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どうして自分は公爵家の令嬢に生まれてきてしまったのかと、テレサ・ヴィンクヴィストは日々思っていた。
公爵家に生まれてこなければ、きっと自分がこの国の第三王子の婚約者に選ばれる事などなかったのにと、恨めしく思う。
テレサが第三王子であるルードルフの婚約者に選ばれたのは、十歳の時だ。それからテレサの人生は散々だった。
ルードルフは非常に我が儘で傲慢だった。小心者のくせに生意気でプライドが高い。自分より上の立場の者には甘え、自分より下の立場の者には高慢に振る舞う。
その態度があまりにも目に余り、テレサは彼に良くない事は良くないと進言してきた。
それが彼にとってはとても鬱陶しかったようだ。彼はテレサを攻撃するようになっていった。
攻撃と言っても、暴力を振るわれるわけではない。
ルードルフは二人きりの時に物を壊してはそれをテレサのせいにしてくるのだ。テレサが違うと訴えれば、ルードルフは「こいつは僕のせいにしようとしてくる」と責め立ててくる。
そんな風に、何かにつけてテレサを貶めようとくだらない嘘をつく。
何度この男を殴ってやりたいと思った事か。
自分だけでなく、もちろんルードルフの方もテレサとの結婚は望んでいない。けれど、互いに親に決められた婚約者。気に入らないからという理由で破棄できないのは彼も同じだ。
だからテレサはルードルフの婚約者であり続けた。
第三王子の婚約者として相応しい礼儀作法を叩き込まれた。テーブルマナーにダンスに語学に外交に関わる知識など、徹底的に覚えさせられた。
何であの男と結婚する為に自分がこんなに苦労しなくてはならないのだと、テレサは怒りを募らせていた。聞いた話では、ルードルフは真面目に勉強せず授業をサボってばかりだという。
そんな噂を聞けば、こっちは真剣にやっているのに……とルードルフに対する憤りは更に増していった。
たまに顔を合わせた時、授業をサボるルードルフを見つけてテレサが「授業はきちんと受けるべきだ」と進言すれば、やはり彼は鬱陶しそうに悪態をつくだけだった。
婚約者でありながら、テレサとルードルフとの関係は修復不可能なほどに険悪なものとなっていた。
十六歳になると、テレサは王立学園に入学した。同い年のルードルフと一緒に。
学園内でも、彼の振る舞いは酷かった。授業はサボりがちで、成績も悪い。王族にとって必要最低限の知識すら入れようとしない。
喧嘩もできないくせに悪ぶって、制服を着崩してるのも腹が立つ。ネクタイをゆるゆるに緩め、ボタンもきっちりとめず、シャツをズボンから出して、王族とは思えないほどだらしない格好をしている。自分ではカッコいいと思っているのだろうが、はっきり言ってここまですると下品である。
学園には大勢の貴族の子息と令嬢が通っている。王子という立場で、ルードルフは何もしなくとも注目を集めているのだ。彼らの手本になるような言動を心掛けねばならない。
しかしテレサが王族として身だしなみはちゃんとするべきだと伝えれば、煩わしそうに「王子である僕に指図するな」と一蹴する。
何を言っても彼はテレサの言葉を受け入れない。わかってはいるが、婚約者としての立場上、黙っているわけにもいかない。
テレサは努力はしたのだ。けれど、ルードルフの行動は何ら改まる事はなかった。そのまま最高学年である三年生へと進級した。
その頃にはテレサも諦めていた。ルードルフと極力関わらないように、平穏な日々を過ごす事を選んだ。
しかし、テレサはある日、自分がとんでもない事態に巻き込まれようとしている事を知った。
ルードルフと、彼のとりまきの男子生徒のオスカー、それにメルセという名の女子生徒。その三人が学園内に一緒にいるところをテレサは偶然見つけた。
メルセはルードルフのお気に入りだ。たれ目がちのつぶらな瞳に、おっとりとした空気を纏った可憐な美少女。そして何より胸がデカイ。
テレサとはまるで違うタイプの令嬢だ。
三人が一緒にいるのはいつもの事なので、特に気にもとめなかったテレサだが、聞こえてきた声に思わず足を止めた。
「どうにか、あの女との婚約を破棄する方法はないか?」
うんざりした顔でそう言ったのはルードルフだ。
テレサは素早く身を隠し、彼らの会話に耳をそばだてる。
「そうですね……。彼女がルードルフ様の婚約者として相応しくない行動をすれば……例えば何か、罪を犯すとか……」
「あっ、それなら、私をいじめている事にするのはどうでしょう?」
オスカーの話を受け、メルセが笑顔で提案する。
「テレサ様はルードルフ様の婚約者ですから、ルードルフ様に近づく私に嫉妬して、私に数々の嫌がらせをしているという罪を着せるのです。物を隠したり、そんな軽いものから、階段から突き落とすような命に関わるいじめを行っている事にするんです。そうすれば、テレサ様はルードルフ様の婚約者として相応しくないと思われるんじゃないですか?」
「おお! それは名案だな!」
「いいかもしれませんね。証言や証拠をでっち上げればうまくいくでしょう」
「ふふん、いい気味だな。あのいちいちこうるさい女め。ここぞとばかりに大量の罪をなすりつけて、婚約破棄を叩きつけてやる。そして、僕はメルセと婚約するんだ」
「わぁ……嬉しいです、ルードルフ様!」
というような会話が繰り広げられていた。
「ふざけるな」と怒鳴り散らして割って入り、ルードルフに馬乗りになってあのにやけ面をぼこぼこに殴ってやりたい衝動に駆られたが、それをグッとこらえる。
婚約を破棄されるのは構わない。寧ろ大歓迎である。
しかし、犯してもいない罪を被せられ罪人に仕立て上げられるのは我慢ならない。
あのクソ王子に「お前との婚約を破棄する」とどや顔で言われるのを想像すると腸が煮えくり返りそうになる
あっちから言われるくらいなら、こっちから婚約を破棄すると言いたい。
今の今まで我慢に我慢を重ねてきたが、そっちがその気ならこちらだって黙ってはいない。
あの胸のデカイ女と結婚する為に自分を貶めようと画策するクソ王子を痛い目に遭わせたい。
そのためには、さてどうしようか。
テレサはその場から離れ、考えを巡らせた。
数日後。テレサはルードルフのとりまきのオスカーが一人になったところを見計らい、彼に声をかけた。
「オスカー様に内密のご相談があるのです。少々お時間いただけませんか?」
「テレサ様が、私に……?」
オスカーは訝しげに眉を寄せる。テレサが彼にこうして個人的に声をかけるのははじめてだ。不審に思われるのも無理はない。
「ええ。ルードルフ殿下の事で、オスカー様にお力を貸していただきたいのです」
「…………わかりました」
ルードルフの名前を出せば、オスカーは怪しみつつも頷いてくれた。話を聞くだけ聞いておいた方がいいと判断したのだろう。
テレサは彼を連れ、人のあまり近づかない空き教室に入った。ここならば誰かに話を聞かれる事はないだろう。
「それで、相談とは?」
「その前に、こちらを見ていただけますか?」
話を促すオスカーに、テレサは数枚の写真を取り出してそれを見せた。
写真に写るものを目にし、オスカーはぎょっとする。
「なっ……!? それは……っ」
「はい。オスカー様の浮気現場の写真です」
オスカーには婚約者がいる。写真には、彼が婚約者以外の女生徒と逢い引きしている場面がしっかりと写っていた。しかも、数枚の写真に写っているのは全員違う女性だ。彼は複数の女性と浮気をしているのだ。
オスカーの顔から血の気が引いていく。
「そ、その写真をよこせ……!」
声を荒げ、彼は写真を奪おうとしてくる。
そういう行動に出るだろうと予想はできたので、テレサは彼の手をひょいっと避ける。
「ムダですよ。この写真はコピーですから」
「くっ……」
オスカーはテレサを強く睨めつける。
「それで私を脅す気ですか……?」
「私はオスカー様を貶めるつもりはありません。ただ、貴方に協力してほしい事があるのです」
「協力……?」
「はい。協力していただけるのなら、この写真は誰にも見せません。オスカー様の婚約者にも、貴方が浮気している事を告げ口したりしませんわ」
そう言って、テレサはにっこりと微笑んだ。




