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テレサとの婚約を破棄する為の準備を、ルードルフはオスカーに任せていた。
これで漸くあの女との関わりが断たれるのだと思うとせいせいする。
本当に、子供の頃から気にくわなかった。王子である自分に、それはよくないだの、こうするべきだの余計な事ばかり言ってくる。ツンと澄ました顔で、いつも冷めた目でこちらを見てくる。なんて無礼な女なのだろう。
もっと笑顔で媚びてきたら少しは可愛がってやったのに。
でももう、あの女との縁も切れる。
自分に相応しいのは、メルセのような従順な女性だ。こちらの言葉に逆らわない、余計な口出しをしない、ルードルフを褒め、敬ってくれる。そして何より、テレサと違って胸がデカイ。
ルードルフは軽い足取りでオスカーとの待ち合わせ場所へ向かう。彼にテレサとの婚約破棄について話したい事があると呼び出されているのだ。
授業が終わって時間が経っているので、学園内に残っている生徒は少ない。そんな中、更に人の寄り付かない旧校舎へ近づけば、辺りは静まり返り少しだけ不気味な雰囲気が漂う。
幽霊が出るという噂のある旧校舎に一人で来るのはあまり気が乗らなかったのだが、オスカーに誰にも見られるわけにはいかないからどうしてもここでなければならないのだと言われた。怖いから嫌だとは言えず、ルードルフは渋々頷いたのだった。
旧校舎の前には、既にオスカーが待っていた。
「何なんだ、わざわざこんなところへ呼び出して」
「申し訳ありません、ルードルフ殿下。ご足労いただきありがとうございます」
オスカーは頭を下げる。
「ふん、まあいい。それで、あの女との婚約破棄についての話とはなんだ?」
「はい。ではこちらに来ていただけますか?」
オスカーは先導し旧校舎の裏へ回る。面倒に思いながらもルードルフは彼についていく。
「なっ……!?」
校舎の裏へ来て、ルードルフは目を見開いた。
そこにはテレサがいた。そして彼女だけではない。見覚えのない男子生徒が三人。
テレサは両腕を二人の男に掴まれ、青ざめた顔で俯いている。
ルードルフはオスカーへ顔を向け、彼を問い質す。
「ど、どういう事だ、オスカー? これは一体どういう状況なんだ……!?」
「考えたのですが、メルセ嬢の案ではあまりに回りくどいのではないかと……。婚約を破棄するのなら、こうした方が余程手っ取り早いと思うのです」
「手っ取り早い?」
怪訝そうに眉を寄せるルードルフに、オスカーは簡潔に言う。
「暴力ですよ、ルードルフ殿下」
「は? え……? は?」
ルードルフは何を言われたのかわからないというように戸惑う。
「彼女を圧倒的な暴力で、徹底的に痛め付けるのです。そうすれば、彼女も身の程を弁えるでしょう。自分がルードルフ殿下の婚約者として相応しくないと思い知る事となります」
オスカーは感情の読めない冷静な顔で、すらすらと説明する。だが、ルードルフには彼が何を言っているのかわからない。
「なにを……何を言っているんだ、オスカー……?」
「ほら、殿下。もっと近づいて、彼女が痛め付けられる様をよく目に焼き付けてください」
「な、やめ……っ」
オスカーに背を押され、ルードルフはつんのめるように彼女達に近づく。
「心配なさらないでください。彼らは口がかたいですから、今回の事が明るみに出る事はありません」
淡々と話すオスカーに恐怖を感じる。オスカーだけではない。今自分が置かれているこの状況に、ルードルフは怯えた。
「ずっと彼女を疎ましく思っていたのでしょう? 痛い目に遭わせてやりたいと、そう望んできたはずです。喜んでください、ルードルフ殿下。……さあ、はじめてください」
オスカーが三人の男子生徒に向かって声をかけた。
テレサの正面に立つ三人の中でリーダー的な男子生徒が、ルードルフに向かってニヤリと笑う。
「王子様、この女に大層ムカついてたんだろ? 待ってろよ、今、俺達でこの女をボコボコにしてやるからな」
「そ、そん……待っ……」
ルードルフは弱々しく声を上げるが、それを無視するように男はテレサの顔面を殴り付けた。
「ひぃっ……!?」
悲鳴を上げたのはルードルフだ。男は躊躇いもなく、テレサの顔が歪むほどに強く拳を打ち付けた。その光景を目にして、ルードルフは自分が暴力を振るわれたかのように怯える。
男は何度もテレサの顔を殴った。血が飛び散り、テレサの口から苦しげな呻き声が漏れる。
「ま、待っ、やめ……やめてくれ……」
目の前で惨たらしい暴力を見せつけられ、ルードルフは掠れた声で制止の言葉を口にする。けれど、テレサをいたぶる男達の耳には届かない。
痛々しい暴力の音に、ルードルフの足はガクガクと震えた。
「よかったですね、ルードルフ殿下」
「は……?」
背後に控えるオスカーの声に、びくりと肩が跳ねた。
「あんなに厭わしいとおっしゃっていたテレサ様が、痛い目に遭って。さぞかしいい気味でしょうね」
「そ、そんな……っ」
ルードルフは蒼白な顔でハクハクと口を開閉する。
いい気味だなんてとても思えない。
確かに疎ましかった。口うるさい、鬱陶しい女だと思っていた。痛い目に遭えばいいと、そんな風にも考えていた。
けれど、ここまでの事を望んでなんかいなかった。
テレサを殴っていた男は、彼女の髪を乱暴に掴み差し出すようにルードルフに見せる。
「どうだ、王子様。ぐちゃぐちゃになったこの女の顔は」
「ひっ……」
ルードルフは鋭く息を呑む。
テレサの顔は血まみれで、見るも無惨な状態になっていた。
「ざまあみろって感じだろ? 王子様に逆らうような生意気な女は、こうされて当然だよなぁ?」
「そんな……そんな、違うっ……僕……僕は、こんな事、望んでなんか……っ」
「もっともっと痛め付けてやるからよ。そうすりゃ、もう二度と王子様に楯突こうなんて考えないだろうさ」
「やめ……もう、やめてくれ……っ」
へたり込み力なく首を振るルードルフの前で、残酷な断罪は続いたのだった。
それからどれだけの時間が過ぎたのか、ルードルフにはわからない。
充分過ぎるほどの暴力を与えた男達は、テレサを地面に突き飛ばし去っていった。
いつの間にかオスカーもその場からいなくなっていた。
残されたのは、ルードルフとずたぼろになったテレサだけだ。彼女が咳き込めば、口から血が滴り落ちた。
ルードルフはぼろぼろと涙を流す。
「あ……ああっ……テレサ、許してくれ……。こんなつもりじゃ……僕は、こんな事を望んでいたわけじゃないんだ……っ」
許しを請うルードルフ。
地面に伏せていたテレサはゆっくりと体を起こし、ルードルフへと顔を向けた。彼女の顔は直視できないほどに傷だらけになっていた。腫れ上がった顔はもう誰かも判別できないくらいだ。
「ヒィッ……」
あまりにも惨たらしい姿に、ルードルフは悲鳴を上げて目を瞑る。
「ルードルフ、殿下……」
テレサは唇から血を流しながらか細い声を上げる。
その声に、ルードルフは目を開けて彼女を見た。テレサはまっすぐにこちらを見つめている。
「ルードルフ殿下……どうか、私との婚約を破棄してください……」
「えっ……」
「こんな、醜い顔を晒してしまい……申し訳ありません……。こんな……こんな傷物となった私が、殿下の婚約者でいるなんて、許されません……」
「そ、そんな……」
ルードルフはおろおろと視線をさ迷わせる。そんな彼に向かって、テレサは深々と頭を下げた。
「今まで、申し訳ありませんでした……。ずっと……よかれと思って殿下に進言して参りました……。けれど、ここまで殿下に疎まれているなんて、気づかず……。殿下に不快な思いをさせてしまっていた事を、深くお詫び申し上げます……」
「ち、違う……僕は……」
「私との婚約は破棄していただいて、どうかメルセさんと婚約なさってください……。ルードルフ殿下の幸せを、心より願っております……」
醜く歪んだ顔で、テレサは小さく、儚げな笑みを浮かべた。
ルードルフの胸は激しく痛んだ。更に涙が溢れる。
確かに自分は彼女との婚約を破棄しようと、罪をでっち上げて彼女になすりつけようとしていた。だからといって、彼女をこんな風に暴力で痛め付けたいなんてそこまでの事は思っていなかったのに。
自分のせいで、彼女の身も心も深く傷つけてしまった。
その事実にルードルフは打ちのめされる。
腰が抜けて動けないルードルフに別れを告げ、テレサはふらつきながらもその場から離れていった。




