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テレサが長い髪をばっさり切った事によって、予想していた通り学園内ではまた色んな憶測が飛んだ。
婚約を破棄された事に深く傷つき髪を切ったのだろう、と周りからはそう思われているようだ。
婚約破棄にショックを受けていると思われるのは腹立たしいが、テレサへの同情が深まればルードルフの評判は下がっていくので黙っていた。
誰一人直接尋ねてこないのをいい事に、テレサは可哀想な令嬢として振る舞い続けた。
テレサはすっかり近寄りがたい存在となり、学園では常に一人で過ごしている。居心地はよくないが、卒業まで一年も残っていない。あとはただ、何事もなく卒業式を迎えられればそれでいいと、テレサは特に気にしていなかった。
それから日々は流れ、テレサの顔の怪我ももう殆んど治りかけた頃。
授業を終えたテレサは校舎を出て、迎えの馬車のところへと歩いて向かっていた。周りには同じように下校中の生徒がたくさんいる。
急に、辺りが強い光に包まれた。あちこちで悲鳴が上がる。テレサは反射的に目を瞑り、腕を翳して光を遮る。
数秒で光はおさまった。そして光の中心だった場所に、きらびやかな衣服を身に纏った美しい男女の姿があった。
二人の背中には四枚の羽が生えている。
突然学園の敷地内に妖精が現れた事に、生徒達は騒然となる。
テレサが以前出会った妖精は手のひらサイズの大きさだったが、今いる男女二人の妖精は人間と同じ背丈だ。力のある上位の妖精は人間と同じ大きさなのだと聞いた事がある。
「あっ! いた! いました、お二人とも!」
聞き覚えのある声がテレサの耳に届いた。小さな妖精がこちらに向かって飛んでくる。
「あなたは、あの時の妖精さん……」
驚くテレサににっこりと微笑みかけ、小さな妖精は男女の妖精に向かって手を振る。
「お二人とも! この人がテレサです!」
「えっ……!?」
いきなり二人の妖精に紹介され、テレサはぎょっとした。
周りの生徒達は何事かと遠巻きに状況を見守っている。
男女の妖精がテレサへと近づいてくる。
「そなたがテレサか」
「は、はい……」
「私は妖精界の第一王子。そして彼女は私の妻だ」
男の妖精はそう言って自身と隣の妖精の紹介をした。
テレサは慌てて跪く。
「お、お初にお目にかかります。テレサ・ヴィンクヴィストと申します」
何故自分が声をかけられたのかわからず戸惑う。
そんなテレサに妖精の王子は言う。
「畏まる必要はない。今日はそなたに礼をしたくて来たのだ」
「え……?」
「私達の同胞、ヘルンセアラを助けてくれたのだろう?」
テレサの周りで小さな妖精が飛び回る。どうやらこの妖精がヘルンセアラというらしい。
「助けたなんて、そんな……。当然の事をしただけですわ」
「おお……。話に聞いていた通り、なんて謙虚で心の美しい人間だ。自分の身を犠牲にして見ず知らずの妖精を救い、見返りも求めず、それを驕る事もない……」
大袈裟に言われてテレサは焦る。「犠牲」なんて大それたものではない。ただ髪を切っただけだ。髪なんて放っておけばまた伸びてくるのだ。
しかも打算的な考えもあった。100%善意からの行いではない。
だというのに、ヘルンセアラも王子も王子妃も感動に輝く瞳でテレサを見てくる。
「妖精界の王子として、是非お礼をさせてほしい」
「そんな、とんでもございません!」
ただ髪を切って渡しただけで、大事にしたくない。テレサは丁重にお断りしようとするが、テレサが遠慮すればするほど彼らは是非にと詰め寄ってくるのだ。
「同胞が世話になって、礼もしないなんて許されない。こちらからのほんの気持ちだと思って、受け取ってほしい」
そう言って、妖精王子はテレサに向かって手を翳した。淡い光がテレサを包み込む。
「これは私からの感謝の気持ちだ。妖精の恩恵をそなたに授けた」
「え!? そんな……」
「そしてこれはわたくしから……」
そして今度は王子妃が手を翳してくる。テレサはまた光に包まれた。
「わたくしからは、あなたへ妖精の加護を」
「ええっ……」
「これでそなたの一族は、未来永劫繁栄し続ける事だろう」
「ひえぇ……」
テレサは青ざめた。
髪の毛を渡しただけで、見返りがあまりにも大きすぎる。全力で返品したい。
だというのに、それだけでは終わらなかった。
「それから、そなたには聖獣を授けよう」
「せいじゅう!?」
聖獣とは、妖精界に生まれる特別な生き物だ。強い魔力を持ち、高等魔法を扱う事ができる。とても希少で、かなり貴重な生き物だ。
「そ、そんな……いただけません、もうホント、充分ですから……」
テレサは本気で遠慮しているというのに、まあまあと宥められるだけで取り合ってくれない。
「先日、私達が結婚した事により、新たな聖獣が五体現れたのだ。その内の一体をテレサに与え、そなたの眷属としよう」
「いいえ、そこまでしていただくわけには……っ」
「おいで、お前達」
テレサの言葉は無視されて、妖精王子の声に呼ばれて五体の聖獣が姿を現す。
兎や鹿、孔雀など、聖獣はそれぞれ別の動物の姿をしている。
「そなたには、この聖獣を授けよう」
妖精王子は一体の聖獣を抱き上げる。それは狸の姿をしていた。
「この聖獣の名は、ファルポセックドゥファスガエボルグンヘラルゼスという。どうか可愛がってやってほしい」
狸を差し出される。最早断れない状況だった。
「………………ありがとうございます。では、親しみを込めてポンちゃんと呼ばせていただきます」
全く覚えられなかった名前を適当に省略し、テレサは狸を受け取った。
そうして妖精達はテレサに過分な感謝を押し付けて帰っていった。
その後、テレサは学園内で更に注目の的となった。
妖精の加護と恩恵を受け、聖獣という眷属を持つ非常に価値のある存在。テレサに尊敬や憧憬の視線を向ける者も多い。
そしてそんなテレサとの婚約を破棄したルードルフの評判は落ちていく一方だった。
ルードルフについてはざまあみろという心境なのだが、身に余るものを受け取ってしまった件については複雑だった。




