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武闘女神アテナ

【聖騎士任命試験当日】


クラウン城に併設された巨大なコロシアムには、大勢の観客が詰めかけていた。


今年、聖騎士任命試験に挑む見習いは八人。そのうち五人の試験がすでに終わり、いずれも不採用という結果になっていた。


そして六人目。


「ナッシュ・スターク!」


審判の声が響き、控え席から一人の少年がコロシアムへと歩み出る。十六歳になったナッシュは、ソードを握り締めながら試験官の前に立った。


試験官は現役の聖騎士。ナッシュがソードを構えた瞬間、その聖騎士の姿が一瞬ぶれた。


「……っ!」


次の瞬間には、聖騎士のソードが目の前に迫っていた。


ガキィンッ!!


「ぐっ!」


ナッシュのソードが弾かれる。二人の力量差は明白だった。聖騎士と聖騎士見習い。


同じソードを使っていても、そこには埋めようのない差がある。


そもそも、この試験は見習いが聖騎士に勝つためのものではない。聖騎士を相手に、どれだけ自分の力を発揮できるのか?どれだけ最後まで諦めずに戦えるのか?


それを見極める試験だった。


「くっ……!」


ナッシュは必死にソードを構える。

だが、足が一歩後ろへ下がった。

そのとき……


「こらー! ナッシュ、何してんのよ!」


控え席から聞き慣れた声が飛んできた。


「がっつり行っちゃいなさいよー!」


「……ミャンジャム!」


ナッシュが振り返る。そこには、拳を握り締めながら声援を送るミャンジャムがいた。


「何を迷ってんの!やれるだけやっちゃいなさいよ!」


「……!」


ナッシュは一度だけ目を閉じた。そして……


「うおおおおおっ!!」


何も考えず、ソードを振り回した。


「なっ……!」


試験官がわずかに目を見開く。


ガキィンッ!!


そして、そのソードの先端が……試験官の脇腹を掠めた。


「…………」


コロシアムが静まり返る……

やがて審判が口を開いた。


「合格!」


「……え?」


「ナッシュ・スターク。聖騎士任命試験、合格とする!」


「よっしゃああああ!!」


観客席から歓声が上がる。

ナッシュは信じられないような顔をしたあと、剣を掲げた。その視線がミャンジャムへ向く。ミャンジャムは満面の笑みで親指を立てていた。


「やったじゃん、ナッシュ!」


「お、お前なぁ……!」


ナッシュは呆れたように笑う。

そして、ここまで六人の試験を担当していた試験官が、静かに控え室に下がった。次はいよいよ……


「ミャンジャム・イレイユ!」


「はいっ!」


名前を呼ばれたミャンジャムが立ち上がる。だが、その瞬間だった。


コロシアムの奥。控え室から一人の女性が姿を現した。


「…………………」

「……えっ!?」

「マジかよ……」


ざわめきが消える。

観客たちが息を呑む。

そして次の瞬間――。


「うおおおおおおおおおおおっ!!」


コロシアムが大歓声に包まれた。

現れたのは赤い髪をなびかせた一人の女性。世界に五人しか存在しないSSランク。クラウン城が世界に誇る、武闘女神。


アテナ・クーパー。


「…………え?」


ミャンジャムの顔から血の気が引いた。


「お、お母様……?」


アテナは楽しそうに笑いながら、ゆっくりとコロシアム中央へ歩いていく。


「いや~、すまんのう」


観客へ軽く笑顔で手を振る。


「娘の成長が見たくての。王に無理を言って、ミャンジャムの試験だけは、わしにやらせてもらうことにしたんじゃ」


「…………」


ミャンジャムは固まっていた。世界中の聖騎士の誰もが勝てないと言われる女。


ヘパイトスよりも強いガイルでさえ、まともに相手にならないと。そんなアテナが……


今、自分の目の前に立っている。


「お母様が……私の…試験官……!?」

挿絵(By みてみん)

「そうじゃ」


アテナはニヤリと笑う。


「別に、誰もお前がわしに勝てるなどとは思っておらん」


「…………」


「持てる力を、いかんなく発揮すればよい。それだけじゃ」


その言葉を聞き、ミャンジャムはゆっくりと息を吐いた。


「……そうだ」


勝つ必要はない。

自分がどこまでやれるのか。

それを見せればいい。


「……やってやる!」


ミャンジャムが槍を構えた。


「では……始め!」


試合開始の声が響いた。

その瞬間、ミャンジャムは動いた。前後左右へ素早く足を運び、一定の距離を保つ。


アテナの戦い方は聞いている。

蝶のように舞い、蜂のように刺す。

とてつもない速度で動き、鋭い一撃を叩き込む。ならば、捕まらなければいい。


「……!」


突然アテナが、ゆっくりと両手を背中へ回した。


「……え?」


そして、そのまま両手を後ろで組む。


「お母様……?」


アテナは笑っていた。


「先に攻撃させてやるぞ」


「……え?」


「ワシは反撃もせん。好きなだけ突くといいぞ」


「…………」


ミャンジャムは目を見開いた。

両手を使わない。


つまり、完全なノーガード。

これなら――!


「……いきます!」


ミャンジャムが踏み込んだ。


「はあっ!」


槍が一直線にアテナの胸元へ伸びる。


しかし――

ヒュッ。

アテナが身体を僅かに横へずらした。槍の穂先が、空を切る。


「……っ!」


ミャンジャムはすぐに槍を引き戻した。


今度は下から。

「せいっ!」

ヒュンッ!


またしても、アテナは身体を傾けるだけでかわした。


「まだっ!」

右。

左。

突き。

薙ぎ。

連続して繰り出されるミャンジャムの攻撃。


しかし――

当たらない。

一撃も。


アテナは両手を後ろで組んだまま、まるで舞うように身体を動かしていた。


ミャンジャムの槍が、あと僅かというところを次々と通り過ぎていく。


「くっ……!」

さらに一歩踏み込む。


「たあああっ!」

渾身の突き。


それすらも、アテナは身体を半身にするだけでかわした。


「…………」


観客席から見ていたナッシュも、目を疑っていた。


「嘘だろ……」


ミャンジャムは強くなった。

自分と何度も競い合い、鍛錬を重ねてきた。


今のミャンジャムの槍さばきは、聖騎士見習いの中でも間違いなく一流だ。

それなのに――


「ミャンもかなり強くなったのに……」


ナッシュの額に冷や汗が浮かぶ。


「かすりもしないなんて……嘘だろう!?」


ミャンジャム本人も同じだった。


「なんで……!?」


息を切らしながら、槍を構える。


「どうして当たらないの……!?」


アテナは答えない。

ただ、両手を後ろで組んだまま、笑みを浮かべている。


「…………」


ミャンジャムは一度、大きく後ろへ跳んだ。


距離を取る。

肩で息をしながら、アテナを見つめた。


「はぁ……はぁ……」


どうして?

自分は確かに全力で攻撃している。


なのに、アテナにはまったく届かない。すると、アテナが口を開いた。


「いい槍さばきじゃな」


「……え?」


「随分と上達したものじゃ」


アテナは嬉しそうに笑った。

そして、少しだけ懐かしそうに目を細める。


「若かりし頃の、あの人の動きとよく似ておるわい」


「…………」


その言葉を聞いた瞬間。

ミャンジャムの頭の中に、ある人物の姿が浮かんだ。


いつも自分の槍を見ていた人。

何度も何度も、自分に槍の振り方を教えてくれた人。


「……お父様……」


ヘパイトス。

自分の師匠。

自分が今まで磨いてきた槍術は、すべてヘパイトスから教わったものだ。

そして――


「…………あ」


ミャンジャムの顔から、血の気が引いた。


「そういう……こと……?」


その後ろにいたナッシュも、何かに気づいた。


「……そうだ」


ナッシュはアテナを見る。

そしてミャンジャムを見る。


「ミャンジャムの師匠は、ヘパイトス様なんだ……」


ナッシュはアテナを見た


何十年もの間、彼と共に戦ってきたアテナ。

その戦い方を、誰よりも知っている。


「だったら……」


ナッシュの声が震える。


「ミャンの槍さばきなんて、アテナ様には全部分かるんじゃ……」


ミャンジャムも、その言葉の意味を理解していた。自分が今まで使ってきた槍の動き。


踏み込み。

突き。

薙ぎ払い。

そのすべてが、ヘパイトスから教わったもの。


そしてアテナは、そのヘパイトスと何十年も共に戦ってきた。


「……当たるはずがない……」


ミャンジャムの手に、じわりと汗が滲む。


当たらなかったんじゃない。

当たるはずがなかった。


自分が師匠から教わった槍術を使う限り――

この人には、届かない。


「…………」


アテナは、そんなミャンジャムを静かに見つめていた。


その表情には、どこか嬉しそうな色が浮かんでいる。


「さて……そろそろ攻撃しても良いかの?」


アテナの気が変化したのを感じたミャンジャムは、槍を握り直した。


目を逸らしてはいけない。

アテナの動きを見逃さない。

だが、次の瞬間……


「……え?」


消えた。


一瞬、アテナの姿が視界から消えた。


「どこに……」


ドゴォォォン!!


「ぐはぁっ!!」


腹部に、とてつもない衝撃。

ミャンジャムの身体が宙を舞った。

そのまま凄まじい勢いで吹き飛ばされる。二十メートル近く。コロシアムの端まで転がり、砂煙が舞った。


「ミャンジャム!」


観客席からナッシュの声が響く。

ミャンジャムは倒れていた。


「…………っ」


身体中が痛い。

だが――。

手の中には、槍があった。


「……武器を……捨てるな……」


幼い頃から、義父ヘパイトスに何度も言われてきた言葉。


「武器は騎士の命……」


ミャンジャムは槍を握り締める。


「武器を捨てては……聖騎士の恥……!!」

挿絵(By みてみん)

震える足で立ち上がった。


「……まだ……やれる……!」

 

その姿を見たアテナは、嬉しそうに笑った。


「なんじゃ、もう終わりかと思ったぞ?」


ゆっくりと近づいてくるアテナ。

余裕の笑み。


久しぶりに自分に挑んでくる者がいることが、楽しくて仕方がない。


「……はぁはぁ……」


ミャンジャムはアテナを見る。

勝てない。正面から戦えば、間違いなく勝てない。


なら……


「…………」


ミャンジャムは、一瞬だけ身体を左右に揺らした。


「む?」


アテナの背後へ回り込む。もちろんアテナはその動きを捉えている。


「これで……!」


ミャンジャムは槍を握り直した。そして……


「くらえぇぇぇぇ!!」


絶対に捨ててはいけないと言われ続けた槍を、アテナの顔へ向かってブン投げた!


「ふふっ……これが最後のあがきかえ?」


アテナは余裕たっぷりに笑った。飛んできた槍に対して、身体をほとんど動かさない。

 

ただ、顔をほんの少し横へ傾ける。槍は空を切った。


「……なっ!?」


だが……


「なんじゃと?」


アテナの目の前に、ミャンジャムがいた。


「どりゃあああああああっ!!」

挿絵(By みてみん)

ドォン!!


「ぬおっ!?」


ミャンジャムの全身全霊のタックル。

アテナの身体が大きく揺れる。


そして二人の身体は、そのままコロシアムの外へ……


「えっ!?」


観客席から悲鳴が上がった。

二人の身体が地面へ落ちる。

先に足をついたのは……


「…………」


アテナだった。

ほんの一瞬。

わずかな差。審判が判定する。


「勝者――!」


静まり返るコロシアム。


「ミャンジャム・イレイユ!!」


「…………」


誰も声を出さない。

誰も理解できていない。

あのアテナが。

SSランクの武闘女神が。聖騎士見習いの少女に………負けた。


「…………」


数秒後。


「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


コロシアムが揺れた。

割れんばかりの大歓声。


「ミャンジャムが勝ったぞ!!」

「アテナ様に勝った!?」

「すげえええええ!!」


その歓声の中に、ナッシュもいる。


「……あいつ……本当に……」


そしてミャンジャム本人はというと……


「……勝った……?」


呆然としていた。やがて…


「…………やったぁぁぁぁぁぁぁ!!」


拳を突き上げた。


こうしてミャンジャム・イレイユは、聖騎士任命試験に合格した。しかも……

誰も予想しなかった方法で。

誰もが予想しえなかった勝利で。





【クーパー家のキッチン】


「ほら、もっと食べなさい」


「お腹いっぱい食べても、良いのですか?」


その日の夕方。クーパー家の食卓には、豪華な料理が並んでいた。


ステーキにサラダ。

焼きたてのパンにスープ。

ミャンジャムの皿には、次から次へと料理が盛られていく。


「今日は特別じゃ。気が済むまで、好きなだけ食べるといい」


「ほんと!? いただきまーす!」


ミャンジャムが嬉しそうに、焼きあがったばかりの肉へかぶりつく。


そんな娘を見ながら、ヘパイトスが口を開いた。


「……ミャンジャム」


「ん?」


「よくやった」


「…………」


ミャンジャムの手が止まった。


「お前は褒めるとすぐ調子に乗るから、普段はあまり褒めんようにしているが……」


ヘパイトスは笑った。


「今日ばかりは、文句なしだ」


「…………」


「立派だったぞ、ミャンジャム!」


「……へへ♪」


ミャンジャムは頬を赤くした。


「へへへ……」


「なんじゃ、珍しく照れておるのう」


その様子を見ていたアテナが笑う。


「だ、だって……お父さんがこんなに褒めてくれること、あんまりないし……」

挿絵(By みてみん)

「当然じゃろう」


アテナも優しく微笑む。


「今日のお前は、本当に立派じゃった。ミャンはワシらの自慢さ」


「お母様まで……」


「まさかわしが負けるとは思わなんだわ」


「えへへ……」


「じゃが……」


アテナはミャンジャムの頭を撫でる。


「最後まで諦めず、自分で勝つ方法を考えた。その姿は、わしにも嬉しかったぞ」


「…………」


ミャンジャムは少しだけ照れながら笑った。


「……ありがとう」


そして再び料理へ手を伸ばす。


「これ、おいしい!」


「そうかそうか。もっと食べなさい」


「うん!」


その日、ミャンジャムは家族からこれ以上ないほど褒められた。


そして――。


お腹いっぱいになるまで、アテナの料理を食べ続けたのだった。その日の夜、ミャンジャムは生まれて初めて見るほど幸せな夢を見た。




続け

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