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一人になったテレサは用意していたローブを羽織り、深くフードを被った。
そして、馬車を使って街へ向かう。
馬車を降りると、テレサは自分に隠密魔法をかけた。この魔法を使えば、気配を消す事ができる。周囲の人間はテレサの姿を認識できなくなる。
オスカーの浮気現場の写真を撮るのにも役に立った魔法だ。
人々の喧騒から離れ、寂れた街の外れへと足を向ける。
この辺りは治安が悪く柄の悪そうな者達がたむろしている。
テレサは彼らの前を堂々と通り抜け、目的地のうち捨てられた一軒家に辿り着いた。ペンキの剥がれ落ちた壁を抜け、家の裏へ回る。
そこに待っていたのは、三人の若い男。先程テレサを押さえつけ、ボコボコに殴った彼らだ。
三人は家の裏で焚き火をしている。
足を止め、テレサは隠密の魔法を解いた。ゆっくりと彼らに近づく。
テレサの顔面を容赦なく殴り付けたその男は、テレサの存在に気づいた。こちらに顔を向け、唇の端を吊り上げる。
「よぉ、大丈夫か? 頼まれた通り、思いっきり殴っちまったが」
「ええ、お陰でうまくいきました。ありがとうございます。とてもいい仕事ぶりでした」
テレサは懐から金の入った袋を取り出し、男に渡す。
「約束の報酬の残りです」
「ああ。……にしても、自分の顔をボコボコに殴れだなんて、あんたみたいなキレーなお嬢ちゃんがとんでもない依頼をするもんだ」
袋を受け取りながら男が言う。
そう。テレサは自分で頼んだのだ。ルードルフの前で手加減なく顔を殴ってほしいと。
全てテレサが自分で仕組んだ事だった。
本当は自分でルードルフをボコボコに殴って婚約破棄を叩きつけてやりたいくらいだったが、さすがに立場的にそれは難しい。
第三王子である彼に暴力を振るえば、テレサだけでなく家族にまで罪を背負わされてしまうだろう。
だからテレサは自分が殴られる方法を選んだ。
ルードルフは傲慢で態度がでかいが小心者だ。暴力などの荒事に恐怖を抱いている。
たとえ疎ましいと思っていた相手でも、自分のせいで顔の原型をとどめないほどに殴られれば良心が痛むはず。更にルードルフを一言も責めずに身を引けば、効果はてきめんだろう。
そしてテレサの思惑通り、ルードルフは泣いて謝ってきた。
今も彼は罪悪感に押し潰され、苦しんでいるに違いない。
いい気味だ、と心の底から思った。
一生引き摺る事はなくとも、数年は罪悪感に苛まれ続ける事だろう。
ルードルフを肉体的に傷つける事はできないテレサは、彼を精神的に苦しめる事にした。
見るも無惨なテレサの顔を夢に見て毎晩魘されればいい。
「色々事情がありまして」
「ああ、心配すんな。詮索する気はねーよ。金さえもらえりゃそれでいい」
この三人はテレサが金で雇った。
街の外れには、金さえ払えば殺しや盗みなど大抵の事は引き受ける者達が多い。その中で、彼らは比較的まともで依頼者を裏切らない秘密を守るタイプだった。
「使った制服は言われた通り燃やしたぜ」
男は焚き火を指して言う。火の中には殆んど燃えて形の残っていない制服がある。
その制服はテレサが用意した学園の男性用学生服だ。それに着替えてもらい、彼らを学園の中へこっそり侵入させた。
そしてオスカーにルードルフを人の来ない旧校舎の裏に連れてきてもらったのだ。
「今回は本当にありがとうございました」
「また何かあればドーゾ。あんたみたいな羽振りのいい客は大歓迎だ」
男達と別れたテレサは再び隠密の魔法をかけて街外れを抜け、魔法を解いて馬車を拾い学園へ戻る。裏門から敷地内に入り、正門へと向かう。そこには既にヴィンクヴィスト家の馬車が待っていた。
普段は下校時間に合わせて迎えに来るが、今日は図書室で勉強をするからという理由で迎えの時間を遅らせるよう頼んでいた。
迎えを遅らせるのははじめての事ではない。今回は別だが、実際に図書室で勉強をして帰りが遅くなる事は今までに何度もあった。なので特に不審に思われる事もなかった。
馬車に近づくと、中から侍女が降りてきた。
「お帰りなさいませ、お嬢さ……!?」
いつも冷静沈着な侍女が、テレサの顔を見て目を剥いた。
「なっ……あ、ど、どう……」
青ざめ、こんなに取り乱す彼女をはじめて見た。まあ、主人がこんな顔で現れたのだから無理もない。
「落ち着いて。とりあえず馬車に乗りましょう」
「は、はい……」
侍女を宥めて馬車に乗り込む。
「お、お嬢様……一体、何が……っ?」
「その……転んでしまったの……」
そんな嘘を信じる者などいないだろう。わかっているが、テレサは怪我の理由を転んだで押し通す。
屋敷に帰れば、手当てを受けた後に両親からも何があったのかとしつこく問い質された。これは彼らがテレサを心配しての事だ。娘が明らかに酷い暴力を受けて帰ってきたのだ。犯人を見つけ出し捕まえたいという強い思いから、事の真相を聞き出そうとしてくる。
それでもテレサは転んだだけだと言い続けた。本当の事を話すつもりはない。
正直に話せば彼らは味方になってくれるだろう。そうなれば、もしテレサの自作自演だった事がルードルフにバレた場合、両親まで共犯になってしまう。
今回の事は全てテレサが自分で考えて、自分の意思でやった事だ。両親まで巻き込むわけにはいかない。
「本当に、転んだだけなの……。お願い、信じて、お父様、お母様……」
テレサは潤んだ瞳で両親を見つめる。頼むからこれ以上何も訊かないでくれと懇願するように。
泣きそうな顔で情に訴えれば、両親は納得はしていないが渋々引き下がってくれた。
自室に入り、テレサは漸く一人きりになれた。
深く深く息を吐く。
散々殴られた顔がズキズキと痛む。
護身術などは習っているが、こうして人に殴られるのははじめてだ。
はっきり言って、死ぬほど痛かった。今もめちゃくちゃ痛い。
しかし、これでもうルードルフにどや顔で婚約破棄を言い渡される事はなくなった。
顔は痛くて堪らなかったが、それでもテレサの心はこれ以上ないほどに晴れやかだった。




