピコに他意はないのだろう。しかし、
(俺の中身を本当は男だって知ってるんじゃないか?)
ルトナが中身まで女なら、ピコの立ち振舞いはお洒落を知らない山育ちの田舎者に、お洒落に対する女としての姿勢を教えるためのもので、問題がないように思える。
しかし、ルトナの中身が男だと知っているのなら。
なんらかの、たとえば動作の癖などで男だと知っているのなら。
ルトナの男性性を封印し、心まで女にしようとしているように見える。
「ひっ、ひっぃぃ」
「?」
小さな悲鳴が漏れた。きょとんとするピコから後ずさる。ミルやユノも不思議そうな顔をした。
ルトナは正直怖くなった。
改めて鏡の自分を見る。
(可愛い……可愛すぎる)
エルフは可愛い。だから目の前の鏡の中の自分も可愛い。
だから、可愛い服を着る、それは特に抵抗がない。
けれど、どんどんかわいくなっていく自分を、それを心の底から受け入れてはマズい気がする。絶対破滅が近い、気がする。
何か絶対ヤバイ気がするのだ。
でも……エルフは可愛い。本当にエルフを可愛いと思っているのなら、我を忘れて自分を着飾ってよいのではないか。エルフを可愛いと思えないルトナは、本当にルトナなのか。
この矛盾に、ルトナは発狂しそうになった。
「あああああああアアアアアアッ。アオォォォ」
どうすればいいのかさっぱりわからず、頭を抱えて苦しむ。
「おおお……俺……俺はァァ…………俺じゃない……俺はォルトナの真似コンティィ」
自分はエルフなのか? エルフが好きな人間なのか。
エルフの言動をする人間なのか、エルフの言動が好きな人間なのか。
わからない……。
それを見て、ピコとミルはため息をつく。
「あらら。壊れちゃいましたね」
「潮時か~。じゃ、そろそろ私行くね。他にも用あるし」
「ご主人様……。照れておかしくなっちゃったんですか? 大丈夫ですよ、ご主人様素敵です。ご主人様、すごくすごく綺麗です」
「ああッ! あおッ! あああああ!!!」
「ああっご主人様! どこに行かれるんですか!?」
予期せぬ形で自分の奴隷から攻撃を喰らい、ルトナはほうぼうの体で部屋から逃げ出した。
部屋に残ったのはピコとユノだけだ。ミルはもうさっさと帰った。
しれっと宿の仕事に戻ろうとするピコを、ユノが通せんぼする。
「ご主人様が変になっちゃったのはお二人のきせかえショーのせいですよね。私にはよくわかりませんが……ご主人様を直してください」
「壊れたおもちゃに興味はないのでね」
「無責任なだけですよそれ!」
☆
ピコとユノが少しだけ言い争っている中、ルトナはうめき声を上げながら厩に来て、まだ苦悩していた。
厩に来た理由は別に大した理由じゃなく、自室以外には誰にも見られずに奇怪な行動を取れる場所がここしか思い当たらなかったのだ。ピコを追い出してユノと二人きりになるというのも選択肢の一つとしてはあったが、ユノに殺されて精神的バッドエンド、は嫌だった。
「エルフ……可愛い……でも俺……男……いや……俺は……私は…………………………………………誰なんだ…………………………………………」
うるさい突然の来客を、馬は一体残らず無視した。
グドリシアだけが、冷めた目で見つめていた。
☆
次の日は二人で依頼を受けることにした。
治療魔法の勉強で図書館に篭りきりのユノに、ちょっとずつ体力もつけていくためだ。
大量に素材が出ることが見込まれ、荷物持ちは一人でも多いほうが良かったというのもあるが、おまけ程度だ。
草原を、グドリシアが巡航速度(無理のない速度)で走る。ルトナには具体的な速度はわからないが、おそらく一般道路の車と同じくらいは出てるだろう。あと数十分で、今日狩る魔物の生息地にたどり着く。




