娘の旅立ち
【聖騎士専用の酒場】
今日も仕事を終えた聖騎士たちが、酒を片手に一日の疲れを癒していた。
店内には様々な声が響いている。
「そしたらよ、森の中からランブルベアが現れてよ、しかも親子なんだぜ?討伐するのに気が引けてよ~」
「大変だったな。けど、俺なんかヴォイドウルフに出会っちまって……」
「マジかよ?今年はヴォイド化した魔物が多くねーか?」
「それな!やってらんねーぜ」
「可愛い女がヴォイド化して襲ってくるなら、まだいいけどな(笑)」
「本当、それな(笑)」
その中の一角。
ミャンジャムとナッシュも、カウンター席に並んで座っていた。
「ふぅ~……今日も疲れたぁ!ん~」
ミャンジャムはグラスを置くと、大きく伸びをした。
「お前は訓練で張り切りすぎなんだよ。実戦で身体が動かなくなるぞ?」
ナッシュが呆れたように言う。
「だって身体を動かすの楽しいじゃん♪」
「お前は昔からそうだな。ま、元気印がミャンか(笑)」
ナッシュは苦笑した。
ミャンジャムも釣られて笑った
こうして二人で酒を飲みながら話す時間も、聖騎士になってから随分と増えた。
やると決めたら突っ走る。
失敗しても諦めない。
そして、いつも楽しそうに笑っている。それがミャンジャムだ。
「なあ、ミャン。聖騎士になって、もうすぐ四年だな」
「……うん。そうだね」
ミャンジャムが少しだけ遠くを見る。
聖騎士として国に仕える期間。
四年間。
それが、もうすぐ終わる。
「四年かぁ……早かったね」
ミャンジャムはグラスの中身を眺めた。
「私たちが聖騎士になったのが十六歳だから……もう二十歳かぁ」
「立派になったもんだな。背はあんまり伸びなかったな、ミャンは(笑)」
「むう!……でも、ここはこんなに育ったんだからね♪ほらほら~♪」
ミャンジャムは楽しそうに胸へ手を当て、強調するように揺らした。
「バカ、そこじゃねえよ。もっと慎みを持てよ。聖騎士なんだぞ、俺たちは!」
「なんかお爺ちゃんみたいな言い方だね……疲れたの?老けたの?」
「違うわ!誰がお爺ちゃんだ!」
ナッシュが顔を赤くして怒る。
ミャンジャムは声を上げて笑った。
そんなやり取りのあと、ミャンジャムは少しだけ真剣な顔になった。
「ねえ、ナッシュは……この先、どうするの?」
「俺か?……そうだな……」
ナッシュは少し考えた。
「俺は……聖騎士を続けるつもりだけど、家のこともあるからな……」
「そっか、うん、そうだね」
ミャンジャムは頷いた。
「じゃあ、ミャンは?」
「私?……」
ミャンジャムは少し黙った。
「実はね……最近、少し考えてることがあるんだ」
「考えてること?」
ミャンジャムは少し照れくさそうに笑った。
「私……冒険者になろうかなって」
「冒険者?ミャンがか?」
「うん……除隊したら、自分の好きなところへ行ってみたいな~って」
「いろんな場所へ行って」
「ほら、昔二人でベリー採取に行ったじゃん?あれは近かったけど、もっと遠い世界をさ」
ミャンジャムは指を一本立てた。
「いろんな人に出逢って」
二本目。
「いろんなクエストを受けて」
三本目。
「いろんなものを見てみたいんだ!」
拳を握り締めたミャンジャムの目は、子供のように輝いていた。
「冒険者か……そういえば、ガイル大隊長が昔そんな話をしてたな」
「え?そうなの?聞きたい!」
「食いつくと思ったよ」
「大隊長が言ってたんだけどな……昨日まで雪山にいたと思ったら、次の日には砂漠。知らない町へ行って、知らない人間と出会って、知らないものを食べて……」
「楽しそうだね!」
「だろ?……もちろん危険も多かったらしいけどな。それでも、振り返れば毎日が夢みたいだったってさ」
「……毎日が夢みたいか~」
ミャンジャムは、その言葉を噛みしめるように繰り返した。
「本当にやりたいのか?」
「うん、私、冒険者になってみたい」
今度の返事には迷いがなかった。
その笑顔を見て、ナッシュは何も言えなくなった。
昔から知っている。
ミャンジャムは、こういう顔をした時には止められない。
「……そうか、じゃあ、応援するよ」
「ありがとう、ナッシュ!」
ミャンジャムは嬉しそうに笑い、グラスを掲げた。
「じゃあ、冒険者になる未来に!」
「気が早くないか?」
「いいじゃん!」
ナッシュも笑いながらグラスを合わせた。
カチン。
小さな音が響いた。
【夕暮れのクーパー家】
それから数日後。
リビングには、赤く染まった夕日が差し込んでいた。
ヘパイトスは椅子に座り、アテナはその隣で編み物をしていた。
そして二人の前で、いつも元気なミャンジャムが、今日は珍しく緊張している。
「どうした?今日はやけに大人しいな」
「話があるんです」
「うむ、話してみなさい」
アテナが優しく頷く。
ミャンジャムは胸に手を当て、一度深呼吸する。
「私……冒険者になりたいんです!」
静かなリビングに、その声が響いた。
「……そうか。それもいいかもな」
ヘパイトスは穏やかに笑った。
ミャンジャムは少し驚いた。
「……怒らないんですか?」
「怒る理由があるのか?」
「だって……王国務めを辞めるんですよ?」
「辞めると言っても、聖騎士としての資格を捨てるわけではないのだろう?」
「はい……それはもちろん」
「ならば問題ない。それに、お前はもう二十歳だ。自分の進む道くらい、自分で決めていい頃だろう」
アテナも隣で微笑む。
「そうじゃ。やりたいことは若いうちにしておくもんじゃな。お前は五歳の頃、わしらのところへ来た。そして聖騎士になりたいと言った。その夢を、お前は自分の力で叶えた」
アテナは優しく娘を見る。
「……はい!」
「なら次の夢も、自分で追いかけてみればいい」
ミャンジャムの目が潤んだ。
「本当に……いいんですか?」
ヘパイトスが答える。
「ああ、行ってこい!ただし、無茶をして死ぬんじゃないぞ」
「はい!」
「あと、腹が減ったらちゃんと飯を食え、酒ばかり飲むなよ?」
「……はい。もう///」
アテナが笑った。
「ミャンらしいのう。いいか、たまにはワシらの所へ顔を出すのじゃぞ?」
「もちろんです!」
「お転婆娘の面倒から解放されるか……なら、どこかの街で鍛冶屋を開くとしようかの」
「鍛冶屋ですか?」
「そうだ。お前のように、すぐに武具を傷めてしまう奴は世の中に山ほどいるからな(笑)」
「私も手伝いますよ」
「ほぅ、手伝ってくれるのか?」
「当たり前ですよ。あんたみたいなぶっきら棒が一人でやって、上手くいくと思っておるのかい?」
「はは、違いないな(笑)」
家族三人の笑い声が響いた。
【クーパー家リビング】
そして数日後。
クーパー家では、ミャンジャム二十歳の誕生日と、冒険者としての旅立ちを祝うパーティが開かれていた。
「ミャン、おめでとう!」
「おめでとうございます、ミャンジャム」
「二人とも、ありがとう!」
ヘパイトス、アテナ、ナッシュ、コヨミ。そしてミャンジャムの五人が同じテーブルを囲んでいる。
料理はいつもより豪華だった。
肉料理に魚料理。
サラダにスープ。
焼き立てのパン。
そして酒。
「全く、あの時もミャンが一人で突っ走るから大変な目にあったよな」
「えぇ!?そうだったっけ?」
「そうですよ。まぁ、ナッシュもアンデッドに遭遇した時には、足が震えてましたけどね(笑)」
「……し、仕方ないだろ?あの時、初めて見たんだからさ///」
「ナッシュ、ダッサー(笑)」
「わ、笑うなよな!」
楽しい時間だった。
昔話をしながら、ミャンジャムは何度も笑い、何度も料理を口に運んだ。
――けれど。
楽しい時間が続くほど、ミャンジャムの胸には少しずつ寂しさが込み上げてきた。
もうすぐ自分は、この家を出る。
毎朝聞いていたヘパイトスの声も、アテナの笑顔も、この家で過ごす何気ない日常も。すべてを置いて、旅に出る。
ミャンジャムは黙ってグラスを見つめた。
「どうした、食べすぎたのか?」
「もう、お父さんったら、そんなんじゃないよ」
その笑顔には、少しだけ寂しさが混じっていた。
パーティもかなり進んだ頃。
ミャンジャムは静かに立ち上がった。
「……お父様!お母様!」
ミャンジャムは二人の前に立った。
「私……」
少しだけ声が震えた。
「今まで育ててくださって、ありがとうございます」
ヘパイトスの顔から笑みが消えた。
アテナも黙って娘を見る。
「五歳の私を拾ってくれて……」
ミャンジャムの瞳に涙が浮かぶ。
「聖騎士になりたいって言った私を、ずっと支えてくれて……怒られたこともあったけど……」
涙が一粒、頬を伝った。
「いっぱい褒めてもらって……いっぱいご飯を作ってもらって……」
ヘパイトスもアテナも目頭が熱くなってきていた。
「私、二人に育てられて幸せでした」
その瞬間、アテナの目から涙がこぼれた。
「お前が幸せだったのなら……わしらも幸せだった。お前はわしらの自慢の娘だ。いつでも帰ってくるんじゃぞ!」
「……はい!」
ミャンジャムは両親の胸の中で泣いた。
ここまで育ててもらったことへの感謝。
愛してもらったことへの感謝。
そして、これから自分の人生を歩いていくための、決意の涙だった。
三人とも涙を流していた。
その後ろではナッシュが感動して涙を流し、コヨミは必死に目元を押さえて涙を堪えている。
誰もが、ミャンジャムの旅立ちを心から祝福していた。
それでも――
一人がこの家を旅立つ寂しさは、誰の胸にも残っていた。
どれくらい時間が経っただろう。
「すみませーん!!」
突然、玄関の向こうから大声が響いた。
バァン!!
玄関の扉が勢いよく開いた。
「ヘパイトス様、アテナ様……た、大変です!」
そこにいたのは私服姿のガイルだった。髪は乱れ、息を切らしている。
「はぁ……はぁ……」
「どうしたんじゃ、ガイルよ。何があったのだ?」
「はぁ……はぁ……」
「何かあったんですか?」
ミャンジャムが尋ねる。
「……見つけたんだ」
「だから、何をじゃい?」
「例の魔装騎兵の居場所をです」
「……!」
その言葉に、ミャンジャムの笑顔が消えた。ナッシュも息を呑む。
ヘパイトスは立ち上がり、アテナも静かにガイルを見る。
「ようやく、それらしい場所を特定しました。そこには古代遺跡があったとの報告です」
部屋に沈黙が落ちる。
ミャンジャムは拳を握った。
あの時の光景が蘇る。
赤く染まった森。
自分たちへ向けられた赤い光。
そして、アテナの攻撃を受けても立ち上がった、あの異形の存在。
「……魔装騎兵」
ミャンジャムが呟く。
その隣でナッシュが驚愕する。
コヨミだけは何も言わなかった。
「国王様から正式に命令が出て、古代遺跡への調査隊を編成することになると思います」
ミャンジャムは一度だけ、深く息を吸った。
さっきまで冒険者になることを喜び、家族との別れに涙を流していた。が、その前に――まだ一つだけ、終わっていないことがある。
四年前。自分たちの前に現れた、あの魔装騎兵の正体を確かめる。
こうして、ミャンジャムの聖騎士としての最後の仕事が決まった。
そしてそれは――
彼女が初めて本格的な冒険へ旅立つ、その直前の出来事でもあった。
続く。




