最後の出撃
【クラウン城の正門前】
朝の澄んだ空気の中、普段なら多くの人々が行き交う場所に、今日は異様な緊張感が漂っていた。
整然と並ぶ聖騎士たち。
その数は六十を超えている。
鎧の擦れる音、武器の確認をする音、そして出撃を待つ者たちの息遣い。
その中心には、四人の正騎士隊長が立っていた。
ヘパイトス・クーパー。
そして、今回の任務のために招集された二人の正騎士隊長。
さらに、四部隊を総合指揮するガイル・オレ。ガイルは今回の古代人と超人類が居るであろう、古代遺跡の調査任務の概要を説明した
ガイルは集まった隊員たちを一通り見渡すと、最後に自分の部隊へ視線を向けた。
そこにはミャンジャム、ナッシュ、コヨミの姿もある。
ミャンジャムとコヨミ。
二人からは、すでに除隊申請が出されている。
ガイルも、それを知っていた。
「……ミャンジャム、コヨミ」
「はい!」
「ガイル様」
二人が同時に返事をする。
ガイルはしばらく二人の顔を見つめた。そして、静かに口を開き二人の頭を優しく撫でた。
「この任務が終わったら、お前たち二人は晴れて自由の身だ」
「……!」
ミャンジャムの胸が高鳴った。
コヨミも目を見開く。
「だからな」
ガイルの表情が少しだけ険しくなる。
「決して無理をして、この任務中に死んでしまったり、動けない身体になったりするんじゃないぞ!」
「……はい!」
「分かってるよ、ガイルさん♪」
コヨミとミャンジャムの返事を聞いたガイルは、ほんの少しだけ笑った。
「よし。では全員、出撃する!」
「「「おおっ!!」」」
六十を超える聖騎士たちが一斉に歩き始めた。
ミャンジャムは背後を振り返る。
クラウン城。
長い間、自分が過ごしてきた場所。
これが最後の出撃になる。
そう思うと、恐怖よりも不思議な高揚感の方が強かった。
コヨミもまた、静かに前を向いている。二人の聖騎士としての最後の任務が、始まった。
【古代遺跡】
その巨大な入口の前には、二体のゴーレムが立っていた。
「……でかいな」
ナッシュが剣を抜きながら呟く。
それは、この世界では珍しくもないゴーレムの姿をしていた。
太い手足。
やや細い胴体。
大きめの頭部。
ただし、全身を覆っているのは石ではない。
鈍い光を放つ、古代人の技術によって作られた鋼鉄の装甲だった。
「全員、気を引き締めろ!」
ガイルの声が響く。
「第一部隊、右!」
「第二部隊、左!」
「残りは援護に回れ!」
巨大な拳が振り下ろされる。
地面が揺れた。
「うおおおおっ!」
聖騎士たちが一斉に攻撃を仕掛ける。
剣が装甲を叩き、槍が関節部へ突き込まれ、魔法が鋼鉄の身体を焼いていく。
巨大なゴーレムは強かった。
だが――。
「攻撃が通ってる……イケる!」
ミャンジャムが叫ぶ。
そう。
四年前に遭遇した魔装騎兵とは違う。
圧倒的なパワーこそあるものの、動きは遅い。
そして装甲も、魔装騎兵ほど強固ではない。
全員の攻撃が、確実にダメージとなっていた。
三十分にも及ぶ激戦。
そして――。
ズズンッ!
二体のゴーレムが、ほぼ同時に地面へ倒れた。
「……やった」
誰かが呟く。
死者は一人もいない。
全員が傷を負いながらも、生きている。
「飲み物を取れ!休憩は短時間だ!」
ガイルの声に、隊員たちは水筒を手に取った。
だが、その表情に油断はない。
ここからが本番なのだ。
【古代遺跡内部】
そこは、彼らが今まで見たことのない世界だった。
壁も床も、見たことのない金属と機械で覆われている。
青白い光が一定間隔で走り、壁面には意味の分からない紋様が浮かび上がっていた。
どこからか、聞いた事のない駆動音が静かに響いてくる。
そして、その先には巨大な部屋がある。
「周囲の警戒を怠るな!慎重に進むぞ!」
ガイルが声を張り上げる。
六十名を超える兵士たちが、ゆっくりと部屋へ入った。
その瞬間だった。
――ピィィィィィィィィィ!!
けたたましい警報音が鳴り響いた。
「なっ!?」
背後で巨大な扉が閉じる。
ゴンゴンゴンゴン……
ガシャンッ!
「退路が塞がれた!?」
混乱が広がる。
その時。
部屋の奥にある壁の一部が開いた。
ズン……。
人型の影が現れる。
一体。
二体。
三体。
そして四体。
黒い装甲に覆われた、異形の騎士。
魔装騎兵。
「……嘘……」
ミャンジャムの顔から血の気が引いた。
アテナも目を見開く。
「まさか……四体も……」
四年前。
森で遭遇した、あの怪物。
ナッシュもコヨミも、その姿を見た瞬間に理解した。
これは、さっきのゴーレムとは違う。
圧倒的に小さい。
なのに――。
怖い。
「全員、落ち着け!」
ガイルが叫ぶ。
「四部隊に分かれる!一部隊につき一体!隊長を中心に包囲しろ!」
隊員たちが動き出す。
その中で、アテナが一歩前へ出た。
「全員、聞くのじゃ!」
六十二歳。
長い年月を生きてきた冒険者の目が、魔装騎兵を睨みつける。
「四年前、ワシの本気の攻撃ですら、この相手には傷一つつけられなんだ!」
拳を握る。
「決して油断するでないぞ!!」
「「「はい!!」」」
戦闘が始まった。
剣。
槍。
魔法。
ありとあらゆる攻撃が魔装騎兵へ叩き込まれる。
だが――。
ガキィン!
「効いてない!?」
鋼鉄の装甲には、傷一つつかない。
「なんて硬さだ……!」
聖騎士たちの顔に焦りが浮かぶ。
ただ一人。
ガイルだけは違った。
「――そこだ!」
ガイルは七属性の魔法の中から火炎系の魔法を選んで剣に纏わせる。
赤い光を帯びた刃が、魔装騎兵の装甲を斬り裂いた。
「入った!」
周囲から驚きの声が上がる。
だが、それでも浅い。
まともに傷をつけられるのは、ガイルの魔法剣だけだった。
そして――。
アテナは自分の右手を見つめる。
そこには、ヘパイトスが作った特注のガントレット。
四年前の敗北。
その日から、この日のために作らせた武器だった。
「ヘパイトス……」
「行け、アテナ!」
「言われずとも!」
ヘパイトスが槍を構える。アテナに他の魔装騎兵から攻撃されない為だ。
魔装騎兵が迫る。
ヘパイトスが牽制する。
その隙を――。
「ぬおおおおおおおおっ!!」
アテナが前傾姿勢で踏み込んだ。
右拳を握りしめる。
全身の力を一点に集中させる。
「これが……四年分の雪辱じゃああああっ!!」
ドゴォンッ!!
拳が魔装騎兵の胴体を貫いた。
黒い装甲の向こう側まで、拳が突き抜ける。
魔装騎兵の赤い目が点滅し――。
消えた。
「……やった」
誰かが呟く。
「ふぅー、ふぅー……」
だが、アテナは息を整える暇すらなかった。
残り三体。
そして他の部隊は、まだ苦戦している。
「ワシしか倒せぬというなら――!」
アテナは拳を引き抜く。
「ワシが全部、倒してやるわい!!」
アテナは魔装騎兵に攻撃を放った際の痛みを握り締め、再び戦場へ駆け出した。
【超人類研究室】
同じ頃。
地下二階。
そこには、この世界では見たことのない機械に囲まれた部屋があった。
その中央に、一つの生体ポッドがある。
透明なガラスの中。
眠っているのは、一人の少女だった。
十五歳ほどに見える。
長いピンク色の髪。
目を閉じたまま、静かに眠っている。
男が歩み寄った。
黒い髪。
この世界の人間とは明らかに違う服装。
男はポッドのガラスへ手を当てた。
「……いよいよ、この施設も発見されてしまったか」
少女は眠ったままだ。
「エリエスよ」
男の声は優しかった。
「お前が目覚められるように、最後のプログラムを流しておく」
機械を操作する。
青白い光がポッドへ流れ込んでいく。
「10分もすれば、起き上がれるはずだ」
男は少女を見つめる。
「お前を起こしに来るのが俺か……奴らになるかは分からない」
しばらく沈黙する。
「だが――」
男は微笑んだ。
「お前は幸せに生きてくれ」
そして、ガラスに置いていた手を離す。
「それが、俺からの最後の頼みだ」
男は装置の横に手紙を置くと、部屋の奥へ向かった。装置の横には古代人が造ったと思われる槍とソードが、壁に掛けられていた。
部屋の奥に格納されていたのは――。
全長三メートル。
巨大な搭乗型魔装騎兵。
男が乗り込む。
機体の目が赤く灯った。
ゴウン……。
機械が動き出す。
男はエレベーターへ向かった。
扉が閉まる。
ボタンを押す。
表示された階層は――地下1階。
エレベーターが上昇を始める。
男は静かに呟いた。
「これが俺の最後の出撃になるかもしれない」
目の前に広がる暗闇を見つめる。
「必ず――」
魔装騎兵の拳を握りしめる。
「お前の未来は、俺が切り開いてみせる」
エレベーターが止まった。
――地下1階。
扉が、ゆっくりと開き始める。
その向こうから聞こえてくるのは、激しい戦闘音。
そして――。
エリエスが眠る地下二階では、静かに秒針だけが進んでいた。
彼女が目覚めるまで、およそ9分
続く




