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婚約破棄を申し渡される前にこっちから婚約破棄を申し出てやろうと画策した令嬢の迎えるハッピーエンドとは  作者: よしゆき


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 それからは、特に何事もなく日々が過ぎていった。

 聖獣との生活にも慣れてきた。ポンと名付けた狸の姿の聖獣は、主となったテレサの傍を離れない。学校にもついてくるし、授業中も常に一緒だ。普通の動物やペットを同伴すれば注意されただろうが、ポンは聖獣なので許された。

 授業を終え、テレサはそのまま歩いて門を出た。今日は迎えの馬車はいらないと伝えていた。今はポンがいるので、それが可能になった。何かあってもポンが守ってくれる。妖精の加護と恩恵も受けている。この状況で、テレサの身が危険に晒される事はまずない。

 だからテレサは学園からそのままポンを連れ、徒歩で森林公園へと向かった。

 公園内でポンに運動をさせようと考えたのだ。

 ポンは殆んど自分で歩かない。移動中は大体テレサに抱えられている。

 ポンは聖獣であり、普通の動物とは違う。健康を損なう恐れはないだろうとわかってはいるが、やはり少しくらいは運動させた方がいいような気がしたのだ。

 公園の中に入る。広い敷地内を進み、人のいない奥へと向かう。


「さあ、ポンちゃん。ここなら誰も来ないでしょうし、好きに歩いていいわよ」


 テレサは抱えていたポンを草むらに下ろした。ポンはスンスンと匂いを嗅ぎながらうろうろと歩き回る。

 短い足でちょこちょこと動く姿は可愛らしく、ただの動物にしか見えない。

 ふと、何かに気づいたようにいきなりポンが駆け出した。


「あっ!? ポンちゃん……っ」


 テレサは慌てて追いかける。

 ポンは足を止め、草むらに鼻を突っ込む。ふんふんっと荒い鼻息を漏らしている。そしてポンの鼻息に混じって、何やらすすり泣くような声も聞こえる。


「ポンちゃん、そこに何があるの……?」


 覗き込めば、ポンのすぐ近くに手のひらサイズの妖精がいた。顔を見れば、それはヘルンセアラだった。彼がまた泣いているのだ。


「妖精さん……今度は一体どうしたの……?」

「う……うぅ……あなたは、テレサ……」


 ヘルンセアラは顔を上げ、涙を拭う。


「実は、仕事で人間界に来たのですが……お弁当を忘れて……何も食べずに働いていたら、体に力が入らなくなって……動けなくなってしまいました……」

「妖精って人間界で仕事するの?」

「人間界の植物に異常がないか、定期的に見て回るんです。人間界の植物に異常があらわれれば、妖精界にも影響が出るので……」

「そうだったの? 知らなかったわ……。人間界の植物が健康なのは妖精さん達が見回ってくれてるお陰もあるのね。ありがとう」


 テレサは地面に腰を下ろし、鞄を探る。中から、紙に包んだクッキーを取り出した。


「これ、よかったら食べて……。私の手作りで申し訳ないんだけど……」

「え! いいんですか!? ありがとうございます!」


 ヘルンセアラは顔を綻ばせ、両手に抱えるようにしてクッキーを一枚持ち上げてかじりついた。

 このクッキーは、ポン用に作ったお菓子だ。

 聖獣は本来食事など必要としないが、ポンはよく食べる。しかもケーキや揚げ物など、高カロリーなものばかりを好んで食べまくる。

 ポンは普通の動物ではないので、それで体を壊す事はないだろう。

 だがしかし、食べるならヘルシーなものも摂取すべきではないか。そう考えてテレサはポンの為におからで低カロリーなクッキーを作った。ヴィンクヴィスト家の屋敷の料理人監修のもと、手伝ってもらいながら作った。味見もしてもらったので、失敗はしていない。寧ろ完璧な仕上がりだった。

 しかしポンはお気に召さなかったようだ。一枚食べて、それ以上は口にしなかった。やはりポンは砂糖や油をふんだんに使った食べ物が好きで、カロリーを抑えたものは好みではないようだ。

 ポンに食べてもらえなかったので、家に帰って自分で食べようと思っていたのだが。


「美味しい! すごく美味しいです!」


 ヘルンセアラは満面の笑顔でばくばくとクッキーを食べている。


「こんなに美味しいクッキーを分けてくださって、本当にありがとうございます……っ」


 感動に瞳を潤ませるヘルンセアラに、申し訳ない気持ちになる。それはポンが残した余り物のクッキーで、そこまで感謝されるようなものではないのだ。


「き、気にしないで……。喜んでもらえたのなら良かったわ」


 ポン用に作ったクッキーだという事はなんとなく言いにくいので伏せておく事にする。

 ヘルンセアラは残りのクッキーを全部食べてくれた。ポンに食べてもらえなかった事が地味にショックだったので、テレサは嬉しかった。


「ありがとうございます、テレサ。本当に本当に助かりました……!」

「いいのよ。妖精さんが元気になってよかった」

「テレサ、どうか僕の事はセアと呼んでください」

「え、いいの……?」

「はい! あなたは僕の恩人ですから」

「わかったわ、セア」

「テレサには、二度も助けられてしまいました」

「あ、全然気にしなくていいからね! 困っている人を助けるのって当然の行いだし、私ってばほら、困っている人を助けた事によって向けられる笑顔を見るのが至上の喜びっていうか、寧ろ私の方が感謝したいくらいで、つまり感謝の気持ちはお互い様だから本当に何も気にしなくていいんだからね」


 またとんでもないお返しをされては困ると、テレサは捲し立てる。


「テレサ……あなたは何て素晴らしい人間なのでしょう……。あなたには、感謝してもしきれません……っ」


 ヘルンセアラは感激して泣いている。

 そんなんじゃないのに、彼の中で自分という存在がどんどん聖人みたいになっていくのをテレサは止められなかった。

 何度も感謝を伝えてくるヘルンセアラと別れ、テレサはポンを抱えて公園を出た。

 結局、ポンが歩いたのは最初だけで、後は殆んど動かずにじっとしていた。何の為に公園に来たのだろうと思いながら、テレサは帰路に就いた。






 学園で、テレサが同情や哀れみの視線を向けられる事はもうなかった。声をかけてくる者がいないのは相変わらずだが、以前とは周囲の雰囲気がまるで違う。

 卒業まで婚約者に捨てられた可哀想な令嬢を演じるつもりだったのに、すっかり予定が狂ってしまった。だが、ルードルフの計画を阻止しこちらから婚約解消を申し出て彼に一泡吹かせるという目的は果たせたのだ。

 思っていたのとは違う展開になってしまったが、まあいいか……と思いながらテレサは残りの学園生活を過ごしていた。

 そんなある日。テレサがポンを抱えながら廊下を歩いていると、後ろから声をかけられた。


「待ってください、テレサ様……っ」


 振り返る。声の主はメルセだった。彼女はルードルフの婚約者になったらしい。そしてテレサにはどうでもいい事だが、王子の婚約者に必要な教育がうまくいってないらしい。


「メルセさん、私に何かご用?」

「テレサ様、その聖獣を私に譲ってくれませんか?」

「……え?」

「聖獣の主は、第三王子の婚約者である私の方が相応しいと思うんです!」


 メルセは胸を張ってそう主張する。

 何を言っているのだろう。テレサも、周りにいた生徒達も呆然と彼女を見やる。

 メルセは自分がおかしな事を言っているとは思っていないようだ。


「だから、私に譲ってください!」

「そう言われても……ポンちゃんは物ではないし、譲るというのは、ちょっと……」

「でも、きっと聖獣もテレサ様よりも私の方がいいって思ってますよ!」

「そうなの?」

「ええ、そうに決まってます!」


 きっぱりと言って、メルセはポンに向かって両手を広げる。


「ほら、私のところへおいで! 私がいーっぱい可愛がってあげる!」


 輝くような微笑を浮かべるメルセ。自信に満ち溢れた笑顔だった。

 ポンはテレサの腕から飛び降りた。そして一直線にメルセのところへ駆け寄っていく。


「ああ! ほらやっぱり! 私の方が聖獣の主に相応しいんだわ!」


 メルセは笑みを深め、勝ち誇ったように言う。

 そんな彼女の脚にポンが前脚をかける。そしてポンは、メルセの制服のスカートを引き摺り下ろした。

 彼女のパンツが丸見えになると同時に、周囲が静寂に包まれた。

 数秒ののち、メルセの悲鳴が廊下中に響き渡る。


「ぃやああああああ!! 何すんのよ、このバカ狸!!」


 メルセが手を振り上げる。テレサは駆け出し、ポンと彼女の間に割って入った。


「やめてください、メルセさん。この子は私の眷属です。叱責なら私が受けます」


 メルセはハッと息を呑む。

 周囲にいた生徒達がざわついた。


「今、聖獣を殴ろうとしてなかったか……?」

「しかも、バカって言ってたわよ……」


 ざわざわと、メルセを批判する声が聞こえる。

 メルセは悔しそうに顔を歪め、それからスカートを引き上げて走り去っていった。

 テレサはやれやれと息を吐き、再びポンを腕に抱き上げる。


「全くポンちゃんってば……いたずらっ子なんだから」


 テレサの腕の中、ポンはどや顔でふん、と鼻を鳴らした。

 それから、別にテレサが意図したわけではないがメルセの評判も落ちていったのだった。






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