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ミャンジャム・イレイユ・クーパー

【王都クラウン城下町】


 武闘女神アテナを含む、六十人を超える聖騎士たちによって、古代遺跡の制圧と、超人類と思われる少女の確保に成功した。


 その報告を受けたクラウン城では、その日のうちに大々的なパレードが開かれた。


 古代遺跡の外で発見された巨大ゴーレム二体。

 そして遺跡内部でガーディアンとして立ちはだかった四体の魔装騎兵。

 さらに、搭乗型魔装騎兵と古代人の撃破。


 今回の討伐は、クラウンにとって大きな功績となった。


 そして何よりも、エルドラド王国の繁栄を支えた大きな要因の一つとされる、超人類を一人確保したのである。


 街では聖騎士たちの活躍を称える声が上がり、とりわけ武闘女神アテナの名は、いつにも増して人々の口に上っていた。

 そんなパレードの最中。


「ナッシュ!」


 人混みの中から声を掛けられ、振り返ったナッシュの視界に、こよみの姿が入った。


「コヨミ?」


 コヨミはナッシュの前まで歩いてくると、少しだけ照れたように笑った。


「ねえ、今夜バーで付き合ってほしいんだ」


「え……?」


 これまで、コヨミの方から誘われたことなどなかった。


 思わぬ誘いに、ナッシュは少し顔を赤くしながら、

「う、うん。もちろん」

 と答えた。



【聖騎士専用酒場】


 そして、その日の夜。


 聖騎士専用酒場へ入ったナッシュは、店の奥から大きく手を振るこよみを見つけた。


「ナッシュ! はい、ここよ!」


「コヨミ……」


 ナッシュはコヨミの待つ席へと向かった。

 二人は酒を注文し、しばらくの間、静かに酒を飲んでいた。

 やがて、コヨミがゆっくりと口を開く。


「ねえ、知ってる?」

「何を?」


「パレードの裏で、国王がガイル様たちを付き添わせて、あの超人類の女の子から古代人や他の超人類について聞き出そうとしたらしいの」


「えっ、そうなのかい?」


 少し驚いた表情を浮かべるナッシュ。

 コヨミは話を続けた。


「でもね、どうやらあの子、自分のことも名前しか分かってないみたいなの。超人類とか古代人に関する記憶も、一切なかったらしいわ」


「そうなんだ……」


「それが本当なのか確かめようとした国王が、その少女の身体に触った途端、急に暴れ出したらしいの」

挿絵(By みてみん)

「暴れ出した?」


「ええ。まるで、だだをこねる子供みたいだったそうよ。でも、とにかく力がものすごかったみたいで……」


 コヨミは少し呆れたような顔をする。


「ガイル様をはじめとする聖騎士が四人がかりで、ようやく押さえつけたんだって。それでも全然駄目だったから、上級の魔法使いを六人呼んで、六人がかりで睡眠魔法を使って、ようやく眠らせたらしいわ」


「そんなにすごかったんだ……」


 ナッシュは驚きながら呟く。


「やっぱり超人類って、すごいんだな」


「あんまりにも手に負えないから、ヘパイトス様とアテナ様に預けるそうよ」


「そうか。確かに、その二人くらいしか、そんな子の世話はできないかもしれないね」


「ええ、私もそう思うわ」


 二人の間に、しばらく沈黙が流れた。


 コヨミは手元の酒を眺めながら、再び口を開いた。


「……ここからは、私の話なんだけど」


「うん?」


「私がマリニウムから来たってことは知ってるよね?」


「うん。仲間を紹介されたとき、ガイル隊長が話していたよ」


「それと、これは言ってなかったんだけど……」


 コヨミは少しだけ視線を落とす。


「私はマリニウムのハクビ家の一人娘なの。一応、貴族の出身なのよ」

挿絵(By みてみん)

「えっ、君も俺と同じ貴族だったんだ」


「ええ。でも、悪いことにね。クラウン城と違って、マリニウムは今、すごく政治が不安定なの」


 コヨミはゆっくりと酒を口にした。


「ハクビ家は国王の強引なやり方に反対の意見を唱えていたの。だから、その中でも地位や名声を築きつつあった私を邪魔者と判断して、クラウン城へ派遣したのよ」


「……」


「聖騎士になれたら帰ってこいって言われたわ」


「そんな事情があったのか……。君も、いろいろ大変なんだな」


「まあね」


 コヨミは小さく笑うと、度数の低めな酒を飲み干した。


「でも、晴れて聖騎士になれたから。明日には城を出て、故郷に帰ろうと思うわ」


「そうなんだ……。心配なんだね、故郷が」


 ナッシュは少し考えてから、口を開いた。


「そうだ。ミャンジャムには会って行かないのか?」


「……そうね」


 コヨミは少しだけ迷うように目を伏せた。


「やめておくわ」


「そうか」


「彼女は、あまりにも眩しすぎるから……もう一度会ってしまったら、別れるのがつらくなりそうなの」


「そうだね……ミャンの明るさは、眩しいくらいだよね」


コヨミは何も答えなかった。

 ただ、少し悲しげな表情で、グラスを見つめていた。

    



【クーパー家リビング】


 クーパー家では、古代遺跡討伐を終えた三人が、小さな祝宴を開いていた。


 今回の料理を用意したのは、ヘパイトスとミャンジャムだった。


 二人で悪戦苦闘しながら作った料理を並べ、三人で食卓を囲んでいる。


 そして今、ヘパイトスは拳を酷使しすぎたアテナの口元へ、料理を運んでいた。


「ほら、もう少し食べろ」

「うむ……」


 アテナは少し照れくさそうに料理を口にする。


「お母さん、顔が赤いですよ♪」


 ミャンジャムが楽しそうに笑った。


「ふふ。こんなことをしてもらうのは初めてじゃからな。年甲斐もなく照れてしまうわい」


「お前もいい年なんだから、あんまり無茶をするなよ」


 ヘパイトスが心配そうに言う。

 するとアテナは、いつものように豪快に笑った。


「わしの手は怪我しても、治るまで時間をかければよいが、お前さんの手はそうはいかんからの。名誉の負傷というやつじゃ」


「戦闘中のお母様は、すごくかっこよかったです」


 ミャンジャムは、古代遺跡で戦っていたアテナの姿を思い出す。


「でも……」


 ミャンジャムは頬を赤くした。


「あれだけ人がいる前で、突然キスしてくるのは、あんまりですよ。恥ずかしさに頭の中が空っぽになっちゃいました///」


「すまんかったの。あの時は、それしか手がないと思ったからな」


 アテナは悪びれた様子もなく笑う。


「しかし……柔らかい頬じゃったのう」


「もう、お母様ったら///」


 笑い声がクーパー家に響いた。

 その時だった。


 コンコン。

 玄関のドアがノックされた。


「すみません、ガイルです」


「おや、またパーティー中にガイルか」


 ヘパイトスが苦笑する。


「今度も厄介事を持ってきたんじゃないだろうな?」


 ヘパイトスが玄関のドアを開ける。

 そこには、少女を抱えたガイルが立っていた。


「……ガイル様?」


 ミャンジャムが目を丸くする。


「遅い時間にすまない」


 ガイルの腕の中で眠っているのは、古代遺跡から確保された少女――エリエスだった。


 事情を聞いた三人は、驚いた表情でエリエスを見つめる。


 どうやら彼女は、クラウン城の発展に何も役に立たない。


 それどころか、手がつけられない。

 そう判断されてしまったらしい。


 そのため、エリエスはクーパー夫妻に預けられることになったのだという。


「それと、これは彼女の養育費だそうです」


 ガイルが、大金の入った袋をテーブルの上に置いた。

 ドン!


「こんなにもか?」


 ヘパイトスが目を丸くする。


「爺さんの稼ぎを当てにすれば、金などもらわんでも十分やっていけると思うんじゃがな」


「いえ。それが、国王もよろしく頼むと伝えてくれと言われまして」


「そうか……」


 ヘパイトスは眠っているエリエスを見つめる。


「噂では聞こえてきたが、それほどのジャジャ馬じゃったか」


 アテナがエリエスの顔を覗き込む。


「よかろう、任せておけ」


 国王からの頼みを、アテナは快く引き受けた。


「ところで明日の朝には、わしらはヘルメスの街へ向けて出発するが……」


 ヘパイトスはガイルへ向き直った。


「世話になったな、ガイルよ」


「ええ。ヘパイトス様、アテナ様もお元気で」


 ガイルは二人に頭を下げる。

 そして、ミャンジャムを見る。


「ミャンジャム。お前も、昔の俺のように冒険者になるんだってな?」


「はい」


 ミャンジャムは凛とした表情で答えた。


「世界中を旅して回ろうと思っています」


「そうか」


 ガイルは懐から何かを取り出した。


「これは騎士団からの贈り物だ」


 差し出されたのは、聖騎士が首から下げる金属製のプレート型の身分証だった。


 そこには、

 『クラウン王国聖騎士 ミャンジャム・イレイユ』

 と刻まれている。


「ありがとうございます」


「それと、外の玄関のところに、お前用に一頭、馬を連れてきている。旅の足に連れて行くといい」


「ありがとうございます、ガイル様」


 ミャンジャムは深く頭を下げた。


「四年間、お世話になりました」


「……ああ」


 ガイルは静かに頷いた。

 そして、クーパー家を後にするため玄関へ向かう。


「では、最後に一緒に寝ようかの?」


「……はい♪」


エリエスをミャンジャムが使っていた部屋のベッドで寝させ、ミャンジャムは最後の家族との夜を共に過ごした




【翌朝】


「行くのか、ミャン」


 ヘパイトスが声を掛けた。


「はい」


 ミャンジャムは眠っているエリエスを見る。


「お父さんも、お母さんもお元気で。その子が目を覚まさないうちに旅立とうと思います」


「そうだな」


 ヘパイトスもエリエスを見る。


「初めて見た家族の一人が、その日のうちに長い別れになってしまうと、この子もつらかろうな」


「はい。私もそう思います」


 ミャンジャムは立ち上がり、聖騎士の鎧を身に纏い始めた。


「待て、ミャン」


 ヘパイトスが声を掛ける。


「お前に餞別がある」


 隣の部屋から持ってきたのは、一本の槍。

 古代兵器――ベイオネットだった。


「コヨミが言っていた話では、この槍はベイオネットという、古代人が作り出した槍らしいぞ」


 ヘパイトスは、ベイオネットをミャンジャムへ差し出す。


「なんでも、自動修復機能とやらが内蔵されていて、多少のダメージなら一人でに修復してくれるそうだ」


「本当ですか? それは凄いですね!」


「それと、この八個の穴からは、魔法力を弾として発射することができるという便利な兵器らしい」


 ヘパイトスは穏やかな笑顔を浮かべた。


「大切に使うがよい」


 ミャンジャムはベイオネットを受け取った。


「え? でも、これは女の子のために用意されていたソードと、お揃いのものなのでは?」


「ああ」


 ヘパイトスは頷く。


「槍ならば、わしの長年の経験と技術で、同じくらいの一品を作ってやれる」


 そして、古代の剣へと視線を向ける。


「しかし、ソードに関しては、同じレベルの物を作ってやれる知識がない。いいものを作ってやれる自信がないのだ」


 ヘパイトスは再びミャンジャムを見る。


「だから、ミャンへの餞別は、この槍――ベイオネットじゃ」


「ありがとうございます!」


 ミャンジャムは嬉しそうにベイオネットを抱きしめた。


「もう一つあるのよ。プレートを見てみなさい。朝方この人が早起きして刻んでたのよ」


ミャンジャムが首からかけてある聖騎士のプレートを見ると、ミャンジャム・イレイユの続きに「クーパー」と追加されていた


「お父さん、お母さん……」


ミャンジャムは両親を見つめた。

 そして――

 玄関を出る。

 ミャンジャムは一度振り返った。


 そこには、笑顔で手を振ってくれているアテナの姿。

 そして、涙を堪えているヘパイトスの姿があった。


「ミャン」


 ヘパイトスが静かに呼びかける。


「今日からお前は、ミャンジャム・イレイユ・クーパーじゃ」


「お母様……」

挿絵(By みてみん)

 ミャンジャムの目に、涙が浮かぶ。


「ありがとうございます!」


 最後に二人の顔をしっかりと目に焼き付ける。

 そしてミャンジャムは、ガイルが用意してくれた白い馬にまたがった。


「お父さん! お母さん!」


 大きな声で別れを告げる。

 二人が手を振る。

 ミャンジャムも手を振り返す。


 そして――

 クラウン領土から、旅立った。

    



【クラウン城南東部】


 森林地帯の入り口を、ミャンジャムは白馬に乗ってゆっくりと進んでいた。


 左手で手綱を握り、右手にはベイオネット。

 周囲を警戒しながら、慎重に馬を進めていく。


「そういえば、ガイル大隊長が言ってたな」


 ミャンジャムは、ふと思い出した。


「冒険に出て最初の出会いは、特に重要だと」


 ガイルから聞いた言葉。


「そこから旅の方向性が、大きく決まってしまう要因になるからなって言ってたっけ」


 ミャンジャムは前を向いた。


「私の初めての出会いは、どんな人かな?」


 少しだけ期待に胸を膨らませる。


「渋いお父様のようなオジサマかな?」


 そして、少し考える。


「お母様のような凛々しい女性かしら?」


 さらに想像を膨らませる。


「ガイル大隊長のような、強くてユニークな方だと、旅が楽しくなりそうなんだけどな」


 そんなことを考えながら、森の中を進んでいく。

 その時だった。


 ガサゴソ……。


「ん?」


 前方の茂みから、何かが動く音が聞こえた。


「まさか、魔物が?」

挿絵(By みてみん)

 ミャンジャムはベイオネットを構え、茂みを凝視する。

 すると――


 茂みの中から、青い大きな塊が姿を現した。


「スライム?」


 ミャンジャムは目を丸くする。


「なぜ、こんなところにスライムが単独で?」


 その直後。

 青い塊が、ゆっくりとミャンジャムの方を向いた。

 そして――


「よう、お嬢ちゃん」


 ミャンジャムの目が大きく見開かれる。


「四年ぶりだな」


 青いスライムは、ニヤリと笑うように身体を揺らした。


「あんたが来るのを待ってたぜ!」


 ミャンジャムの冒険は――

 思いもよらない出会いから始まった。




続く。

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