古代遺跡戦の決着
【古代遺跡、地下一階】
戦いは、まだ終わっていなかった。
すでに何十分もの間、聖騎士団と四体の魔装騎兵との激戦が続いている。
巨大な鋼鉄の身体から放たれる攻撃は、一撃一撃が致命傷になりかねない。
だが、聖騎士たちもただやられているだけではなかった。
「はぁ……はぁ……!」
アテナは荒い息を吐きながら、目の前の魔装騎兵を睨みつける。
全身に疲労が蓄積していた。
それでも彼女は拳を握り直す。
「まだ……じゃ!」
次の瞬間。
アテナの姿が消えた。
「なっ――!」
目にも止まらぬ速度で魔装騎兵へ接近すると、その拳が装甲へ叩き込まれる。
轟音。
続けざまに二撃、三撃。
そして最後の一撃が魔装騎兵の胸部を大きくへこませた。
巨体が大きく揺らぎ、そのまま地面へ倒れ込む。
「一体、どれほどの……!」
「これが武闘女神の本気か……」
壮絶な戦闘に息を飲む聖騎士たち。
だが、アテナは止まらない。
残る魔装騎兵へ向かって駆けていく。
その戦いを見ていたミャンジャムは、思わず息を呑んだ。
「お母さん……!」
その後も激しい戦闘が続いた。
そして、ついにアテナ一人の手によって三体の魔装騎兵が倒された。
最後の一体。
その装甲には、ガイルの魔法剣によって深い傷が刻まれている。
「ここを狙え!」
ガイルが叫ぶ。
「行くぞミャン!」
「はい、お父さま!」
そこへミャンジャムとヘパイトスが同時に飛び込んだ。
「「うおおおおおっ!!」」
二本の槍が、魔法剣によって切り裂かれた傷口へ同時に突き刺さる。
巨体が大きく揺れた。
そして――
ズシィィィンッ!
最後の魔装騎兵が倒れた。
「……終わったのか?」
誰かが呟いた。
しばらくして、ようやく戦場から武器を打ち合う音が消えていく。
聖騎士たちは、その場に座り込むようにして休息を取った。
傷を負った者は互いに手当てをし、無事だった者は水や飲み物を口にする。
ヘパイトスも壁に背を預け、深く息を吐いた。
「……なんとか、なったな」
「ええ……」
ガイルも疲れ切った表情で答える。
アテナもまた、肩で息をしながらミャンジャムの肩を借りていた。
だが――。
その時だった。
ゴン……。
「……ん?」
古代遺跡の奥から音が響いた。
ゴン……ゴン……。
全員の視線が、一斉に音の方向へ向く。
「何の音じゃ?」
アテナが立ち上がる。
奥の壁が、ゆっくりと左右へ開いていく。
ガガガガガガ……。
「壁が……動いている?」
ヘパイトスが槍を握り直した。
さらに、その奥。
床まで左右に割れていく。
「何か来るぞ!」
誰かが叫んだ。
開いた床の下から、何かがせり上がってくる。
最初に見えたのは、巨大な金属の腕だった。
次に肩。
胴体。
そして――巨大な脚。
「な……なんだ、あれは……」
聖騎士たちが後ずさる。
ゆっくりと、その姿が全て現れた。
身長は、およそ三メートル。
全身を金属の装甲で覆った、巨大な人型兵器。
右腕には指が存在しない。
その代わりに、大型の六門式ガトリング砲が装着されている。
左腕には五本の指を持つ手。
そして、その肘から手首の間には一本のサーベルが生えていた。
「また……魔装騎兵なのか?」
誰かが震える声で呟いた。
だが、ヘパイトスは目を細めた。
「……違うぞ」
「え?」
「あれを見ろ」
巨大な兵器の頭部。
そこには頭など存在しない。
代わりに、強化ガラスで覆われた操縦席があった。
その中に――。
「人間……?」
ミャンジャムが呟く。
ガラス越しに、通常の人間と変わらない大きさの男が座っている。
古代人。
エリエスの未来を切り開くため、たった一人でここへ来た男だった。
その目に迷いはない。
操縦席の中で、男はゆっくりと手を動かした。
「……行くぞ」
六門式ガトリング砲が、聖騎士団へ向けられる。
「来るぞ!」
次の瞬間――。
ズドドドドドドドッ!!
「ぐあっ!」
「何だ!?」
空気が爆発した。
目には何も見えない。
だが、騎士たちの身体が次々と吹き飛ばされていく。
「何を撃っている!?」
ヘパイトスが叫ぶ。
ガトリング砲が周囲の空気を吸い込み、超圧縮された空気弾を次々と放っていた。
見えない攻撃。
それは、何が飛んできたのかすら理解できないまま、聖騎士たちを倒していく。
「右腕の射線から外れろ!」
ヘパイトスが叫んだ。
ガイルも即座に位置を変える。
だが――。
ヒュンッ!
目の前を青白い刃が通過した。
「くっ!」
ガイルは剣を構える。
魔装騎兵の左腕に備えられたサーベルが襲い掛かってきた。
ガキィィィンッ!
「ぐっ……!」
ガイルの身体が押し込まれる。
剣に土の魔法を付与し、薄黒い光を纏わせている。
それでも、圧倒的な力だった。
「ぐぅぅぅ……!」
両手で剣を握り、必死にサーベルを受け止める。
そこへアテナが駆け込んだ。
「ガイル!少し我慢せい!」
アテナが拳を握る。
「はあぁぁぁ!!」
全力の拳を魔装騎兵へ叩き込もうとした、その瞬間。
ドンッ!
「きゃあっ!」
巨大な脚がアテナを蹴り飛ばした。
アテナの身体が宙を舞い、そのまま壁へ激突する。
バゴォーン!
「お母さん!?」
ミャンジャムが急いで駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「……ぐうぅ、うむ……」
アテナは立ち上がろうとする。
しかし、身体が言うことを聞かない。
目の前には、まだ大型の魔装騎兵がいる。このままでは勝てない。
アテナはミャンジャムを見つめた。
「……奴に勝つには、もうこれしかないようじゃの」
「え?」
次の瞬間。
アテナはミャンジャムの頬へ顔を寄せた。
「えっ――」
唇が触れる。
「……ええっ!?」
ミャンジャムの顔が一瞬で真っ赤になった。
戦場の真ん中。
母として育ててくれていたアテナから突然キスされたのだ。
「お、お母さん!? な、何を――」
その光景に、周囲の男性騎士たちまで動きを止める。
「……」
「……」
戦場に一瞬の沈黙が生まれた。
「貴様ら戦闘中だぞ!!」
ガイルの怒号が響き渡る。
「はっ!」
「そうだった!」
騎士たちが慌てて戦闘へ戻る。
だが――。
ミャンジャムの頬から、黄金色の光がアテナの身体へ流れ込んでいた。
「な……何?」
ミャンジャムが目を見開く。
黄金の生命エネルギーがアテナの全身を包み込んでいく。
やがて、その身体から凄まじいオーラが噴き上がった。
アテナがゆっくりと立ち上がる。
その顔に、笑みが浮かぶ。
先ほどまで疲労に包まれていた身体とは思えない。
若返った肉体。
二十歳ほどの姿。
そして、溢れ出す圧倒的な生命力。
「……ふふ。滾ってきおったわい」
アテナは拳を握った。
ミャンジャムも立ち上がろうとしたが、強い脱力感に襲われて立てなかった。
「さあ……まだまだ、やれるぞ!」
次の瞬間。
消えた。
「なっ――!?」
魔装騎兵が反応するより早く、アテナは懐へ潜り込んでいた。
「破壊力ぅ――!」
渾身の拳が、魔装騎兵の左膝へ叩き込まれる。
バギィィィンッ!!
金属が砕ける。
左膝から下を失った魔装騎兵が、大きく傾いた。
「倒れるぞ!」
ズドォォォンッ!!
巨体が後方へ倒れる。
「今だ!!」
ヘパイトスが叫んだ。
生き残った聖騎士たちが一斉に攻撃を開始する。
魔装騎兵は両腕の武器を振り回し、必死に抵抗する。
ガトリング砲が火を噴き、サーベルが騎士たちを薙ぎ払う。
それでも、数の差は大きかった。
次々と攻撃を受け、ついに魔装騎兵の動きが止まる。
「……止まった?」
騎士の一人が呟いた。
だが、強化ガラスは破れない。
操縦席の中で、古代人は静かに周囲を見渡した。
そして悟る。
自分の最後が来たのだと。
「……すまない。エリエス……」
誰に向けた言葉なのか。
誰にも分からなかった。
古代人は懐から、長さ十五センチほどの筒状の注射器を取り出した。
中には毒が入っている。
それを首筋へ当てる。
「エリエス……」
小さく呟いた。
そして、注射器の中身を自らの身体へ流し込む。
プシュン
「……お前の未来は……」
古代人の口元から血が流れた。
鼻からも血が溢れる。
「……俺が……」
その身体が、ゆっくりと操縦席へ崩れ落ちた。
「……切り開いたぞ……」
動かなくなった。
戦場に、静寂が戻った。
「……終わったのか」
誰かが呟く。
その時だった。
「みんな!あそこを見て!」
コヨミが声を上げる。
彼女が指差した先。
部屋の奥に、地下へ続く階段があった。
「まだ先があります!」
「行くぞ!」
ヘパイトスが立ち上がった。
アテナ、ガイル、コヨミ。そして、アテナに生気を吸収されて立てないミャンジャム。
ナッシュは彼女に肩を借して一緒に歩き始めた。
そして生き残った聖騎士たちは、階段を下りていった。
【地下二階】
そこは、これまでとは明らかに違っていた。彼らは知らないが居住エリアだった。
遺跡の奥深く。
まだ稼働している施設が存在している。
そして最深部。
彼らは、一つの部屋を発見した。
「……ここは?」
扉を開ける。
部屋の中央に、一つの巨大な生命維持カプセルが置かれていた。
「慎重に行くぞ」
アテナを先頭に、左右をヘパイトスとガイルが固める。
三人がゆっくりと装置へ近づく。
しかし――。
「……開け方が分からん」
ヘパイトスが装置を調べる。
ガイルも周囲を確認する。
「古代人の装置なのは間違いないが……」
そこへコヨミが近づいた。
「私なら、分かるかもしれません」
彼女は装置を細かく調べ始める。
数分後。
「……これですね」
コヨミが一つのボタンを見つけた。
そして、押す。
カシュン。
静かな音が響いた。
生命維持装置のガラス製の蓋が、ゆっくりと開いていく。
その中には――。
一人の少女が眠っていた。
長い桃色の髪。
眠ったままの、幼さの残る顔。
「……少女?」
アテナが息を呑む。
少女の瞼が、ゆっくりと動いた。
そして――。
ほんの少しだけ目が開く。
まだ意識が完全には戻っていない。
ぼんやりとした視界の中で、最初に映ったのは――。
ヘパイトス。
そして、アテナだった。
少女の瞳が、二人を捉える。
長い眠りから目覚めようとしている少女。
そして、その少女を見つめる二人。
維持装置の中に空気が入るとほぼ同時に、その少女の髪は、ピンク色から紅色へと徐々に変化していった。
誰も言葉を発することができなかった。何が起きているかも理解できなかった。
古代遺跡の最深部。
長い戦いの果てに、彼らはついに――。
彼女と出会った。
――続く。




